1. 中国科学院の教育機能

(1)概要

 中国科学院の重要な機能の一つが、大学の運営と傘下の研究機関での教育と研究者育成である。またこれに関連して中国科学院は、中国全体の研究者の資質向上や人材確保の観点から、様々な先駆的な試みを行っている。

 中国では教育の所管は国務院教育部(日本の文部科学省)であるが、大学は教育部だけでなく他の組織でも持つことができ、国務院のいくつかの部局、地方政府などが大学を有している。例えば、ハルビン工業大学や北京航空航天大学などは国務院の工業・情報化部(日本の経済産業省)の所管であり、国防科学技術大学(湖南省長沙)は中央軍事委員会の所管である。中国の有名大学である上海交通大学や西安交通大学は、かつては国務院の交通部(現在の交通運輸部、日本の国土交通省)所管であったが、現在は教育部所管となっている。このような背景にあるため、中国科学院は国務院の一部局として大学を所管しているのである。

(2)中国科学院が所管する大学

 中国科学院の関係者に聞くと、自分たちは大学を2.5校有していると述べることが多い。中国科学技術大学(安徽省合肥)と中国科学院大学(北京)がそれぞれ1校、上海科技大学が0.5校である。

(3)附属研究機関の大学院生(研究生)

 中国科学院は、傘下の研究所に大学院生を招へいし、彼らを研究に従事させつつ修士号や博士号を取得させることが出来る機関に認定されている。これをベースに、下記の中国科学院大学が活動している。

 中国科学院全体で約5.4万名の大学院生が傘下の研究所にいて、正規の研究者約6万名と一緒になって研究を行っている。中国科学院ではこれらの大学院生を「研究生」と呼ぶが、研究生のほとんどは授業料を実質的に免除され、さらに研究を指導する責任者が獲得してきた研究資金より生活費の支弁を受けている。

2. 中国科学技術大学

 中国科学技術大学は、中国では比較的小規模な大学ながら、北京大学や清華大学と並ぶ名門校となっており、国際的な知名度も高い。米国のカリフォルニア工科大学をモデルに、自然科学研究に特化した「小粒でもキラリと光る」研究型大学を目指している。

中国化学技術大学の概観
中国科学技術大学 百度HPより引用

(1)沿革

 1949年に中国科学院が発足し、国内の研究開発は発展したものの、科学技術に携わる人材が不足しており、中国科学院の研究ニーズに応えるには程遠い状況だった。そこで1958年5月、ソ連科学アカデミーのノボシビルスク支部とノボシビルスク大学との連携事例を参考として、中国科学院による大学設立の判断を共産党中央に仰いだところ、6月に承認が下りた。

 中国科学院は、大学名を中国科学技術大学とし準備作業を進めた結果、1958年9月に同大学を北京市西郊外玉泉路に開学した。第一期生は1,600名で、中国科学院の郭沫若が学長を兼任した。専攻分野の設置に当たっては、中国において充実が急がれる手薄な分野又は空白分野、とりわけ原子力や宇宙科学技術に関する学部や専攻を重点的に配置した。中国科学院傘下の研究所や学部との連携を図りつつ研究者・技術者の育成を目指すという方針のもと、趙忠尭(Zhao Zhongyao)・銭学森・華羅庚(Hua Luogeng)・郭永懐(Guo Yonghuai)らがそれぞれ近代物理系・近代力学系・数学系・化学物理系などの主任を担当し、また自ら講義を行った。

 文化大革命が始まると、中国科学技術大学はその影響を大きく受けることになる。1966年には大学院生の募集が停止され、さらに1969年には当時の指導者である林彪の指示により、北京市外へ移転することとなった。その後、河南省南陽、安徽省安慶を転々とし、最終的に安徽省の合肥に落ち着いた。また所管する組織もまず安徽省に、続いて第三機械工業部に変更となり、1973年に再び中国科学院の管轄に戻った。移転中、教学用の設備類はほぼすべてが廃棄され、教職員の三分の一が流出し、いくつかの専攻分野が廃止となった。中国科学院とその傘下の研究所が、直接学校の運営に当たるという長所も失われた。

 文革終了後、大学は徐々に正常な運営軌道に戻ることになった。1981年国務院は、中国科学院の5学部と中国科学技術大学を博士号及び修士号の授与教育機関として認可し、中国科学院は1982年から博士号及び修士号の授与をスタートした。1983年、中国大陸で初めて博士の学位が18名に授与されたとき、うち7名は中国科学技術大学出身の大学院生であった。こうして中国科学技術大学は、中国で最も重要な理系大学の一つに返り咲いた。

