はじめに

 人工衛星の利用分野として、近年注目されているのが航行測位の分野である。これは、人工衛星を用いて自らの地球上での位置を特定したり、自動車、飛行機、船舶などの航行を手助けしたりするものである。

1.衛星航行測位の歴史

(1)トランシットの開発

 1957年、ソ連がスプートニク1号を打ち上げたことに驚愕した米国は、直ちに同衛星の軌道の決定作業を行うこととなった。スプートニク1号からの電波を受信しようとすると、上空のスプートニク1号はだんだん近づいてきて、また遠ざかっていく。この時、受信電波はドップラー効果で周波数が変化するため、この周波数のずれからスプートニク1号の軌道を計算することが可能であった。

 この軌道特定に関与したジョンズ・ホプキンス大学の応用物理学研究所の専門家は、このドップラー効果のずれを基に、軌道が分かっている衛星からの電波を用いて地球上の自分がいる場所が判ると考えた。

 当時米海軍は、核ミサイルを搭載した原子力潜水艦を全世界の海に展開する計画を進めており、世界のどこでも自分の居場所がすぐに判る測位システムを必要であったため、ジョンズ・ホプキンス大学のアイディアに飛び付き、世界初の衛星航行測位システム「トランシット」の開発が始まった。
 1960年4月に「トランシット1B」が打ち上げに成功し、以後トランジット2~5シリーズで急速に衛星の改良を行った後に、本格的な衛星測位システムとして、1964~88年にかけて24機打ち上げられた。当初、トランシットは軍事用途のみの利用に限定されていたが、1967年からは民間での利用も認められた。トランシットはまた、科学観測にも利用された。測位精度は、理想的な状態で100メートル程度だった。その後より正確なGPSが開発されたことにより、トランシットは1996年に運用を終了した。

(2)GPSの開発

 1960年代前半、米空軍は海軍のトランシットと異なる航法衛星システムを研究していた。米空軍の開発目的は、核兵器搭載の戦略爆撃機や陸上から発射する大型の大陸間弾道ミサイル用であった。航空機やミサイルを誘導するためには、移動する自機の位置を継続的かつ迅速に測定できる必要があり、さらに緯度と経度の2次元の位置だけではなく高度を加えた3次元の位置を測定する必要があった。
 1963年に米空軍は新たなプロジェクトを立ち上げるが、これがGPSを開発していくことになる。GPSの原理は、電波の発射時刻と到達時刻が判ると電波源と受信位置との距離が判ることを使うもので、発射時刻と到達時刻の時間差に毎秒30万キロメートルという電波の速度を掛け合わせ、電波源と受信位置の距離が計算するものである。そして軌道が分かっている4機の衛星から電波を同時に受信すれば、高度も含めた自分の位置と時刻を計算することができる。
 ただこの原理により位置情報にたどり着くためには、衛星に搭載している時計が極めて正確でなくてはならず、プロジェクトのスタートした1960年代初めには、要求を満たす時計が存在しなかった。そこで高精度の宇宙用の時計の開発をまず行い、その開発に成功した米軍は1964年に実験衛星の開発に着手し、1967年に最初の衛星タイメーション1を打ち上げた。その後タイメーション衛星を1977年までに合計4機を打ち上げ、軌道上で動作する原子時計と、その時刻情報を使った測位実験を実施した。

 このタイメーション衛星を用いた実験を終えて、実用に供するためのシステム構築が検討されたが、ここで大きな課題に遭遇する。地球のどの場所でも継続的に位置情報を得るためには、それぞれの場所で常に4機以上の衛星からの電波を安定的に受信できるようにする必要があり、非常に多くの衛星を必要とするシステム構築と維持には巨額な費用を要することが予想された。そこで、別々に開発を進めていた空軍と海軍は計画を一本化し、新たな測位衛星計画であるGPS計画を進めることになった。

