概要
国防科技大学 (National University of Defense Technology) は、人民解放軍の指導機関である中国共産党中央軍事委員会が所管する大学である。
○国防科技大学は、1953年に黒竜江省ハルビン市に設置されたが、文革中の1970年に湖南省長沙市に移転した。
○国防科技大学は工学を中心とし、理学、軍事管理などの分野を統合して、総合的な軍事科学技術開発を目指している。
1. 名称と所管
(1)名称
・日本語表記 中国人民解放軍国防科技大学
・中国語表記 中国人民解放军国防科技大学 略称 国防科技大学、国防科大
・英語表記 National University of Defense Technology NUDT
(2)所管
中国共産党中央軍事委員会の直轄大学である。中央軍事委員会は、中国の軍隊である人民解放軍を指導する機関であり、同委員会の主席は中国共産党総書記・習近平の兼務となっている。
2. 本部の所在地
軍事科技大学の本部は、湖南省長沙市にある。
湖南省は、中国大陸の中南部に位置し、北は湖北省、東は江西省、南は広東省と広西チワン族自治区、西は貴州省と重慶市に接する。洞庭湖の南に広がるため、湖南と呼ばれる。省内を長江が流れている。北部は平野、中部は丘陵地帯、南部は山岳地帯となっている。水稲生産が盛んで、中国の主要な米産地である。
長沙市は湖南省の省都であり、歴史は2,400年前にまで遡ることが出来る。秦代には既に長沙郡が設置され、前漢の時代には長沙国が成立していた。
中華人民共和国の設立の父であり、中国共産党の最高指導者であった毛沢東は、長沙市の南西・湘潭市に生まれ、中等教育を長沙市で受けている。長沙市の師範学校卒業後、北京に赴くも再び長沙に帰り、中学校の教師となっている。この時期に毛沢東は中国共産党員となり、以後革命運動に参加していった。
長沙市は、建設機械と新材料を主とし、自動車、電子情報、家電製品、バイオ医薬産業などが盛んである。文化産業の発展も著しく、国内屈指の地方テレビ局である湖南テレビの影響力によって、中国の芸能人・有名人が数多く訪れる。
3. 沿革
(1)人民解放軍軍事工学院設立
中華人民共和国の建国後の1953年に、黒竜江省のハルビンに設置された中国人民解放軍軍事工程学院が、現在の国防科技大学の前身である。当時中国は、朝鮮戦争を国連軍と戦う北朝鮮を支援して義勇軍を派遣していたが、その支援もあり同校が設立された。
(2)長沙工学院として長沙市へ移転
1966年に開始された文化大革命は、人民解放軍にも大きな影響を及ぼし、軍事工程学院もその影響を受けた。軍事工程学院と文革革命派との闘争の末、同院は湖南省長沙に移転し、校名を「長沙工学院」に改名した。しかし、同校は長沙に移転したものの革命派の妨害もありほとんど活動できなかった。
(3)国防科学技術大学として再建
文革期間中も、周恩来や一時復活した鄧小平らが、長沙工程学院を人民解放軍の軍事科学技術の拠点として復活させることを目指したが、文革主流派の四人組の抵抗に遭った。1976年に四人組が失脚し、鄧小平が再復活したことで長沙工程学院を人民解放軍の軍事科学技術の拠点とする構想が復活し、1978年に「国防科学技術大学」として再建された。
(4)軍事技術開発の総合大学に
2017年には、長沙の国防科学技術大学をベースとして、人民解放軍の国際関係学院、国防情報学院、西安通信学院、電子工程学院などを統合するとともに、気象海洋の学院を新設して、より広範囲の軍事技術研究を進めることとし、大学の名称を「国防中国科技大学」と変更した。本部は従来通り長沙市に置き、学部の一部を南京、武漢、合肥等に置いた。
4. 現在の指導部
(1)学長
現学長の黎湘は、1967年湖南省生まれで、西南電子科技大学電子工学科大学院を卒業し、その後国防科技大学から1995年に修士号、1998年に博士号を取得した。国防科技大学の副学長を経て、2019年から同大学の学長を務めている。専門は、レーダ技術であり、2021年に中国科学院院士に当選している。工学と宇宙への応用である。2013年に中国工程院院士に当選している。
