1.強さ

 以下に筆者の個人的な見解として、中国の宇宙開発における特徴を述べたい。まず、中国の宇宙開発の強さを述べたい。

(1)豊富な資金

 中国の宇宙開発における現在の最大の強みは、研究開発資金の豊富さであろう。中国の経済発展は20世紀末に始まり、21世紀に入って加速した。ここ数年は成長率が鈍化し、中国指導部自らが経済状況を「ニューノーマル(新常態)」と呼ぶ状況にあるが、それでも政府発表の成長率が6%を超えている。このような経済の拡大発展を受け、中国の宇宙開発を含む研究開発費の増加は、急激かつ膨大である。

 科学技術全般に関する中国ならではの法律として、科学技術推進を国家の重要事項と定めている「科学技術進歩法」がある。1993年に法律として発効し、2008年に改定されているが、その中に「科学技術投資の増加率は国全体のGDPの増加率を上回る」との規定がある。実際のデータで見ると、2000年の中国全体の研究開発費が896億元であったものが、2014年には1兆3,016億元と、約15倍に達している。このため、現時点での中国全体の研究資金は米国に次いで第2位となっており、額的にもIMFレートで米国の半分のところまで来ている。ちなみに日本は長い間米国を追いかけていたが、現在は中国に次いで第3位に低下している。

 宇宙開発の資金に国防的な資金が入ってくることも、中国の宇宙開発費の急激な増大につながっている。中国の人民解放軍の中には、陸海空の3軍に加えてロケット軍があり、これはミサイル担当の軍である。さらに宇宙関連では、戦略支援部隊が別途人民解放軍の中にあり、この内部組織である航天系統部は、ロケット打ち上げ射場の管理や打ち上げ後の追跡管制などの宇宙開発の実務を行っている。また有人宇宙飛行計画を所管しているのが人民解放軍であり、宇宙飛行士は戦略支援部隊の航天員大隊に所属している。中国の経済の驚異的な発展は、科学技術投資だけではなく国防関連経費の急激な増大をもたらしており、中国の宇宙開発経費が急激に増大している要因となっている。

(2)圧倒的なマンパワー

 いくら開発資金があっても、それを使って開発成果を出す研究者や技術者がいないと、宇宙開発は発展しない。現在の中国の宇宙開発は、マンパワーの点でも極めて恵まれた状況にある。

 元々中国は13億人の民を抱え世界最大の人口国であるが、経済発展前の2000年以前は科学技術人材王国ではなかった。最大の理由は、経済的な余裕がなく、研究開発のための人材を雇う資金が乏しかったためである。宇宙開発は、毛沢東主席の肝いりプロジェクトである両弾一星政策を実施していたので、他の科学技術分野と比較して恵まれていたと考えられるが、それでも例えば民生宇宙利用や宇宙科学などに投ずる人材の余裕はほとんどなかった。さらに、1966年に始まり1976年まで続いた文化大革命では、知識人への憎悪から両弾一星政策や国防目的の開発ですら悪影響を免れ得なかった。文化大革命は科学者・技術者などの人材を否定するものであったため、ほとんど科学者・技術者が育成されなかった。

 文化大革命が終了し、中国の経済発展が進行するに従って状況が大きく変化し、2000年代に入り急激に中国の研究開発人材の数が増大を始める。一般科学技術でみると、2000年で70万人前後と日本と同等であった研究者数が、2015年現在で約150万人を数え、米国の約130万人、日本の約70万人を抜いて世界一となっている。また、大学進学率も増加し、米国等に留学して博士号を取得する人も増えていることから、単に量だけではなく質的にも大幅にグレードアップされている。

 国の宇宙開発人材を見る場合、一般科学技術的な人材だけではよく見えない部分がある。具体的には、国家国防科技工業局(SASTIND)傘下の国営企業に属する人材である。国家国防科技工業局傘下には、中国航天科技集団有限公司および中国航天科工集団有限公司の2つの巨大国営企業があり、それぞれが多くの研究所や企業を有している。例えば、中国航天科技集団有限公司の傘下には、長征シリーズを開発・製造している中国運載火箭技術研究院や、各種の人工衛星を開発・製造している中国空間技術研究院があり、それぞれ3.16万人、2.7万人の職員を有している。これらの機関は宇宙以外の通常軍事兵器なども開発していることや、宇宙関連であっても製造ラインに勤務する職員もいることなどから、すべての職員が宇宙開発に直接従事しているとはいえないが、日本のJAXAや宇宙関連メーカーの従業員数に比較すると、ため息が出るほど巨大である。

(3)急激に拡大する宇宙関連市場 

 中国の現在の経済規模は世界第2位であり、第3位の日本の2.5倍で第1位の米国に近づきつつある。中国の市場の大きさは、例えば自動車、産業機械、エネルギー産品などあらゆる面で米国に準ずるものとなっている。このような巨大な市場は、宇宙開発にも大きな影響力を及ぼしており、米国や欧州諸国に後れを取っていた民生用の宇宙関連のビジネスは、今後飛躍的に拡大する可能性が高い。

