初稿   2023年9月
最終修正 2026年9月

はじめに

 ノーベル賞の科学三賞(生理学・医学、物理学、化学)の2026年の受賞者は、2026年10月5日から7日にかけて発表される。

 今回の受賞者発表前に、日本人と中国系科学者のノーベル賞受賞候補者を選定した。候補者は、クラリベイト引用栄誉賞と、ノーベル賞受賞の先行指標的な著名国際賞の二つに着目して選定した。選定の詳細な手法はこちらを参照されたい。

 2026年9月時点でのノーベル賞受賞候補者は、中国系の科学者が37名、日本人科学者が64名となった。中国系科学者のリストは下記1.に、日本人科学者のリストは下記2.に示した。

 この候補者リストから読み取れる、日中間の科学技術比較の要点は、次の通りである。これらの詳細は、下記3.(1)~(7)に述べる。 

○人数は、日本人が多く中国系のおよそ2倍である。
○年齢は、中国系が日本人より相対的に若い。
○性別は、中国系が日本人より女性が多い。
○出生地について、中国系は香港や台湾が人口比率を超えて多い。
○国籍について、中国系は米国やカナダ国籍への転籍が圧倒的に多いが、日本人はほとんどが日本国籍を維持している。
○高等教育を受けた場所について、日本人はほとんどが国内の大学で学士や博士の学位を取得しているが、中国系は学士学位を中国国内の大学で取得する例が多いものの、博士学位はほとんど米国等の外国の大学で取得している。
○研究開発の場所について、日本人はほとんどが国内の大学や研究機関であるが、中国系はほとんどが米国等の大学や研究機関である。

 なお、最近の動きとして、2026年7月に数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞の受賞者が発表され、4人の受賞者のうち2人が中国籍の数学者(北京大学のクラスメイト)であった。これについても本記事の巻末に付言として掲載しているので、参照ありたい。

1. 中国系のノーベル賞候補リスト(37名)

