はじめに
万立駿(万立骏、Wan Lijun、1957年~)は、走査型電子顕微鏡を専門とする化学者であり、中国科学院・化学研究所所長や中国科学技術大学学長を歴任している。日本への留学経験があり東北大学で博士学位を取得している。

生い立ちと教育
万立駿(万立骏、Wan Lijun)は1957年に、遼寧省大連で、農家の子供として生まれた。
万立駿が9歳となった1966年に文化大革命が勃発し、不十分な基礎教育を受けただけで学業は終了となり、その後、大きな荷物を担いで数キロ歩いて運ぶような過酷な労働に従事した。この労働での熱心さが認められ、公社の職員に採用された。
万立駿は、過酷な労働の中でも知識欲は衰えず、しっかりと勉学にも励んだ。この点も認められ、地方の小学校で教えることとなり、さらにラジオ局の通信員や編集者の仕事もすることになった。この時期に万立駿は、中国共産党の党員となっている。
復活後の高考で大連理工大学へ
万立駿が19歳となった1976年暮れに四人組が逮捕され、10年にわたって続いた文革が終了した。復活した鄧小平は、高等教育の立て直しを進め、翌1977年に全国大学共通入試である高考を復活させた。
万立駿は、これを好機ととらえて猛勉強し、見事に大連理工大学機械工学科に入学した。ちなみに、この時の高考は約570万人が受験して、無事大学に入学できたのはわずかに約28万人と言う極めて狭き門であった。
卒業後工場で勤務の後、大学に戻る
万立駿は1982年に、優秀な成績で大連理工大学を卒業し、やはり中国東北部にある吉林省の電気関係の工場に技師として配属された。
万立駿は、その工場で約2.5年間勤務したが、研究へのあこがれは捨てがたく、1984年に母校大連理工大学に戻って大学院生となった。専攻したのは、透過型電子顕微鏡の研究であった。
万立駿は、1987年に大連理工大学大学院を卒業して修士学位を取得し、やはり大連にある大連海運学院(大连海运学院、現在の大連海事大学)の講師となった。
日本に留学
大連海運学院の講師として勤務するうちに、当時の中国の学術レベルが国際的な水準と乖離していることを痛感し、日本への留学を決意した。
万立駿は1992年に、妻子を伴って仙台に赴き、東北大学大学院に入学した。同大学では、電気化学と走査型電子顕微鏡の研究を行った。奨学金は獲得していたものの、生活は苦しく、仙台では豆腐屋の店員や配達員のアルバイトも経験している。
1996年に東北大学から博士学位を取得した万立駿は、引き続き日本にとどまって、科学技術振興事業団(現在の科学技術振興機構)研究員となり、北海道大学触媒化学研究センターの大澤雅俊教授のもとで研究を実施した。
百人計画で帰国
万立駿は、外国に就労していた科学技術人材の帰国奨励政策である百人計画に応募して当選し、1999年に帰国して、北京にある中国科学院・化学研究所の研究員となった。
百人計画は回帰政策(海亀政策)とも呼ばれ、中国経済が徐々に発展してきたことを受けて、欧米や日本に散らばっていた優秀な人材を中国で処遇するために1994年から開始された政策であり、日本の大学や理研などにいた研究者が帰国し、中国国内の大学や研究所の幹部となっていった。
中国科学院化学研究所所長
万立駿は中国科学院の化学研究所において、電気化学走査トンネル顕微鏡下での探針を用いたナノテク材料の化学的な研究を行い、高解像度安定イメージング技術と表面分子集合のための一連の方法を開発した。さらに異なる相互作用に基づく表面分子の吸着と集合規則を把握し、それを表面分子集合、集合構造変換、原子および分子移動などの基本的な物理化学問題の研究に応用した。高性能のナノテク材料の開発やリチウム電池の開発への貢献が期待されている。
これらの成果により万立駿は、2004年に化学研究所所長、2009年に中国科学院院士となった。
中国科学技術大学学長
万立駿は2015年に、安徽省合肥にある中国科学技術大学学長に選任された。

中国科学技術大学 (中国科学技术大学、University of Science and Technology of China) は、世界最大の研究機関である中国科学院が設立し運営する大学である。理と工が強い大学であり、単科大学に近く、米国のCALTECやMITを目指していると言われている。
同大学学長としての前任者は現在の中国科学院院長・侯建国であり、後任者は中国科学院・大連化学物理研究所所長などを務めた包信和である。
中国僑連の主席
万立駿は2017年に、中華全国帰国華僑連合会(中华全国归国华侨联合会、中国僑連と略称)主席に就任した。中国僑連は、中国人の帰国華僑とその親族で構成される非政府の組織であり、帰国華僑とその親族や海外に在住する華僑の権利保護、中国との交流促進、祖国建設への参加などを目的とする団体である。
万立駿は、日本に留学し日本で研究機関や大学に勤務したことのある日本帰僑(日本归侨)であり、その経験を踏まえて、中国僑連の主席に就任したのである。
万立駿は2025年に、中国僑連の主席を退任している。
参考資料
・百度百科HP 万立骏
・中国新聞网 “侨界杰出人物”万立骏:“责任感”召唤我回国