 とりわけIT企業にかかわる宇宙開発は、中国の宇宙開発にとって重要となろう。中国の現在の経済成長の中で、元気さを際立たせているのがIT企業であり、米国の国際的な企業とも互角に渡り合える実力を有している。このIT企業は、宇宙開発と親和性を有する企業群の一つであり、通信関係の企業はその典型である。これまでは米国や欧州などの企業が開発した技術をベースとして中国のIT企業は成長を続けてきたが、米国の貿易赤字解消や知的財産権保護への動きが顕在化し、自らも技術開発を進めていかないとこれ以上の成長は望めなくなってきており、その際宇宙開発は技術開発の重要なツールとなる。現在すでにその兆候が出ており、2016年8月に打ち上げられた「墨子」は、量子通信実証試験を世界で初めて行うために打ち上げられた衛星であり、このような画期的な試みは今後も続くと考えられる。

(4)着実なプロジェクトの進め方

 中国の科学技術プロジェクトの進め方で、驚くのが進め方の着実さである。共産党の一党独裁であり、歴史的にもトップダウンに慣れている国民であるので、当然トップの歓心を買うべく少し無理をしてでも早くプロジェクトの成果を出したいと思うのではないかと推測するが、良い意味で裏切られることが多い。技術的に順を追って着実に進めているのである。

 宇宙開発についても、同様のことがいえる。中国は神舟シリーズにより有人宇宙飛行を遂行しているが、1999年の神舟打ち上げから始まり、2002年末の神舟4号まですべて無人の宇宙船を飛ばし、技術のステップを踏んで着実に実績を積み上げている。そのうえで、神舟打ち上げから4年後の2003年10月、中国人初めての宇宙飛行士となる楊利偉氏を乗せた神舟5号が打ち上げられている。この神舟5号だけが日本を含めて世界に大々的に喧伝されたため、中国は国威発揚のためにあえて科学的な大冒険を実施したのではないかとの観測もなされた。しかし事実は違っており、手順を踏んで一歩一歩科学技術的な階段を上ってこの偉業に到達したというのが実際である。なお、その後も中国流の着実さは続き、次の神舟6号では2名の宇宙飛行士を乗せ、神舟7号では3名に増員するとともに、初めての宇宙遊泳に成功するなど、文字通り一歩一歩技術開発を進めている。このように、政治的な状況にみられるトップダウンとは異質な研究開発の進め方が、ここでは見られるのである。

2.課題

 中国の宇宙開発の課題を挙げると次のとおりである。

(1)貧弱な宇宙科学活動

 中国の宇宙開発の最大の課題は、宇宙科学活動の貧弱さである。宇宙科学の貧弱なのは、中国の宇宙開発の歴史に起因する。元々毛沢東主席のイニシアティブによる両弾一星という軍事的な目的で宇宙開発が始まり、両弾一星の目途が付いたところで民生用の人工衛星利用や国威発揚のための有人宇宙飛行に宇宙開発活動が拡大し、最後に残されたものが宇宙科学であった。したがって、米国、ロシア、欧州などと比較して、宇宙科学での蓄積が圧倒的に少ないのである。

 近年になり、中国でも宇宙科学活動は活発化しつつある。嫦娥計画による月探査や、ダークマターを探索するための人工衛星「悟空」などがそれに当たるが、まだ米国、ロシア、欧州などの先行国を唸らせるほどの成果に至っていない。中国では、衛星や宇宙船の打ち上げなどのハードの開発が先行し、科学者のボトムアップの研究意欲を糾合してのプロジェクトになっていないと筆者は感じている。NASAにしても、ESAにしても、それぞれ米国や欧州の中に分厚い宇宙科学コミュニティがあり、その中での活発な議論を踏まえて、打ち上げるべき衛星や宇宙船などのプロジェクトが形作られるのであるが、中国ではそのような努力が不足しているように見える。

(2)オリジナリティに課題

 もう一つの中国の課題は、オリジナリティの不足である。このコーナーでの評価のベースとなったJSTの宇宙技術力評価委員会で、複数の委員が個人的な意見としてつぶやいたのは、中国の技術開発においてのワクワク感の欠如である。アポロ計画時代の米ソはそれこそ国運をかけて宇宙の技術開発競争に立ち向かったのであり、相手国の考えもしないものを作ることにより相手を打ち負かそうとして、必死に知恵を絞ってきた。相手が考えていない、相手がやっていないといったことが極めて重要であり、これがオリジナリティである。

 中国の宇宙開発では、目標をきちんと決め着実に実施されていくが、内容的には米国や旧ソ連、さらには欧州や日本でなされたものを、時間をずらしてなぞっているに過ぎないという感じを持つ。改良的な変更は当然多くあるが、いわゆる革新的な変更はないのである。米国のアポロ計画は人類の最大の挑戦であったし、事故と運営経費の高騰により退役を余儀なくされたスペースシャトルも従来のカプセル型宇宙船の概念を根底から変える技術開発であった。ソ連も宇宙競争において、人類初といった技術開発を何度も実施している。おそらく見えないところでの失敗はかなりの数に上ったであろう。日本も、遅れて宇宙開発に参入したが、糸川博士によるペンシルロケットからの開発は独自技術で進めるという気概を示したものであるし、宇宙科学における小田教授のすだれコリメータを始めとしたX線天文学は長く日本のお家芸であった。さらに、近年では「はやぶさ」によるサンプルリターンは、小規模なものとはいえ人類初めての試みであった。中国の宇宙開発にはこのような試みが見当たらないのである。 