 現時点で、ノーベル賞受賞の可能性のある中国系科学者は次の37名となった。

陳志堅の日本国際賞受賞
日本国際賞授賞晩餐会でのジージャン・チェン 日本国際賞HPより引用

 青色および赤色の太字となっている名前をクリックすると、本HP内の詳しい紹介記事が開く。赤色は女性科学者である。リストの順序については、こちらを参照されたい。

・ジージャン・チェン(陳志堅、1966年~) テキサス大学教授 (米国籍)
・盧煜明(デニス・ロー、1963年~)香港中文大学教授  (香港籍)
・チン・W・タン(鄧青雲、1947年~)香港科技大学教授  (米国籍)
・ロバート・チャン(錢澤南、1949年~)カリフォルニア大学バークレー校教授 (米国籍)
・ユェワイ・カン(簡悦威、1936年~)カリフォルニア大学サンフランシスコ校教授 (米国籍)
・ディヴィッド・ファン(黄大衛、1964年~) オレゴン健康科学大学ケーシー眼科研究所(米国籍)
・バージニア・リー(李文渝、1945年~) ペンシルベニア大学教授  (米国籍)
・ユアン・チャン(張遠、1959年~)ピッツバーグ大学教授 (米国籍)
・フェン・チャン(張鋒、1981年~)マサチューセッツ工科大学教授  (米国籍)
・アンドリュー・チーチー・ヤオ(姚期智、1946年~)清華大学教授 元プリンストン大学教授 (米国籍から中国籍に転籍)
・シャオドン・ワン(王暁東、1963年~) 北京生命科学研究所長 元テキサス大学教授  (米国籍)
・タクワー・マク(麦德華、1945年~) トロント大学教授 (カナダ国籍)
・薛其坤(Qikun Xue、1962年~)南方科技大学学長 (中国籍)
・張涛(张涛、Tao Zhang、1963年~)元中国科学院副院長、元大連化学物理研究所所長  (中国籍)
・ゼナン・バオ(鲍哲南、1970年~) スタンフォード大学教授 (米国籍)
・ホンジェ・ダイ(戴宏傑、1966年~)  スタンフォード大学教授 (米国籍)
・ゾンリン・ワン(王中林、1961年~) ジョージア工科大学教授 (米国籍)
・ペイドン・ヤン(楊培東、1971年~) カリフォルニア大学バークレー校教授 (米国籍)
・陳竺(陈竺、Chen Zhu、1953年~) 元国務院衛生部長、元中国科学院副院長 (中国籍)
・カレン・セト(司徒静儀、1969年?~) イェール大学教授 (米国籍)
・ハワード・チャン(張元豪、1972年~) スタンフォード大学教授  (米国籍)
・ドリス・ツァオ(曹颖、1975年~) カリフォルニア大学バークレー校教授 (米国籍)
・チュアン・へ(何川、1972年~) シカゴ大学教授  (米国籍)
・ジャッキー・イン(応儀如、1966年~) シンガポールA*STAR研究員  (米国籍)
・ジュン・イェ(葉軍、1967年~) 米国国立標準技術研究所(NIST)フェロー  (米国籍)
・シャオウェイ・チュアン(庄小威、1972年~) ハーバード大学教授   (米国籍)
・シャオガン・ウェン(文小剛、1961年~) マサチューセッツ工科大学教授  (米国籍)
・シュー・チェン(銭煦、1931年~) カリフォルニア大学サンディエゴ校教授  (米国籍)
・チーフェイ・ウォン(翁啓恵、1948年~) スクリップス研究所、台湾中央研究院 (米国籍と台湾籍)
・メン・スー(蘇萌、1984年~) 香港大学副教授、ハーバード大学 (中国籍)
・リリー・ジャン(葉公杼、1947年~) カリフォルニア大学サンフランシスコ校教授  (米国籍)
・ユーナン・ジャン(詹裕農、1947年~) カリフォルニア大学サンフランシスコ校教授  (米国籍)
・ホークァン・マオ(毛河光、1941年~) 米国カーネギー研究所  (米国籍と台湾籍)
・パトリック・リー(李雅達、1946年~) マサチューセッツ工科大学教授 (米国籍) 
・ウェンシン・リー(李文雄、1942年~) シカゴ大学教授 (米国籍と台湾籍)
・ラップチー・ツィ(徐立之、1950年~) トロント大学教授・トロント小児病院、香港大学元学長 (香港籍とカナダ国籍)
・ジェリー・ワン(王学荆、1937年~) カルガリー大学教授、香港科技大学名誉教授 (香港籍)

(註1)中国系科学者の定義は、中国本土、香港、台湾で生まれた人とした。これらの中には、幼少期に家族とともに、米国など外国に渡った人もいる。具体的には、ロバート・チャン(1歳でブラジル移住)、ユアン・チャン(5歳で米国移住)、フェン・チャン(11歳で米国移住)、ハワード・チャン(12歳で米国移住)、ドリス・ツァオ(4歳で米国移住)、ディヴィッド・ファン(12歳で米国移住)、ジャッキー・イン(7歳でシンガポール移住)、カレン・セト(幼少期に米国移住)の8名である。

(註2)国外での研究成果により候補者となった科学者は、カタカタ名をメインとし、漢字名はサブとした。中国での研究成果により候補者となった科学者は、盧煜明・香港中文大学教授、張涛・元中国科学院副院長、薛其坤・南方科技大学学長、陳竺・元国務院衛生部長・中国科学院副院長の4人であり、彼らは漢字名をメインとした。

2. 日本人のノーベル賞候補リスト(64名)