 GPSの各衛星は「ナブスター(Navstar)」という名称を持つ。第1世代の衛星「ナブスター・ブロックI」は1978年2月から打ち上げが始まり、1985年までに10機の衛星を打ち上げた。続いて1989年2月から、最初の実用衛星というべき第2世代衛星「ナブスター・ブロックII」の打ち上げが始まった。1989年には5機、1990年には4機が打ち上げられ、1994年には全地球上で常時使用できるようになり、最終的にGPSは24機の衛星からなる大規模なシステムとなった。実際には、故障に備えて6つの軌道にそれぞれ1機以上の予備衛星も配置するので、30機以上もの衛星を擁するシステムであった。

(3)GPSを用いたカーナビの開発

 カーナビはカーナビゲーション(Car Navigation)の略語であり、自らが乗っている自動車の位置を知ることと、得られた位置情報を基に目的地への道案内をするのが主な機能である。GPSは元々軍事用に開発されたものであるが、カーナビの急速な普及により、民生用としても社会になくてはならないシステムとなっていった。

 カーナビを開発し普及させていったのは、日本の民間企業の努力である。1981年ホンダは、方向センサ、走行距離センサ、マイクロコンピュータなどを組み合わせ、移動方向と移動量を検出して車の位置を計算し、地図シートがセットされたブラウン管に現在位置と自車の方位、走行軌跡を表示することで、ドライバーが進むべき経路の選択を容易にできるようにした。1987年にはトヨタが、デンソーの開発したCD-ROMの電子地図を搭載したモデルを発売した。これらを前例として、マツダがGPSにより位置情報を決定するカーナビを三菱電機と共同で開発し、1990年に発売されたユーノスコスモに搭載した。1991年にはパイオニアが、GPSを用いたカーナビを、車搭載ではない単独販売モデルとして世界で初めて販売開始した。以降、次々と改良が重ねられ、軽量化、大量情報化などが図られていった。

(4)民生用GPSの精度向上

 GPSは元々軍用に開発したものであったため、システム構築当初から衛星が発信するデータには、暗号がかかっているものと、いないものの両方が含まれていた。暗号のかかっているデータは米軍専用であり、誤差は数センチメートルから数十センチメートルといわれている。暗号のかかっていないデータは、故意に精度が落とされているため誤差は数十メートル程度となる。民生用のカーナビはこの暗号のかかっていないデータを利用するが、そのままでは誤差が大きすぎるため、正確な位置の判っている地上の基準局から電波を発信し、これを利用して位置情報の補正を行う技術を用い、誤差を数メートルに縮めていた。

 ところが1990年8月、イラクがクウェートに侵攻し、米軍を中心とする多国籍軍がサウジアラビアに展開した。この時にGPSの暗号のかかっていないデータの精度が一時的に上下し、翌1991年3月には元に戻った。この時の教訓として、米国のGPSだけに頼ることの危険性をロシア、中国などは理解し、自前のシステム構築に進むことになる。なお2000年5月に、米国は精度を落とす電波の発信を解除し、さらに2007年9月には、次世代のGPS衛星「ナブスター・ブロックⅢ」には精度を落とす電波の発信機能を搭載しないと発表している。 

2.各国の航行測位衛星

(1)米国

 米国においては、すでに述べたようにGPSシステムが構築され運用されている。現在、第3世代の「ナブスター・ブロックⅢ」を構築する計画であり、2018年から打ち上げが始まり、2022年までに10機を打ち上げる予定である。その後、計画的に改良を加え、合計32機で第3世代のシステムが完了することになる。

(2)GNSSとRNSS

 GPSは米国政府の支配下にあるため、他の国や民間における利用に対して、種々の制限を受けた過去もあり、また将来的にもあり得る。そのため、米国依存からの独立や、自身の利益に適合させる目的で、各国や地域で独自のシステムを構築、運用しようとする動きがある。
 このうちで、米国のGPSのように地球全体をカバーするシステムを「全地球衛星測位システム(GNSS:Global Navigation Satellite System)」と呼び、また、地球上の特定の地域のみをカバーするシステムを「地域衛星測位システム(RNSS:Regional Navigation Satellite System)」と呼んでいる。
 米国以外でGNSSをすでに構築し運用している国としてロシア、中国があり、これから構築しようとしている地域としてEUがある。また、RNSSを構築しようとしている国として、日本とインドがある。中国は次項で説明することとし、以下にロシア、EU、日本について記述する。