 どのような研究開発でもそうであるが、オリジナリティのある研究開発はある種の危険を伴う。人類初めてのことをやろうとするわけであり、本当にできるかどうか判らないことが多い。長い年月をかけて研究開発を行っても、結果として達成できない可能性がある。むしろ達成できない方が圧倒的に多い。そうすると、そのような研究開発に携わった人たちは、結果として意味の無い研究開発を行ってきたことになり、社会的にも葬り去られてしまうことになる。そのように社会的に葬り去られることに耐えることをいとわない、そしてそのような人たちにも温かい目を向けてくれる社会でなければ、オリジナリティのある研究開発はできない。

 中国の宇宙開発では、いまだにオリジナルな研究開発が行われていない。ゼロのものを1にする研究と、1の状況のものを10にする研究とは本質的に違う。新しいオリジナルな研究は、研究資金やマンパワーが豊富であるなどという環境条件だけでは達成できない。オリジナリティが発揮できるようになるには、中国社会における研究開発の歴史と科学文化の蓄積が必要である。文化大革命以降極めて短期間に立ち上がった中国において、オリジナリティを支える研究開発の蓄積がまだ足りないのであろう。この点は時間が解決してくれる問題とも考えられ、将来それ程遠くない時期に、オリジナルと評価される中国の宇宙開発が続々と出現すると期待したい。

3.留意点

 次に、強みであるか課題であるか現時点でよくわからないが、他の国と違う中国の宇宙開発システムについて述べる。

(1)軍が直接関与

 宇宙開発の目的に国防関連を掲げているのは、米国、ロシアなどがあるが、宇宙開発の実務に直接軍が関与しているのは中国の宇宙開発の特徴である。つまり中国の人民解放軍は、単にロケットや人工衛星のユーザーであるだけではなく、衛星発射センター、追跡管制センターなどの管理・運用を、解放軍傘下の戦略支援部隊の航天系統部を通じて実施している。

 衛星発射センターが軍の運用に委ねられていることは、宇宙開発にかかわるコストを考慮する際には有利に働く。例えば、日本の種子島宇宙センターからH-ⅡAロケットを打ち上げる際には、かなりの運用コストが必要であり、さらに天候などにより所定の日に打ち上がらず延期される場合には、1日当たり約3,000万円という費用が追加的に必要である。このような状況は、米国、ロシア、ESA(フランスのクールー基地)でも同様であるが、中国はそのような費用は発生しない。

 人民解放軍が中国の宇宙開発に関与していることを理由として、中国の宇宙開発があたかも国防利用を中心に行われているという論調を、時々日本国内で見ることがある。宇宙開発で国防利用を中心に考えている国は中国だけではなく、米国、ロシア、インドなども同様である。また、ESAは民生利用が中心であるが、フランスや英国などはそれぞれの国において必要となる国防的な宇宙開発は実施している。これらの国と比較して、中国が突出して国防利用に比重をかけているわけではない。むしろ、つい最近まで宇宙開発に関する国会決議に拘束されて国防的な宇宙開発ができなかった日本の方が異質である。

 人民解放軍の宇宙開発も少々乱暴なところがある。それは、2007年1月の衛星破壊実験である。この実験は多数のスペースデブリを発生させており、有人宇宙開発の新たな懸念となる可能性があるとして欧米諸国から抗議がなされた。かつては、米国、ソ連も同様の実験を行っており、スペースデブリの危険性が認知されるようになって以降、20年以上この種の破壊実験を行っていなかった。

 なお、米国は中国との科学技術協力一般には非常に積極的であるが、宇宙開発に関する協力は原則禁止となっている。これは、米国の連邦議会内にある中国の宇宙に係わる軍事利用についての強い懸念を受けてである。ただし、NASAなどは、例えばスペースデブリの除去などでの米中間での宇宙協力は可能と考えているといわれている。 

(2)司令塔が無い

 宇宙開発を行う国々は、それぞれ宇宙開発全体を統括し指揮をする司令塔的な組織を有している。米国のNASAが代表的な例であり、ロシアはロスコスモス、欧州はESA、日本はJAXAなどである。

 中国には国家航天局という組織があるが、HPでは国家航天局の業務は国外折衝の窓口が中心であり、実態的に国務院の国家国防科技工業局(SASTIND)の一部局であると考えられる。そうだとすると、中国の宇宙開発に重要な貢献をしている人民解放軍、科学研究などに携わる中国科学院などとは、完全に独立して設置されていることになる。したがって、NASAなどとは違って宇宙開発全体の司令塔ではない。

 宇宙開発の司令塔が無いことが、これからの宇宙開発にどのような影響が出るかは現時点でよくわからないが、留意しておくべきことであろう。