 現時点で、ノーベル賞受賞の可能性のある日本人科学者は次の64名となった。

 リストの順序については、こちらを参照されたい。

・森 和俊(1958年~) 名城大学教授 
・岸本忠三(1939年~) 元大阪大学総長
・審良静男(1953年~) 大阪大学特任教授
・飯島澄男(1939年~) 名城大学終身教授
・柳沢正史(1960年~) 筑波大学教授 (米国籍) 
・竹市雅俊(1943年~) 京都大学名誉教授  
・平野俊夫(1947年~) 元大阪大学総長
・小川誠二(1934年~) 元ベル研究所主任研究員
・宮坂 力(1953年~) 桐蔭横浜大学教授 元富士写真フイルム
・中沢正隆(1952年~) 東北大学特別栄誉教授  
・藤田 誠(1957年~) 東京大学教授  
・澤本光男(1951年~) 京都大学名誉教授  
・細野秀雄(1953年~) 東京工業大学名誉教授  
・藤嶋 昭(1942年~) 東京大学特別栄誉教授 
・金森博雄(1936年~) カリフォルニア工科大学名誉教授
・安達千波矢(1963年~) 九州大学教授
・寒川賢治(1948年~) 元国立循環器病研究センター研究所長
・児島将康(1958年~) 久留米大学名誉教授
・彦坂興秀(1948年~) 米国NIH眼病研究所
・堂免一成(1952年~) 東京大学特別教授
・片岡一則(1950年~) 東京大学 名誉教授
・長谷川成人(1961年~) 東京都医学総合研究所分野長 
・谷口 尚(1959年~) 物質・材料研究機構センター長 
・渡邊賢司(1962年~) 物質・材料研究機構特命研究員 
・中村祐輔(1952年~) 東京大学医科学研究所教授
・金久 實(1948年~) 京都大学名誉教授 
・松村保広(1955年~) 国立がん研究センター分野長
・十倉好紀(1954年~) 東京大学特別栄誉教授
・水島 昇(1966年~) 東京大学教授 
・大野英男(1954年~) 東北大学前総長
・新海征治(1944年~) 九州大学名誉教授
・服部有宏(1960年~) 元中外製薬シニアフェロー
・北沢剛久(1968年~) 中外製薬研究本部副本部長
・井川智之(1976年~) 中外製薬執行役員・研究本部長
・井上茂義(1980年~) ミュンヘン工科大学教授
・野本憲一(1946年~) 東京大学名誉教授
・蔵本由紀(1940年~) 京都大学名誉教授
・甘利俊一(1936年~) 東京大学名誉教授 
・笠 真生(1977年~) 米国プリンストン大学教授
・高柳 匡(1975年~) 京都大学教授
・菅 裕明(1963年~) 東京大学教授  
・松波弘之(1939年~) 京都大学名誉教授  
・萩本和男(1955年~) 元NTT先端技術総合研究所所長  
・香取秀俊(1964年~) 東京大学教授
・伊賀健一(1940年~) 元東京工業大学学長 
・岡本佳男(1941年~) 名古屋大学名誉教授  
・檜山爲次郎(1946年~) 京都大学名誉教授 
・三村高志(1944年~) 富士通研究所研究員  
・金出武雄(1945年~) 元カーネギーメロン大学教授  
・国武豊喜(1936年~) 九州大学名誉教授  
・太田朋子(1933年~) 国立遺伝学研究所名誉教授  
・末松安晴(1932年~) 元東京工業大学学長
・西 美緒(1941年~) ソニー中央研究所研究員
・吉良満夫(1943年~) 東北大学名誉教授
・佐川眞人(1943年~) 大同特殊鋼顧問
・河岡義裕(1955年~) 東京大学 名誉教授
・関口 章(1952年~) 筑波大学教授
・三田一郎(1944年~) 名古屋大学名誉教授
・久城育夫(1934年~) 東京大学名誉教授
・玉尾皓平(1942年~) 京都大学名誉教授
・吉川弘之(1933年~) 元東京大学総長
・嶋 正利(1943年~) インテル研究員
・長田重一(1949年~) 大阪大学教授
・谷口維紹(1948年~) 東京大学先端科学技術研究センター・フェロー

3. 日中両国の比較分析

 上記1および2のリストを元に、いくつかの観点での日中比較分析を行う。

(1)候補者数

 候補者の人数は、日本人が64名と多く中国系科学者37名のおよそ2倍である。

 近年の候補者数の動向を見る。

 まず引用栄誉賞受賞者数の直近5年間の動向は次の通りである。

年 度2022年2023年2024年2025年2026年合 計
中国系200226
日本3222110
(参考)米国81510101255
(参考)英国034018
(参考)フランス010304
(参考)ドイツ101204
直近5年間の引用栄誉賞受賞者での日中比較  参考で主要国も集計

 近年、日本が論文数や引用数で中国に大差をつけられているとの情報を多く目にするが、その論文数や引用数算定の基となるクラリベイト社などのデータを用いて選定される引用栄誉賞の受賞者数では、日本が中国を圧倒している。近年5年間の動向を見ても、中国系科学者の候補者が急激に増加しているようには見えない。数量的な論文数や引用数だけで国別の科学技術力比較を行うことには、十分注意を払う必要があろう。
 他の主要国と比較すると、米国が他を圧倒しているが、英国が日本と同程度であり、フランスやドイツはそれほどでもない。