(3)ロシア

 ロシアの衛星測位システムは、「グロナス」と呼ばれている。グロナスは、旧ソ連時代の1976年に軍事利用を目的として開発が始められ、最初の衛星は1982年10月に打ち上げられている。その後1995年には、地上を完全に網羅するGNSSとして24機体制が完成した。

 しかし、第一世代のグロナス衛星の寿命は3年程度であったにもかかわらず、経済危機のため1999年まで後継衛星を打ち上げることができず、2002年には稼働している衛星が7機のみとなってしまった。

 その後、ロシア経済の回復に伴い、グロナスを再度フル体制とすべく寿命7年の第2世代衛星グロナスM を2003年10月から打ち上げ、2012年までにフル体制の24機の衛星の配置を完了した。米国GPS の精度は1.8メートルであるが、グロナスの精度は2017年で2.8メートルであり、2020年には0.6~0.7メートルまで改善されると想定されている。

(4)EU

 米国のGPSを使用することにより米国に頼ることを嫌ったEUは、独自のGNSSを構築するガリレオ(Galileo)計画を推進している。ガリレオ計画では、高度約24,000キロメートルの上空に30機の衛星を運用することを予定している。

 2005年12月に1機目の試験衛星であるGIOVE-A衛星が打ち上げられ、2008年4月に2機目の試験衛星GIOVE-Bが打ち上げられた。その後、ほぼすべての機能を搭載した軌道上実証衛星IOVが2011~12年にかけて4機打ち上げられ、2014年からは本番のガリレオ衛星FOCの打ち上げが始まっている。 

(5)日本

 日本は、ロシアやEUと違って、日本列島を中心にRNSSによる衛星測位システムを構築することしている。このシステムは「みちびき(準天頂衛星システム)」と呼ばれており、準天頂軌道の衛星が主体となって構成される。準天頂軌道とは、特定の一地域の上空に長時間留まるように工夫された軌道であり、みちびきの場合には日本列島とオーストラリア大陸との間を8の字を描いて動く軌道である。

 衛星測位は最低限4機の人工衛星からのデータにより可能であるが、正確で安定した位置情報を得るためには、より多くの衛星からの情報を得ることが望ましい。一方、米国のGPSシステムだけでは、都市部や山間部ではビルや樹木などに電波がさえぎられてデータの得られる衛星数が減り、位置情報が安定的に得られないこともある。そこで日本のみちびきのシステムは、独自の準天頂衛星からのデータに加え、米国のGPSとの互換性を持たせることによってGPSのデータを補い、より高精度で安定した衛星測位サービスを実現するものである。

 2010年9月、準天頂衛星の実用試験機みちびきを打ち上げ、システムの有効性の検証が実施された後、2017年に、みちびき2~4号の3機が打ち上げられた。4機体制では、うち3機はアジア・オセアニア地域の各地点で常時見ることができ、安定した高精度測位が可能となる。日本は今後3機を追加で打ち上げ、2023年には計7機体制で運用していくこととしている。

3.中国の航行測位衛星

(1)中国の航行測位衛星システム~北斗

 中国は、ロシアやEUと同様に、地球全体をカバーする測位システムであるGNSSを構築しつつあり、このシステムを「北斗(BeiDou)」と呼んでいる。北斗は北斗星の略であり、おおぐま座の7つ星を意味する名称として中国の天文学者によって命名されている。古代より北斗星は船などの航行にも用いられており、中国の航行測位システム構築にあたり、この言葉を用いたものである。
 なお測位システムの北斗は、羅針盤を意味する「COMPASS」という英語名も有している。北斗は、北斗1号、北斗2号、北斗3号の3段階のシステムで、開発、構築、実証がなされている。

(2)北斗1号システム

 第1段階は、測位機能、時刻配信機能等の航行測位システムの根幹をなす機能を中国の大陸地域に限定して実証することを目的として、北斗1号システムが開発構築された。2000年10月、12月と2003年5月に、3機の静止衛星が打ち上げられ、実証試験が実施された。この北斗1号システムの3機により、自国の域内を中心とした一部地域ではあったが、中国は米国および旧ソ連(ロシア)に続く世界で3番目の衛星航行測位システムを有する国となった。ただし、測定精度は低く、誤差数十メートルであった。