(2)現学長

 中国科学技術大学の現学長(中国では校長)は包信和であり、郭沫若初代学長から数えて10代目である。

包信和現中国化学技術大学学長
包信和現学長 出典:中国科学技術大学HP

 包信和は、1959年に江蘇省楊中に生まれ、復旦大学化学科で理学博士号を取得した後、1989年にドイツ・マックスプランク協会のフリッツハーバー研究所の研究員となった。1995年に帰国し、中国科学院の大連化学物理研究所の研究員となり、2000年には同研究所の所長に就任した。その後、中国科学院瀋陽分院長や復旦大学常務副学長を歴任した後、2017年7月から中国科学技術大学の学長に就任している。

 専門は、エネルギーの高効率化に関する触媒化学である。

(3)学生数、教職員数など

 2021年9月現在の中国科学技術大学の在校生は、全体で約34,279名、博士課程学生約9,071名、修士課程学生約17,532名、学部学生約7,676名である。北京大学や清華大学の約4万名とほぼ匹敵する大学生数である。

 一方スタッフの総数は2,621名、その内教授クラス871名、准教授クラス903名である。総じてスタッフは若く、45歳以下が約70%、35歳以下が約35%を占めている。また、中国科学院と中国工学院の院士は62名在籍している。

 日本の大学の学部に当たるのが「学院」であり、学科に当たるのが「系」である。中国科学技術大学は、数学、物理学、化学・材料科学、生命科学、情報科学など23の学院を有し、その学院内に33の系を有している。ほとんどが科学技術系のものであるが、4つの人文社会科学系の学院、具体的には「管理学院」、「公共事務学院」、「人文・社会科学学院」、「マルクス主義学院」を有し、金融学、管理科学、統計学、法学、英語、考古学などを教えている。このほか、蘇州高等研究院、上海研究院、北京研究院、先進技術研究院、国際金融研究院、附属第一医院(安徽省立医院)を有している。

(4)重点実験室など

 2021年末現在で中国科学技術大学は、16の国家級実験室と62の省、中国科学院、国務院の各部の実験室を有している。16の国家級の実験室の中には、国家同歩輻射実験室、合肥微尺度物質科学国家実験室(準備中)の二つの国家実験室、火災科学国家重点実験室、核探測・核電子学国家重点実験室の二つの国家重点実験室が含まれている。

(5)研究成果など

大学HPによれば、2016年8月までの10年間にSCI論文28,785編を発表しており、これらに対する引用数は延べで334,996回に達しているという。また、発明は1,073件、実用新型は354件となっている。

 国際的な大学ランキングを見ると、QS国際大学ランキング2022では清華大学(17位)、北京大学(18位)、復旦大学(31位)、浙江大学(45位)、上海交通大学(50位)に次いで中国第6位となっており、世界全体では98位であった。Times国際大学ランキング2022でも、北京大学(16位)、清華大学(16位)、復旦大学(60位)、浙江大学(75位)、上海交通大学(84位)に次いで中国第6位となっており、世界全体では88位であった。

3. 中国科学院大学

 中国科学院大学は、中国科学院所属の研究機関のポテンシャルを十分に活用して、科学研究と人材教育の融合を目指す教育機関である。

中国科学院大学雁栖湖キャンパス
中国科学院大学雁栖湖キャンパス 出典:百度百科

(1)沿革

 中国科学院での人材教育は、発足直後の1951年夏に研究生を受け入れたことに始まっている。この時は教師育成のため大学への研究生受け入れも併せて行われ、中国科学院に95名、人民大学101名、その他の大学に80名の研究生が受け入れられた。この受け入れが成功裏に終わったことを受けて、その恒久化を目指して検討が進められ、1955年に呉有訓を委員長とする「中国科学院研究生招生委員会」が成立した。以降1965年までの招生研究生は1,518名に達した。1964年、当時北京の中関村にキャンパスの一部があった中国科学技術大学の協力を得て、中国科学院「研究生院」を立ち上げる等の試みを行った。しかし、文化大革命が始まると中国科学院の経営全体が混乱する中、この研究生の招生も1966年に中断した。

 文革終了後の1977年9月、中国科学院所属の研究所における研究生制度の再開が決定された。さらに翌1978年3月、研究生院が北京で正式に設立され、厳済慈が同院の院長に就任した。1981年には、中国科学技術大学を含む中国科学院は、1981年に博士号及び修士号の授与教育機関として認可を受け、翌年から博士号及び修士号の授与を開始した。中国科学院の教育機能の強化を目指し中国政府内で議論が進められた結果、2001年に国務院教育部などの承認を得て、研究生院は「中国科学技術大学研究生院(北京)」という名称となった。さらに2012年には、「中国科学院大学」と名称が再度変更され、2014年には同大学が本科生(学部学生)を募集することが教育部に承認され、数学・応用数学、物理学、化学、生物科学、材料科学・工学、計算機科学・技術の6学科に332名の学生を入学させた。