 一方、著名な国際賞32賞受賞者数の直近5年間の動向は次の通りである。

年 度2022年2023年2024年2025年2026年合 計
中国系2330311
日本1623820
(参考)米国4744424733213
(参考)英国128136645
(参考)カナダ4544017
(参考)ドイツ2354317
(参考)フランス2120510
直近5年間の著名国際賞受賞者での日中比較 参考で主要国も集計

 これで見ても、近年5年間の動向で中国系科学者の著名国際賞受賞者数はそれほど増加しておらず、日本より少ない状況にある。
 参考に他の主要国の著名国際賞受賞者数を記したが、米国が圧倒的であり、欧米の他の主要国が続いている。著名な国際賞は、米国を筆頭とする欧米の主要国が授賞元になっているためもあろうが、米国を中心とする欧米諸国が依然として高い科学技術レベルにあると考えられる。

(2)年齢

 候補者の年齢では、日中間に差があり相対的に中国系が若い。

 中国系の科学者37名の生年を見ると、1930年代が3名、1940年代が11名、1950年代が3名、1960年代が12名、1970年代が6名、1980年代が2名となっている。なお、カレン・セトは出生年を公表していないが、大学卒業年次からの推定で1960年代とした。
 日本の候補者64名の生年を見ると、1930年代が11名、1940年代が22名、1950年代が18名、1960年代が9名、1970年代が3名、1980年代が1名となっている。

 中国系の場合には半数を超える20名が1960年以降の生まれであるのに対し、日本人の場合には1960年以降生まれは13名でおよそ2割に過ぎない。

 従って日本の場合、抜本的に若手登用を目指さないと、じり貧となる恐れが強い。

 なお、中国系では1950年代が3名と、前後の世代に比して少ない。またこの3名のうち、一人は香港出身のラップチー・ツィで、もう一人は台湾出身で幼年期に米国に移住したユァン・チャンで、唯一の大陸出身者は日本の旧厚生大臣に当たる衛生部長を務めた陳竺である。
 これには理由がある。知識人蔑視と教育・研究の破壊が全国的に行われた文化大革命の影響である。
 文化大革命は、1966年に紅衛兵らの破壊活動が開始され、大学共通入試・高考が停止された。その後、少し落ち着きを取り戻したものの高考は停止されたままで推移し、復活するのは1977年の鄧小平による大号令を待たなければならなかった。
 高考の停止年である1966年に18歳以上であったのは1948年生まれ以前であり、1977年に18歳であったのは1959年生まれである。従って、大陸生まれの中国人は、この時代にほとんど高等教育へのアクセスが奪われていたのである。この時期の唯一の大陸出身者である陳竺は、文化大革命に翻弄されて下放され、農村の衛生学校で医学の基礎を学んで裸足の医者として活躍し、その後、上海第二医科大学大学院に入るという特殊な経歴を積まざるを得なかった。 

(3)性別

 候補者の性別について、中国系の方が日本人より女性が多い。

 中国系の科学者では、37名中以下の8名が女性である。具体的には、バージニア・リー、ユアン・チャン、ゼナン・バオ、カレン・セト、ドリス・ツァオ、ジャッキー・イン、シャオウェイ・チュアン、リリー・ジャンである。
 これに対し日本人は64名中で、女性は太田朋子の1名のみである。

 中華人民共和国建国以来、中国では労働力不足もあって女性の社会進出が進んでおり、大陸からのノーベル賞初受賞も屠呦呦(2015年、ノーベル生理学・医学賞)という女性研究者であった。日本では、他の分野と同様あるいはそれ以上に、科学技術分野への女性進出が遅れている。

 女性科学者の進出は、世界において大いに進んでいる。
 ノーベル賞科学三賞受賞者に限っても、2020年から2025年までの6年間に受賞した科学者48名中、女性は7名で約15%に達している。具体的にはアンドレア・ゲズ(米国人、2020年物理学賞受賞)、エマニュエル・シャルパンティエ(フランス人、2020年化学賞受賞)、ジェニファー・ダウドナ(米国人、2020年化学賞受賞)、キャロライン・ベルトッツィ(米国人、2022年化学賞受賞)、アンヌ・リュイリエ(フランス人・スウェーデン人、2023年物理学賞受賞)、カリコー・カタリン(ハンガリー人・米国人、2023年生理学・医学賞受賞)、メアリー・E・ブランコウ(米国人、2025年生理学・医学賞受賞)である。

