中国広東省深圳市にある先端的な生命科学企業で、世界に誇るシーケンス技術を有するBGI(華大基因)について述べる。

1. はじめに

 中国のゲノム科学を語る上で欠かすことのできない機関として、広東省深圳市を拠点とするBGI(華大基因)がある。BGIは、世界最多の次世代シーケンサーを有し、若い研究者・技術者たちにより迅速かつ着実なシーケンス及び解析を行い、中国国内や世界各国のシーケンスの受託を行い、世界のシーケンス工場の名をほしいままにしてきた。また他の研究機関との協力を基に、タンパク質やエピゲノム解析等の研究にも幅を広げてきており、現在の中国のライフサイエンス研究を象徴する研究組織である。

2. 中国の企業から世界レベルのゲノム研究機関へ

 BGIは、北京ゲノミクス研究所(Beijing Genomics Institute)の略称であり、1999年9月に北京に設置された。

 BGIが設立された当時、世界の生命科学は大きな変革のさなかにあった。1990年から、生命科学分野では初めてといってよい大型国際協力プロジェクトである「ヒトゲノム計画」が、米国の主導により日本や欧州の国々の参加を得て開始されていた。BGIはシーケンス技術の意義や重要性を敏感に感じ取り、当時終盤にさしかかっていたヒトゲノム計画への途中参加を中国政府に働きかけて資金拠出を約束させ、同計画で中国へ割り当てられた1%分のゲノム解読をBGIが全て行ったことにより、BGIは中国国内のみならず国際的な信用を得た。

 ヒトゲノムの解読争いが行われていた頃、世界の科学者の間で多数のヒトゲノムを元に疾病になりやすさ等の体質に関わる遺伝子をゲノム上で特定しようという「HapMap計画」が構想され、2002年10月にスタートした。中国は、このHapMap計画に米国、英国、カナダ、ナイジェリア、日本とともに当初から参画し、BGIの楊煥明(Huanming Yang)理事長が中国側の責任者となり、中国の担当分である全体の10%のうち相当部分の解析を行った。

 BGIは、こうしたアカデミックなゲノム解読だけではなく、社会の危急時に自らの武器を用いて迅速な貢献を行うことにより、その存在を大きくアピールした。2003年2月には、中国のみならず世界全体を脅威に陥れたSARSが広東省で発生した。これに対しBGIは、発生直後の同年4月に当該ウイルスのゲノム解読を行うとともに、そのタンパク質解析を行った。さらにウイルス検査キットの開発を行い、検査キット30万本を中国政府に寄贈した。2004年にスマトラ島沖地震が発生し大津波により20万人以上が死亡した際も、BGIはチームをタイに派遣し、DNA解析を用いることにより身元確認に多大な貢献を行った。

 このような学問的な貢献と社会的な貢献が中国国内で評価され、2003年末には民間の機関から政府直轄機関として中国科学院の研究機関に格上げされた。しかし中国科学院傘下の研究機関は、シニアの科学者が率いるいくつかの小チームが独立して研究を行うという進め方だったのに対し、BGIは多数のプログラマーやバイオインフォマティシャンを用いて大量のシーケンスを組織的に行うという進め方だったため、業務の実施で意見対立が発生した。その結果中国政府から冷遇され、2006年3月に策定された「国家科学技術第11次五か年計画(2006年〜2010年)」では、BGIが要望したプログラムが全く採用されず、結果として中国政府からの拠出はほとんど無くなってしまった。

 そのようなBGIの窮地を救ったのが、中国南部の広東省にある深市だった。同市は、BGIに対し4年間で2千万元(約3.2億円)の資金を拠出し、2007年4月には靴工場の跡地を提供してBGIの本部を北京から深圳に移転させた。それ以降、BGIは北京ゲノミクス研究所というかつての正式名で呼ばれることはなくなり、略称であったBGI自体が正式名称になっており、中国語で「華大基因」と呼ぶ。