(2)現学長

 現在の中国科学院大学の学長は、中国科学院本体で副院長(序列第6位)を務める周琪の兼務となっている。2023年5月に学長を兼務した。慣例としてこの大学の前身である中国科学院の研究院院長から数えることになっており、李学長は厳済慈初代院長から数えて9代目である。また、同大学の共産党委員会書記は、周琪学長が兼務している。

周琪と筆者
周琪(右、2013年撮影、当時実験動物研究所研究員)と筆者

 周琪学長は1970年生まれで、1996年に中国黒竜江省ハルビン市にある東北農業大学で博士号を取得し、その後フランスの国立農業研究所で研究を行った。2003年に帰国し、中国科学院動物研究所の幹細胞研究部門を立ち上げた。2017年に動物研究所の所長となり、2020年には中国科学院の副院長に就任した。
 彼は元々動物クローンの研究者で、2009年にマウスの皮膚細胞からiPS細胞を樹立し、それを「4倍体胚補完法」という技術を用いて、世界で初めてiPS細胞由来のマウスを作製することに成功し、ネイチャーに発表した。iPS細胞由来マウスの作製は大きな賞嘆の声により世界に迎えられ、2012年の山中教授のノーベル賞受賞に大きな影響を与えたと考えられる。

(3)学生数、教職員数など

 中国科学院大学は、2014年11月にAPEC首脳会議が開催された北京郊外の雁栖湖地区に大きなキャンパスを構えており、その他に北京市内の3か所(玉泉路、中関村、奥運村)や深圳、上海などにもキャンパスがある。

 2021年末の数字では、本科生(学部学生)が1,640名、研究生(大学院生)は57,375名であり、研究生のおよそ半分が博士課程の学生である。ちなみに、この研究生は他の大学と違って中国科学院傘下の研究所に所属する学生がほとんどである。教官は、大学の専任教官で3,155名、中国科学院傘下の研究所に所属する研究員が12,880名で、全体で約1.6万人が教官として名を連ねている。この教官のうち、中国科学院と工程院の院士は合わせて470名に達する。

 2014年に数学・応用数学、物理学、化学、生物科学、材料科学・工学、計算機科学・技術の6学科でスタートしたが、2021年現在大きく発展している。学部は、哲学、経済学、教育学、歴史学、理学、工学、農学、医学、管理学の9学部が設置され、その中で博士号を授与できる学科は46、修士号を授与できる学科は57に上っている。

4. 上海科技大学

 中国科学院と上海市人民政府が、協力して設立したのが上海科技大学である。完全な中国科学院傘下の組織ではないため、中国科学院の関係者は0.5校分の大学であると呼んでいる。ちなみに、正式名称でも「科学技術」と言う文言ではなく、「科技」という文言が用いられている。

上海科技大学のキャンパス風景
上海科技大学のキャンパス風景 出典:百度百科

(1)沿革

 上海市と中国科学院は、急激に経済が発展していた浦東地区に研究型大学の設立を目指して協議を開始した。その後、上海市から浦東地区の土地の提供を受けて、2014年に教育部より上海科技大学の承認を得、同年9月正式に開学した。

 上海科技大学は、浦東サイエンスパーク内の約70万平方メートルの敷地に建設されており、建設資金の約42億元(約700億円)は上海市が負担している。

(2)現学長

 初代で現在も学長の任にあるのは、江綿恒(Jian Mianheng)である。

江綿恒上海科技大学学長 
江綿恒学長 出典:百度百科

 江綿恒は、1951年江沢民元中国共産党総書記の長男として上海に生まれ、復旦大学を卒業後、1982年に中国科学院半導体研究所で修士号を取得した。その後上海冶金研究所(現在の上海マイクロシステム・情報技術研究所)に勤務の後、1986年に米国へ留学し、1991年にフィラデルフィア市にあるドレクセル大学より電気工学の工学博士号を授与された。その後中国に帰国し、1996年に上海冶金研究所所長、1999年に中国科学院の副院長となった。上海科技大学の学長は2014年からであり、当時は中国科学院上海分院院長を兼務していたが、2015年に中国科学院を定年退職している。

(3)学生数、教職員数など

 2014年には、207名の本科生(学部生)を入学させたが、その後順調に入学者数を増加させており、2016年で355名を入学させた。

 2021年12月現在、本科生(学部学生)は1,712名、中国科学院と連携して教育する大学院生が3,283名となっている。大学院生のうち、修士課程学生が2,304名、博士課程学生が979名である。将来的には、本科生2,000名、大学院生4,000名の規模を目指している。

 教授は622名となっている。

 学部は、物質科学・技術、生命科学・技術、情報科学・技術、創業・管理学、創意・芸術、生物医学工学の6学部であり、それに加えて、免疫化学研究所とiHuman研究所、数学科学研究所、人文科学研究院を有する。