 したがって、日本も中国に見習って女性の科学者の進出を大いに促進すべきである。

(4)出生地

 出生地について、中国系の場合には香港や台湾の出生者が人口比率を超えて多い。

 中国の場合には、歴史的な経緯や現在の政治体制などの理由で、出生地が大きな意味を有する。
 中国系候補者37名のうち、本土出生が24名である。それ以外で、盧煜明、チン・W・タン、ユェワイ・カン、ロバート・チャン、カレン・セトの5名が香港出生、ユアン・チャン、ハワード・チャン、ディヴィッド・ファン、ジャッキー・イン、チーフェイ・ウォン、ホークァン・マオ、ウェンシン・リー、ジェリー・ワン(推定)の8名が台湾出生である。
 本土出生とした24名のうち、バージニア・リー、タクワー・マク、ラップチー・ツィ、パトリック・リーの4名が香港に、アンドリュー・チー・チー・ヤオ、リリー・ジャン、ユーナン・ジャンの3名が台湾に、それぞれ幼い頃に移住してそこで基礎教育を受けている。したがって、純然たる中国本土出生者は17名となり、香港や台湾関係者の比率が非常に多い。さらに付言すると、フェン・チャン、ドリス・ツァオの2名は、中国本土で生まれたものの、幼少期に米国に移住している。

 このことの意味であるが、香港が一国二制度であったこと、また台湾が民主主義的な政体にあることが、基礎教育、高等教育、研究開発に大きな影響を及ぼしている可能性がある。そうだとすると、将来香港の一国二制度が形骸化の度合いを強め中国本土並みとなれば、香港での教育や研究面での優位性が減少する恐れがある。
 ただ、これを断言するためにはもう少し詳細なデータとその分析が必要と考えられる。

 一方日本の場合には、政治経済体制は全国一律であり、基礎教育や高等教育も均一的であるので、出生地を考慮する必要はあまりない。

(5)国籍

 国籍について、中国系の場合には米国やカナダ国籍への転籍が圧倒的に多いが、日本人はほとんどが日本国籍を維持している。

 中国系の場合、中華人民共和国国籍を有するのは、アンドリュー・チーチー・ヤオ、薛其坤、張涛、陳竺、メン・スーの5名のみである。このうち、アンドリュー・チーチー・ヤオは台湾で基礎教育を受けて米国に渡り長い間米国籍であったが、2015年、中国とのきずなを強めるため、ノーベル賞受賞者である楊振寧と共に中華人民共和国国籍を取得したものである。
 また、一国二制度が適用されている香港籍を有するのは、盧煜明、ラップチー・ツィ、ジェリー・ワンの3名であるが、このうちラップチー・ツィはカナダ国籍も有している。
 チーフェイ・ウォン、ホークァン・マオ、ウェンシン・リーの3名は米国籍と台湾籍の双方を有している。
 残りの26名のうち、カナダ国籍のタクワー・マクを除き、25名が米国籍となっている。

 一方、日本人研究者で日本以外の国籍となっているのは、柳沢正史(米国籍)のみである。残りの63名に関し、外国にポストを有する科学者を含め全ての人が日本国籍を保持している。 

(6)高等教育の場所

 高等教育の場所について、日本人はほとんどが国内の大学で学士や博士の学位を取得しているが、中国系の場合には学士学位を中国国内の大学で取得する例が多いものの、博士学位はほとんどが米国等の外国の大学で取得していた。

 学士学位をどこで取得したかであるが、中国系の場合には、盧煜明(ケンブリッジ大学)、チン・W・タン(ブリティッシュ・コロンビア大学)、ユアン・チャン(ユタ大学)、フェン・チャン(ハーバード大学)、ロバート・チャン(カリフォルニア大学バークレー校)、バージニア・リー(ロンドン大学)、ハワード・チャン(ハーバード大学)、カレン・セト(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)、ドリス・ツァオ(カリフォルニア工科大学)、ディヴィッド・ファン(マサチューセッツ工科大学)、ジャッキー・イン(クーパー・ユニオン)、タクワー・マク(ウィスコンシン大学)の12名が、海外の大学で学士学位を取得している。
 ゼナン・バオは、学士を取得せず飛び級的に米国の大学院に入学している。また陳竺は、文化大革命で下放したため大学は卒業しておらず、文革後に上海第二医学院(現在の上海交通大学医学院)の大学院に直接入学している。
 それ以外の23名は中国本土、香港、台湾での学士学位の取得である。