 この新たな地において、BGIは再び精力的な活動を始めた。2008年5月には四川省で大地震が発生した。先のスマトラ島沖地震の経験を踏まえ、BGIは犠牲者の身元確認を進めるため現地にスタッフを派遣した。
 2008年11月には、ヒトゲノム解読をアジアで初めて行った。ある漢民族の中国人について、2倍体ゲノム(すなわち父親由来と母親由来のゲノム)の解読を行ったのである。BGI等による中国人のゲノム解読の結果はネイチャー誌に掲載された。
 2010年1月には、パンダゲノムの解読がやはりネイチャー誌に発表された。

3. 世界のゲノム解析工場へ

 2010年、中国の国家開発銀行はBGIに対し百億元の信用供与枠を供与した。BGIはその資金を用いて、販売が開始されたばかりの最新の機能を有する米国イルミナ社のシーケンサー「HiSeq2000」を128台も大量購入し、BGI一社だけで米国全体のシーケンス能力を凌駕する規模となった。これはBGIの存在を全世界に知らしめた出来事であり、大量のシーケンサーを用いてシーケンスを行うことにより、世界のシーケンス工場としての地位を確立した。

 BGIは、2011年7月から11月にかけて、デンマークのコペンハーゲン、米国のサクラメント及びフィラデルフィアにシーケンスセンターを開設した。日本にも2011年12月、神戸市の神戸医療産業都市内に、海外では4か所目の拠点として日本支部を開設した。現在、国立大学法人を含め全国で60以上の研究機関が、同支部を通じてBGIの顧客になっている。その後BGIは、南ヨーロッパやオーストラリア等にも支部を開設し、BGIは2014年には世界のゲノムデータの少なくとも4分の1を生み出すまでになった。

4. シーケンサーの開発による新たなビジネスへ

 高速シーケンサーの大量導入とアカデミックな研究における貢献、さらには社会的な貢献を果たしてきたBGIであるが、近年いくつかの点で転換点にある。

 イルミナ社は2014年に、BGIが2010年に大量導入したシーケンサー「HiSeq2000」を性能的に遥かにしのぐシーケンサーHiseqX」の販売を発表した。このHiseqX の販売を機に中国国内では、ノボジーン社(北京)、WuXiファーマテック社(上海)等の同機器を買い揃えた企業が次々に設立され、BGIに対抗して安価な値段でシーケンスを請け負い始めた。しかし、すでに一世代前のシーケンサーHiSeq2000を大量に整備していたBGIには新たな機種HiseqXを購入する余力がなく、型落ちした機器による作業を続けていくしかなかった。

 このような新規企業の台頭に対抗すべくBGIが進めたのが、新しいシーケンサーの独自開発である。BGIは、創設以来シーケンス請負業務に特化し独自のシーケンサー開発は行おうとしていなかったが、2013年に米国のコンプリート・ゲノミクス社を買収し、2015年後半にはBGISEQ-500というシーケンサーを発表した。このBGISEQ-500が2016年に中国政府から医療器具として承認され、臨床遺伝子検査での使用が許可された。BGIは、こうしたシーケンサー開発を専門に行う部門をMGI社として独立させている。

 また、一般の人々や患者を対象とした遺伝子検査業務への進出も果たした。なかでも新型出生前診断(母体血胎児染色体検査:NIPT)に力を入れ、2015年には広東省深圳市、湖北省武漢市、天津市の各検査センターでNIPTやがん関連の遺伝子検査をできるようにした。これによりBGIは、2018年5月末までに全世界で313万人に出生前診断を実施したとされる。BGIは、遺伝子検査やシーケンスの受託業務を行う部門をBGIジェノミクス社として独立させた。

5. 国家遺伝子バンクの運営受託

 BGIの新たな仕事して注目されるものに、広東省深圳市に設置された国家遺伝子バンクの運営受託がある。

BGIが運営委託する国家遺伝子バンク
BGIが運営受託する国家遺伝子バンク

 中央政府の国家発展・改革委員会、財政部、工業・情報化部、国家衛生健康委員会(旧衛生部)は2011年に、広東省深圳市に国家遺伝子バンクを設置することとし、深圳市が10億ドルかけて整備したのち、同バンクの運営をBGIに委託することを決定した。この決定を受け、深圳の中心部から東50キロにある大鵬新区の5ヘクタールの土地に、世界最大の遺伝子バンクとして建設され、2016年9月から稼働している。

