はじめに

 包信和(1959年~)中国科学技術大学学長は、界面化学と触媒についての研究で成果を挙げ、2020年に国家自然科学賞一等賞を筆頭者として受賞している。

包信和の写真
包信和  百度HPより引用

生い立ちと教育

 包信和は、1959年に江蘇省鎮江市揚中に生まれた。
 揚中は、長江の下流にある四つの川島で構成される。揚中はフグ料理が有名な場所であり、昔は長江での漁で取ることができたが、現在は養殖が中心である。

 包信和が生まれて7年後の1966年に文化大革命が始まった。地元の小学校や中学校ではキチンとした授業が行われなかったが、一応1975年には基礎教育を終え、近くの農家に下放されて農作業を手伝った。農作業はきつく、洪水を防止するために、濡れた土の一杯入った袋を天秤棒の前後に吊るして川の土手まで運んだ。続いて、やはり近くの動物用薬品工場で働くことになり、白衣を着て器具の洗浄や製品検査を手伝った。後に、化学を勉強することになったのは、この時の経験がものを言ったという。

 1976年末に四人組が逮捕されて文革が終了し、鄧小平の号令で大学共通入試の高考が翌年復活した。包信和は、大学での勉学を目指すこととして、復活第一回の高考を受験したが、結果が芳しくなく、その年の大学への入学を断念した。その後、参考書などを購入して受験勉強に励み、翌1978年の高考に挑んだ。この時は幸にも高い点数を獲得できたため、包信和は上海にあってこの地域での名門校である復旦大学の化学科に入学した。

復旦大学で界面化学を専攻

 包信和が入学した当時の復旦大学は、文革の影響で荒廃しており、キャンパス内でそら豆などが栽培されていた。学部生の頃から化学の実験に励み、触媒を用いたホルムアルデヒドの生成などの実験を行い、界面化学にのめり込んでいった。

 包信和は、1982年に復旦大学を卒業し、引き続いて同校の大学院に進学した。1987年には、同大学大学院を卒業して、理学博士の学位を取得した。

ドイツのフリッツハーバー研究所でポスドク研究

 包信和は、その後母校の復旦大学化学科で2年間講師として働いた後、1989年にドイツのフンボルト財団の資金援助を得て、ドイツのマックスプランク協会傘下のフリッツハーバー研究所のポスドク研究員となった。
 フリッツハーバー研究所はベルリンに位置し、界面化学、触媒化学などの分野で世界一流の研究機関で、数名のノーベル賞受賞者を出している。

 包信和は、そのうちの一人であるゲルハルト・エルトル(Gerhard Ertl、1936年~)に師事した。エルトルは、1992年に日本国際賞を、1998年にウルフ賞化学部門を、2007年にノーベル化学賞をそれぞれ受賞している。ノーベル化学賞の受賞理由は、「固体表面における化学過程の研究」であった。

帰国して大連化学物理研究所へ

 包信和は1989年から1995年まで、フリッツハーバー研究所で研究を重ねた後、中国に帰国し、中国科学院の大連化学物理研究所の職員となった。

大連化学物理研究所の写真
包信和が研究員となった大連化学物理研究所

 包信和にとって幸だったのは、フリッツハーバー研究所が使用済みで廃棄が予定されていた器具や装置、パソコンなどを中国に持ち帰ってよいと認めてくれたことである。当時の中国では、研究開発費の額が小さく、また世界的に最先端の機器や装置はなかなか入手できなかった。

 包信和にとってもう一つの幸運は、国家傑出青年科学基金からの研究費助成が受けられたことである。
 包信和がドイツで帰国準備をしていた1995年1月、受け入れ先の大連化学物理研究所から一通の封書を受け取った。それは、国家傑出青年科学基金への応募書類であった。
 国家傑出青年科学基金は、国内における若い科学技術人材の育成と在外研究者の帰国促進を目的として、1994年に当時の国務院総理・李鵬により創設された基金であり、管理運用は国家自然科学基金委員会(NSFC)が実施した。この資金からの研究費助成の対象は中国国籍を持つ45歳以下の者であり、博士号取得者又は助教授以上のポストにあって国内外で認められた成果を挙げた者などを選考し、助成期間は4年間であった。
 包信和は直ちに応募し、帰国して甘粛省蘭州で実施された選抜試験に見事合格した。

界面化学と触媒研究で成果

 帰国後に好条件で研究を開始した包信和は、界面化学、金属触媒材料、多孔質材料に関する触媒の基礎研究と応用開発で成果を挙げていった。包信和は、カーボンチューブ内に閉じ込められた金属ナノ粒子の探査、ナノ閉じ込め触媒システムなどの画期的な技術を開発していった。

 研究成果が認められ、包信和は大連化学物理研究所の幹部に昇進していく。帰国して2年後の1997年には所長助理、5年後の2000年には同研究所の所長に就任した。
 2009年には中国科学院の院士に当選し、2015年に母校である復旦大学の常務副学長(副校長)に就任した後、2017年からは安徽省合肥にある中国科学技術大学の学長(校長)となっている。

国家自然科学賞一等賞の受賞

 包信和は、大連化学物理研究所のスタッフと共に、2020年度の国家自然科学賞一等賞を筆頭受賞者として受賞した。受賞理由は、「ナノ閉じ込め触媒(纳米限域催化)」の研究であった。

包信和の国家自然科学一等賞受賞写真
包信和(左から2人目)と彼のチーム 
大連化学物理研究所HPより引用

参考資料

・科学网HP 中国科学院院士包信和:三十年如一日,“杰青”使我坚定研究方向 https://news.sciencenet.cn/sbhtmlnews/2024/3/378946.shtm?id=378946
・中国科学技術大学HP 校長 包信和 https://www.ustc.edu.cn/info/1007/6941.htm 
・科学技術部HP 2020年度国家自然科学奖获奖项目目录 https://www.most.gov.cn/ztzl/gjkxjsjldh/jldh2020/jlgb/202110/t20211029_177639.html
・大連化学物理研究所HP 我所“纳米限域催化”成果荣获2020年度国家自然科学奖一等奖
http://www.dicp.ac.cn/xwdt/ttxw/202111/t20211103_6241179.html