 日本の場合には、三田一郎(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校)を除き、63名が日本の大学で学士学位を取得している。

 一方、博士学位をどこで取得したかであるが、中国の場合には、中国本土、香港、台湾の大学などでの博士学位取得は、薛其坤(中国科学院・物理研究所)と張涛(中国科学院・大連化学物理研究所)のみであり、残りの35名が米国、英国、フランス、カナダの大学で取得している。
 日本の場合で博士学位を有している人は61名で、小川誠二(スタンフォード大学)、国武豊喜(ペンシルベニア大学)、太田朋子(ノースカロライナ州立大学)、谷口維紹(チューリッヒ大学)、菅裕明(マサチューセッツ工科大学)、三田一郎(プリンストン大学)の6名を除いて、残り55名は日本の大学で博士学位を取得している。また、萩本和男、西美緒、嶋正利の3名は博士学位を有していない。

 中国ではノーベル賞受賞に結びつくような科学者の高等教育は十分ではなく、早い場合には学部段階で留学する人もあり、博士課程になると中国の大学は全く不十分であることになる。中国で学位制度が確立したのは、文化大革命の終了後に学位条例が施行されてからであり、ほぼ50年近くの歴史があるが、未だ米国や欧州の大学に優れた博士育成を頼っていることになる。
 一方、日本では博士号取得も日本国内の大学で何ら問題なくなっていることが、これらのデータが示している。

(7)研究場所

 引用栄誉賞や著名な国際賞の受賞対象となった研究開発の場所について、日本人はほとんどが国内の大学や研究機関であるが、中国系の場合にはほとんどが米国等の大学や研究機関であった。

 中国系の場合には盧煜明(香港大学病院)、薛其坤(清華大学)、張涛(大連化学物理研究所)、陳竺(上海第二医科大学附属瑞金医院)の4名を除き、それ以外の33名は米国やカナダの大学や研究所である。

 一方日本人の場合は、小川誠二(ベル研究所)、柳沢正史(テキサス大学)、金森博雄(カリフォルニア工科大学)、彦坂興秀(米国NIH眼病研究所)、井上茂義(ミュンヘン工科大学)、笠真生(米国プリンストン大学)、金出武雄(カーネギーメロン大学)、嶋正利(インテル株式会社)の8名を除き、それ以外の56名は日本国内の大学や研究機関での研究が、引用栄誉賞や著名な国際賞受賞につながっている。

 日本の大学や研究機関の研究現場は欧米の研究現場と同等の状況となっていることを示している。一方、中国の研究現場は欧米や日本にまだ追いついていないことを意味する。
 ただ、近年の中国の研究現場の充実ぶりは急激であり、今後期待される。

4. まとめ

 近年論文数や引用数で、日本が中国に大差を付けられているとのマスコミなどの論調と違い、ノーベル賞クラスの研究者では依然として日本が中国を圧倒していることである。

 論文数や引用数などの数量的な分析は、手軽で分かりやすい面があるが、その表すところは一面のみであり、必ずしも実態を表すものではない。とりわけ、巨大なポテンシャルを有する中国が国際的な研究世界に乗り出したため、従来の欧米や日本とで了解されていた常識、例えば引用数の高い論文は科学的に重要で価値があるといったことが単純に通用しなくなっている。

 関連して、若手や女性の進出については、中国に軍配が上がり、日本も見習う必要があろう。一方、基礎教育から高等教育の充実、研究現場の充実は、現時点で日本が優れている。ただし、気になるのは中国系研究者が、外国に積極的に出ているのに対し、日本人が内向きになっている状況も垣間見える。この辺が今後の課題であろう。

付言~フィールズ賞などの数学賞受賞者に関連して

 話題提供の意味で、ノーベル賞の対象とならない数学界の最近のニュースを紹介したい。これが、将来の中国の科学界での躍進と、現状での課題を示していると考えるからである。

