国外の科学者の帰国(1949年~)

 清朝末期から国民政府の時代には、庚款留学生制度などにより多くの優れた研究者が米国等へ留学し、その一部は中国に帰国して国内で研究や教育に当たっていたが、日中戦争や日本敗戦後の国共内戦を嫌って米国等に残り研究を続行していた研究者も多かった。
 中華人民共和国政府は、建国後に中国科学院などを設置するとともに、清朝末期から設置されていた大学を再整備して、海外に在住する優れた科学者に対し帰国と新国家建設への参加に向けた働きかけを行った。
 中国科学院の学術顧問への任命などもあって、多くの科学者が万難を排して帰国し、国内の大学や研究所で勤務することとなった。

 1957年までの期間に、建国前の留学生の半数以上に当たる約3千名の科学者が帰国したとされる。その中には、華羅庚(からこう、数学)銭学森(力学)銭三強(原子核物理学)銭偉長(力学)黄昆(固体物理)葉篤正(気象学)、徐光宪(じょこうせん、化学)、王大珩(おうだいこう、応用光学)、屠守锷(としゅがく、ロケット工学)、任新民(ロケット工学)、彭桓武(ほうこうぶ、理論物理学)張文裕(高エネルギー物理学)などの著名な科学者が含まれている。

科学者の帰国・銭学森一家
1955年に米国から帰国する銭学森一家 百度HPより引用

 海外科学者の帰国により、大学や研究所の指導力が強化され、多くの新興分野や、これまで研究者が不在あるいは研究が遅れていた分野で、空白の解消や充実が図られた。既存の科学者と新たに帰国した科学者が団結したことにより、国内の科学技術レベルが短期間のうちに急ピッチで上昇し、国家建設や科学の発展に寄与した。

参考資料

・中国科学院HP http://www.cas.cn/