 同バンクは、3つのライブラリーと2つのプラットフォームを有している。3つのライブラリーとは、①遺伝子、タンパク質、分子、画像などのバイオインフォマティクスデータベース、②多様化された生物学的サンプル及び種遺伝リソース、及び③動物資源、植物資源、微生物資源、海洋資源などの図書館である。

 また2つのプラットフォームとは、①デジタルプラットフォーム、②合成・編集プラットフォームを指す。現在すでに、ヒト(様々なヒト細胞)、動物(100万種)、植物(30万種)、微生物(100万種)等の生物資源サンプルのマルチ温度保存能力を実現し、マンモス標本も展示している。

 この遺伝子バンクは、中国におけるデジタル健康管理、臨床検査、疾病予防、高効率農業、種の多様性保護などに関する研究開発を支えている。国家遺伝子バンクはゲノム解読拠点としても機能しており、施設内部にはBGIが独自開発したBGISEQ-500などが100台以上並んでいる。

 遺伝子バンクは、米国のNIHのNCBI、欧州分子生物学研究所(EBI)、日本DNAデータベース(DDBJ)などとデータを交換及び共有している。また、ハイデルベルク大学、スミソニアン協会その他とグローバルな協力体制を確立している。

6. BGI発展の背景

 BGIが発展してきた背景として、BGIの効率的な運営体制と適時・適切な方針決定が挙げられる。とりわけシーケンサーの重要性を早くから見抜き、シーケンスとバイオインフォマティクスに焦点を絞って活動を行ってきたことが重要である。

 BGIの初期の運営で特徴的なことは、ゲノム研究そのものにはそれほど重きを置かずシーケンス作業を定型的な作業をサービスとして請け負うというもので、関係者の中にはBGIは工場であって研究所ではなく創造性がないという非難がなされた。しかしイルミナ社に大量発注した時点を考えると新たな機器開発では米国がはるか先を進んでおり、BGIは開発された機器を見極めて多く購入しそれを用いて多くのゲノム解読を行うことに意義があると考えたのであり、効率を考えると頷けるものだった。

 現在においてもBGIの特徴は、多くの人員を雇用して大量かつ組織的に解読を行うということにある。現有スタッフは、世界全体で約7,000人、中国本土に約5,000人である。また、BGIのスタッフの年齢は非常に若い。BGIはグループ内部に、バイオ分野の人材を育てる教育機関「華大基因学院」を設置し、学位を持たない者でも短期間にゲノム解析やバイオインフォマティクスを習熟できるように体制を整えている。例えばバイオインフォマティシャンの場合、最初の3か月でみっちりトレーニングを行い、基本的ノウハウをほぼ完璧にマスターできる。

7. BGIの将来

 BGIによるシーケンス受託事業については、現在のところイルミナ社の最新鋭機HiseqXを導入した他社と比較して、シーケンスの価格は遜色ない。今後シーケンス需要は、出生時診断、人間ドッグのオプションへの組入れ、ゲノム情報を生かした精密医療など、ヘルスケア市場で大きく広がることが期待される。中国政府は2017年、精密医療に関して大規模なプロジェクトを発表した。同計画によると、数百万人の国民のゲノムを解析し、費用は政府が負担するという。これほど膨大なデータとなればシーケンサーが大いに役立つのは間違いなく、BGIはこれまでに培った経験と実績を活かすチャンスとなり得る。

 シーケンサー開発企業としての将来はどうだろうか。かつてBGIはイルミナ社の最上級の顧客であり、機器や試薬を含め同社の売り上げの4割弱は中国が占めていたが、そのかなりの部分をBGIが買っていた。BGIは自社で行うシーケンスに関し、イルミナ社のシーケンサーもごく一部残してはいるが、既に大部分は自社グループ(MGI社)の機器に切り替えている。BGIグループのシーケンサーをイルミナ社の製品と比較した場合、精度に関してはほとんど遜色ない。またイルミナ社の製品に比べ試薬代が安価であり、シーケンスをすればするほど費用対効果の面で優越する。シーケンサーの買い替えサイクルが5年程度であることを考えると、将来的にはBGIグループの製品がイルミナ社と十分競っていけることも想定され、そのためには徹底的に価格や性能に磨きをかける必要がある。

 参考文献

・BGI HP https://www.bgi.com/us/home
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