ユー・デンと王のフィールズ賞受賞写真
左よりユー・デン、シン=トゥン・ヤウ(丘成桐)、ホン・ワン  百度HPより引用

 2026年7月に米国フィラデルフィアで開催された国際数学者会議で、数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞の受賞者が発表され、受賞者4名のうち、ユー・デン(Yu Deng、鄧煜)シカゴ大学教授とホン・ワン(Hong Wang、王虹、女性)ニューヨーク大学教授兼フランス高等科学研究所(IHES)教授の2名が中国人数学者であった。
 また、やはり数学分野における著名な国際賞の一つであるコール賞の数論部門での2026年の受賞者も、ユンチン・タン(Yunqing Tang、唐雲清、女性)カリフォルニア大学バークレー校准教授で、中国人数学者でであった。
 そして、驚くべきことにこれら3名はすべて北京大学数学科のクラスメイトであった。

 これらの受賞は、数学における中国人の圧倒的な存在感を示すものであり、今後ノーベル賞を含めて他の科学分野での活躍も多いに期待される。
 上記のノーベル賞候補のリストの分析で述べてきたように、若手や女性科学者の躍進が、今回の数学分野の著名な国際賞でも十分に示されている。
 とりわけ、注目したいのが、中国の科学人材の発掘力である。中国では全国大学共通入試・高考を経ずに大学に入学する保送生という制度があり、今回の受賞者3名のうち2名が、数学オリンピックでの優れた成績により高考が免除されて北京大学に入学している。また、残りの1名は小学生の時に2度にわたって飛び級をしている。これらと同様の制度は日本にもあるが、このような英才教育については、日本は中国と比較してやや臆病なところが見受けられる。
 女性の進出も目を見張るものがある。今回の受賞者3名のうち2名が女性数学者である。日本の場合には、女性の理科系学部への進出が後れており、これが将来の科学技術立国の命取りとなる恐れがある。

 一方課題もある。今回の受賞者3名は、北京大学のクラスメイトであるが、3名のうち北京大学の学部卒業は2名で、他の1名は北京大学を卒業せずに米国に留学しマサチューセッツ工科大学(MIT)で学士学位を取得し、また博士学位をプリンストン大学で取得している。また、北京大学を卒業した2名はいずれも米国などに留学し、MITとハーバード大学でそれぞれ博士学位を取得している。
 博士学位を取得した後は、3名とも米国の大学や研究所を主たる研究現場とし、現在は3名とも米国の大学の教職にある。このことは、現在は中国籍を保持しているが、将来的には米国籍に転じる可能性も考えられる。
 つまり、これら3名の著名な数学賞受賞者の略歴においても、上記に述べてきたノーベル賞候補者の略歴から見た課題、具体的には国内高等教育や国内研究現場の充実という課題を抱えている。

 したがって、著名な数学賞受賞で示された中国の科学人材の発掘能力は素晴らしいものの、上記のノーベル賞候補で指摘した課題がいまだ十分に克服されているとはいえず、米国や欧州主要国などの科学大国に追いつき追い越していくためには、さらなる努力が必要と考えられる。

選定方法

日中両国におけるノーベル賞受賞候補を選定するため、引用栄誉賞と著名な国際賞に着目し、生存を確認の上、リストアップした。

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日中の引用栄誉賞受賞者

存命で活躍する中国系引用栄誉賞受賞者と、同じく存命で活躍する日本人引用栄誉賞受賞者をリストアップした。

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中国系の著名な国際賞受賞者

ノーベル賞受賞につながる可能性のある著名な国際賞を受賞した存命の中国系科学者をリストアップした。

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日本人の著名な国際賞受賞者

ノーベル賞受賞につながる可能性のある著名な国際賞を受賞した存命の日本人科学者をリストアップした。

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著名な国際賞リスト

今回ノーベル賞受賞候補を選定するにあたり、着目した著名な国際賞のリストであり、全体で32賞が対象となる。

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日中のノーベル賞受賞者

屠呦呦の写真

日本人科学者と中国系科学者のノーベル科学3賞での受賞者を示す。

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2024年のノーベル賞受賞者

2024年10月7日から9日に、ノーベル科学三賞の受賞者が発表されたが、中国と日本の科学者は選ばれなかった。ただ、今回の受賞者7名は、いずれも予想の根拠とした著名な国際賞(全体で32賞、こちら参照)を受賞しており、さらにクラリベイト引用栄誉賞受賞者も7名中5名に上った。

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2025年のノーベル賞受賞者

2025年10月6日から8日にノーベル科学三賞受賞者が発表され、日本の科学者2名が受賞したが、中国系科学者は選ばれなかった。

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