(2)政治委員
国防科技大学は他の大学と違い、共産党委員会書記に代わり政治委員が置かれている。現在の政治委員は伝愛国(傅爱国)であるが、生年や誕生地は公開されていない。人民解放軍の空軍出身で、空軍少将であり、2020年から政治委員に就任している。
5. 規模
(1)規模のデータ表
国防科技大学は、大学の性格からほとんどデータをHPで公表していない。
HPの資料では、「これまでに20万人以上の各種人材を育成し、国と軍に送り出しており、そのうち700人以上が省、閣僚、軍レベルの指導的地位に就いている」とある。
国防科技大学 | 中国第1位の大学 | ||
学部学生数 | 非公表 | 鄭州大学 47,000名 | 詳細データ |
大学院生数 | 非公表 | 清華大学 38,783名 | 詳細データ |
留学生数 | 受け入れていない | 北京大学 6,857名 | 詳細データ |
専任教師数 | 非公表 | 吉林大学 6,506名 | 詳細データ |
総予算 | 非公表 | 清華大学 362.11億元 | 詳細データ |
(2)キャンパス
国防科技大学のキャンパスは、本部のある長沙市のほか、南京、武漢、合肥にある。
(3)学部
国防科技大学は、政府の教育部が定めている12の大分類(日本の大学の学部に相当)のうち、法学、文学、理学、工学、管理学(軍事管理学)の大分類を有している。
(4)双一流学科建設
2022年に改訂された双一流学科建設において、国防科技大学は全体で以下の5学科が選定されている。
○情報・通信工学
○計算機科学・技術
○航空宇宙科学・技術
○ソフトウェア工学
○管理科学・工学
6. 研究開発力
国防科技大学は、軍事技術を中心とした理学と工学が強い大学である。
(1)研究開発力のデータ表
国防科技大学の研究開発力を、データとして示したのが下表である。国防技術を専門とする大学であるため、数量的にはそれほど大きくない。
なお、SCI論文数とはラリベートアナリティックス社のデータによる論文数、Nature Indexとは世界トップクラスの科学誌・学会誌掲載の論文数による指標、NSFCの面上項目予算の獲得額である。国家重点実験室は下記(2)を参照。
国防科技大学 | 中国第1位の大学 | ||
SCI論文数 | ランク外 | 中国科学院大学 | 詳細データ |
Nature Index | 124位 | 中国科学院大学 | 詳細データ |
国家重点実験室数 | 4か所(9位) | 清華大学 | 詳細データ |
NSFC面上項目予算 | 78位 | 上海交通大学 | 詳細データ |
(2)国家重点実験室
国防科技大学には、以下の4か所の国家重点実験室がある。
・新型セラミック繊維及び複合材料
・ATR(Advanced Telecommunications Research)
・情報システム工学
・並行及び分散技術
7. 国内および国際的な評価
中国の国内と国際的な評価を示したのが下表である。国内では国務院教育部と中国校友会、国際では英国のQS(Quacquarelli Symonds Limited)とTHE(Times Higher Education)のランキングを示した。また、卒業生の中での傑出科学技術人材数の校友会ランキングも、併せて示した。
これで見ると国防科技大学は、国内で20位以内に入っているが、大学の性格に関連して国際的には評価の低い大学である。
国防科技大学 | 中国第1位の大学 | ||
教育部ランキング | 18位 | 清華大学 | 詳細データ |
校友会ランキング | 16位 | 北京大学 | 詳細データ |
QSランキング | ランク外 | 北京大学 世界12位 | 詳細データ |
THEランキング | ランク外 | 北京大学と清華大学 世界16位 | 詳細データ |
校友会傑出人材 | 34位 | 北京大学 | 詳細データ |
国防科技大学は学術的な評判でそれほど上位にはないが、両弾一星プロジェクトへの貢献、スパコン「天河」シリーズの開発(下記の特記次項参照)、中国版GPS北斗シリーズへの貢献など、優れた業績を誇る。