 2008年5月に、マグニチュード8クラスで死者約7万人に達する四川大地震が発生した。中国政府や人民解放軍は、この地震災害救済活動において、北斗1号システムの端末機を救援部隊に携帯させ、災害の救援・復旧に活用している。

(3)北斗2号システム

 次のステップとして中国は2004年ころから、米国GPSなどと同様の測位原理を利用した衛星測位システムの開発へと進んだ。これが北斗2号システムの構築である。中国は、北斗2号システムと並行して2003年にEUのガリレオ計画への参加を表明したが、EUがその後2007年に中国との協力を断念し、EU単独での開発を目指すこととなった。ガリレオ計画への参加は中止となったものの、中国は欧州からかなりの技術資料を入手して参考にしたと考えられ、北斗2号システムの測位信号技術はガリレオと類似しているといわれている。

 北斗2号システムの衛星打ち上げは2007年4月に開始され、2012年10月までに合計15機の航行測位衛星が打ち上げられて、東経84~169度、北緯55~南緯55度のアジア太平洋地域を対象とした地域限定サービスの運用が開始された。衛星の内訳は5機の中高度衛星、5機の傾斜同期軌道衛星、5機の静止衛星である。

 その後、北斗2号システムの補強と、次の北斗3号システム用を兼ねて、2015年3月から2016年6月まで合計7機の航行測位衛星が打ち上げられている。測位精度は10メートル程度であるが、人民解放軍などが利用する高精度で暗号化した信号も送信している。

(4)北斗3号システム

 第3段階である北斗3号システムは、米国GPSやロシアのグロナスと同様に、地球全体をカバーするシステムであるGNSSの構築を目指すものである。

 この北斗3号システムは、これまでに打ち上げた航行測位衛星を含め合計45機の衛星を打ち上げ、世界中でサービスを提供できるようにするものである。中国政府は、2020年の北斗2号システムの構築完了を宣言した。
 軌道上で運行しサービスを提供中の衛星は計45基で、うち北斗2号衛星は15基、北斗3号衛星は30基である。システムは現在、安定的に運行しており、世界範囲の測位精度は約1.52メートル、垂直測位精度は約2.64メートル、スピード測定の精度は0.1メートル毎秒以下、時報の精度は20ナノ秒以下といわれている。

 中国は、北斗システムの海外展開に強い意欲を持っており、国内で販売される測位機器に北斗の受信機能を装備することを義務付けている。また、米国クアルコム社やブロードコム社などの大手メーカーも、北斗システムからの信号が受信可能なスマホ用などの測位チップを開発している。このため、北斗システムの恩恵を受けやすい東南アジア諸国を中心にGPSなどと並んで世界的に利用されると想定される。

4.国際的な比較(2019年時点で)

 以下の記述は、2019年の時点でのものである。したがって、2023年現在では少し変化していると想定されるが、参考としてそのまま掲載する。

 各国の航行測位技術に関し、システム構築技術、コンステレーション、補強技術の項目で評価した結果を次表に示す。なお、コンステレーションとは多数の衛星を協調作動させるための技術であり、航行測位は24機から30機の衛星からの情報により達成されるサービスであるため、この技術が必要となる。

表 航行測位 評価結果(2015年版)

評価項目満点中国米国ロシア欧州日本
システム構築技術10810688
コンステレーション1512151553
衛星測位補強技術40.540.541.5
合計2920.52921.51712.5
(出典)『世界の宇宙技術力比較(2015年度)』を基に作成

 米国がこれまでのGPSの実績を踏まえて圧倒的な技術力を有しており、ロシアと中国がこれに続いている。欧州もGNSSを構築しようとしているがその歩みは遅いため評価が低い。日本は地域的なRNSS構築に限定されているとともに、まだそのシステムも組み上がっていないため最下位となっている。

 現在中国では、北斗システムが完成して運用されており、さらに米国に近づいていると推定される。