はじめに
ロバート・チャン(1949年~)カリフォルニア大学バークレー校教授は、香港生まれの米国人生化学者で、真核生物の転写に関する研究で知られている。
2009年から2016年まで、ハワード ヒューズ医学研究所(HHMI)の理事長も務めた。チャンの研究業績はかなり前のものであるが、旧トムソンロイター引用栄誉賞の受賞は2015年であるので、依然としてノーベル賞受賞の可能性がある。
実業家の家に生まれる
ロバート・チャンの父親・銭子寧(钱子宁)は実業家であり、1906年に山東省の済南に生まれ、ドイツに留学して製紙技術を習得して帰国し、1932年に江蘇省の蘇州で中原造紙を設立した。その後、製紙工業だけでなく、運輸、造船など幅広く事業を展開したが、第二次大戦後の国共内戦では国民党支持であったため共産党勝利後に工場等が没収され、銭子寧は工場の機械等の一部をブラジルに移転させ、家族でサンパウロに移り住んだ。
銭家は江南地方の名門であり、十世紀の呉越王である銭鏐(钱镠、852年~932年)が始祖とされており、この一門には、中国宇宙開発の父・銭学森、ノーベル化学賞受賞者のロジャー・チェンなどがいる。
生い立ちと教育
ロバート・チャン (Robert Tjian、銭沢南、钱泽南)は1949年に香港で生まれ、1950年に家族とともにブラジルに移住した。その後、さらに米国ニュージャージ州に移住した。
チャンは、1971 年にカリフォルニア大学バークレー校を卒業して学士号を取得し、1976 年にはハーバード大学大学院を卒業して博士号を取得した。
カリフォルニア大学バークレー校の教授
ロバート・チャンはその後、ニューヨーク州ロングアイランドにあるコールド・スプリング・ハーバー研究所で3年間ポスドク研究を行った。研究のボスは、所長のジェームス・ワトソンであり、ワトソンはフランシス・クリックとともに、DNAの分子構造における共同発見者として1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
チャンは1979 年に、カリフォルニア大学バークレー校に戻り、生化学の助教授に任命された。チャンは1987年に、ハワード・ヒューズ医学研究所の研究員として、研究補助を受けることとなった。
真核生物の転写
ロバート・チャンはポスドク時代の1978年に、哺乳類の細胞で遺伝子発現を調節するウイルスのタンパク質である「SV40 ラージ T 抗原(SV40 large T antigen)」を発見した。
これは、以前から単純な生物で遺伝子発現を調節する上で重要な役割を果たすことが知られていた「活性化因子」タンパク質が、高等生物にも存在することを示したものであった。そして、ラージT抗原は様々な培養細胞を不死化できる確実な方法であり、今や生命科学実験においてたいへん有用なものとなっている。
チャンはその後、さらにいくつかの遺伝子調節タンパク質を発見している。
またチャンは、創薬ターゲット研究とその応用にも関心を持ち、タンパク質などを検出するための効率的で感度の高い技術をいくつか開発した。チャンは1989年に、この技術を用いて、サンフランシスコ市に拠点を置くバイオテクノロジー企業を設立している。
国際賞などを受賞
これらの業績により、ロバート・チャンは著名な国際賞を受賞している。
1984年、ファイザー社の協賛による米国化学会の「ファイザー酵素賞」を受賞した。
1995年には、やはり真核生物のRNAポリメラーゼ研究で知られるロバート・ローダー (Robert Gayle Roeder、1942年~)ロックフェラー大学教授とともに、ローゼンスティール賞を受賞した。
ローダーとは1995年のパッサノ賞、1999年のルイザ・グロス・ホロビッツ賞も共同受賞している。
ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞は、米国コロンビア大学によって与えられる賞で、2022年までの受賞者総数112名のうち、51名(約45.5%) が後にノーベル生理学・医学賞またはノーベル化学賞を受賞している。
2014年には、トムソン・ロイター引用栄誉賞(現在のクラリベートアナリティックス引用栄誉賞)生理学・医学部門を、やはりロバート・ローダーとともに受賞している。
なお、ロバート・ローダーは、2000年にガードナー国際賞、2003年にアルバート・ラスカー基礎医学研究賞、2021年に京都賞基礎科学部門を、銭沢南とは別に受賞しており、ノーベル賞受賞により近い科学者と言える。
ハワード・ヒューズ医学研究所の理事長を務める
ロバート・チャンは2009年に、ハワード・ヒューズ医学研究所の理事長(President)に就任した。同研究所は、米国の実業家ハワード・ヒューズによって1953年に設立された非営利の医学研究機関である。同研究所のInvestigator Programは、トップクラスの研究者に対し、大学等に在籍のまま同研究所の研究員として雇用し、最低5年間にわたり研究資金を提供する。
2016年にチャンは同研究所の理事長を退任し、引き続きカリフォルニア大学バークレー校教授を務めている。
ネット上でロバート・チャンの情報を検索したが、現在の中国との関係を示すデータはなかった。台湾とは関係があるようで、1990年に台湾中央研究院の院士に選ばれている。
参考資料
・捜狐HP 文史天地|钱子宁:中国现代造纸工业的开拓者 https://www.sohu.com/a/644649097_121119015
・Howard Hughes Medical Institute HP Robert Tjian, PhD
https://www.hhmi.org/scientists/robert-tjian
・University of California, Berkeley HP Robert Tjian
https://vcresearch.berkeley.edu/faculty/robert-tjian