8.国際性
国防科技大学は、専攻分野の性格上、留学生は受け入れていない。
しかし、学生の国際性を重視し、毎年優秀な学部生や大学院生を国際学術会合に参加させるとともに、留学生として国外に派遣している。
また、海外の著名な専門家を招聘してさまざまな形で講演や交流を行ったり、国際学術会議、学術コンクール、大学院生向けの国際サマースクールを開催している。
9.特記事項
(1)中央軍事委員会傘下の大学
中央軍事委員会は、国防科技大学以外にいくつかの大学を有している。
まず重要なのは、中国人民解放軍国防大学である。同大学は、中国共産党傘下にあったいくつかの軍事関連の学校を糾合し、1985年に北京に設置された大学である。大学院生を中心とする大学で、戦史、戦術、作戦などを教えることにより幹部の育成に当たっている。
負傷軍人の治療などを任務とする軍医を育成する大学も重要である。中国は中央軍事委員会の傘下に次の3つの軍医大学を有している。
・海軍軍医大学(第二軍医大学)は、海軍関連の軍医と医学研究に当たる大学であり、上海市にある。
・陸軍軍医大学(第三軍医大学)は、陸軍関連の軍医と医学研究に当たる大学であり、重慶市にある。
・空軍軍医大学(第四軍医大学)は、空軍関連の軍医と医学研究に当たる大学であり、陝西省西安市にある。
なお、かつて「中国人民解放軍第一軍医大学」と称していた大学は、2004年に「南方医科大学」と名称を変更し、人民解放軍の傘下を離れて広東省が所管する大学となっている。
(2)国防七校
国防七校とは、国務院の工業・情報化部が所管する七つの大学を指し、国防七子とも呼ばれている。七つの大学は、既に取り上げたハルビン工業大学のほか、北京航空航天大学、北京理工大学、ハルビン工程大学、西北工業大学(陝西省西安市)、南京航空航天大学、南京理工大学である。
注意すべきは、これら国防七校を所管するのは人民解放軍ではなく、国務省にある工業・情報化部(工业和信息化部、Ministry of Industry and Information Technology)である。
工業・情報化部は、産業政策全般、ハイテク産業育成政策、情報通信政策などを担当している役所であり、同部の管理する独立局に部局に国家国防科技工業局(State Administration of Science, Technology and Industry for National Defense:SASTIND)があって、このSASTINDが、原子力、航空、宇宙、通常兵器、船舶、電子などの国防先端技術産業を所管しているのである。国防七校の各大学は、このSASTINDと密接な関係を有している。
(3)スパコン「天河」の開発
2009年11月に、国防科学技術大学(当時)のチームが開発したスパコン・天河1号は、スパコンの計算速度の世界的なランキングであるtop500ランキングで世界第5位にいきなり躍り出て、次の2010年11月には、同ランキングで世界一となった。
これは、論文だけでなくスパコンのようなハイテク機器の開発においても、中国が世界トップレベルの位置にあることが示された事例となった。
天河を開発したのは、銀河シリーズの開発を進めてきた国防科学技術大学のチームであり、その責任者は国防科学技術大学の女性教官である盧宇彤(卢宇彤、Lu Yutong)氏であった。当時彼女は、同大学の計算機学院の教授で、天河プロジェクトの主任設計師であった。現在は、広東省広州市にある中山大学の教授となっている。
参考資料
・国防科技大学HP https://www.nudt.edu.cn/index.htm
・海軍軍医大学HP(第二軍医大学) https://www.tmmu.edu.cn/
・陸軍軍医大学HP(第三軍医大学) https://www.tmmu.edu.cn/
・南方医科大学HP https://www.smu.edu.cn/
・国家国防科技工業局HP https://www.sastind.gov.cn/