はじめに
莫毅明（1956年～）香港大学教授は、複素変数の関数理論、複素微分幾何学、代数幾何学を専門とする数学者であり、2022年に未来科学大賞の数学・計算機科学賞を受賞している。
生い立ちと教育
莫毅明（Ngaiming Mok）は、1956年に英領の香港で生まれた。先祖は近接する広東省東莞の出身である。
香港で普通の初等教育を受けたが、英語の担任で校長でもあった先生が莫毅明の英語能力に着目し、香港の有名私立学校セントポール・カレッジ（St Pauls Co-educational College、圣保罗男女中学）への進学を勧めてくれた。このカレッジは、1915年に香港聖公会によって設立された英語によるカレッジである。
米国に留学
同カレッジ卒業後の1975年に、莫毅明は米国の教育慈善団体の資金を得て米国に留学し、シカゴ大学に入学した。さらに1977年に東部イェール大学に転校し、1978年に同大学から修士学位を取得した。その後、西海岸のスタンフォード大学に移り、1980年に同大学から博士の学位を取得した。
博士学位を取得した莫毅明は、プリンストン大学の教官となり、その後コロンビア大学でも教鞭を取った。さらに当時の友人であったフランス人数学者の強い勧めでフランスに渡り、パリ大学の教官となった。
莫毅明は、米国のいくつかの大学やフランスの大学での教員経験は、米国で自分の数学的評判を確立することができ、またフランスさらにはヨーロッパの伝統的で古典的な数学文化に触れることができ、自分の数学研究の転機となったと語っている。
帰国して香港大学教授に
莫毅明は、38歳となった1994年に帰国し、香港大学数学科の教授となった。1999年からは、同大学の数学研究所所長を務めている。
数学における莫毅明の専門分野は、複素微分幾何学と代数幾何学である。
莫毅明は2022年に、未来科学大賞 数学・計算機科学賞を受賞した。未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野がある。
莫毅明の受賞理由は次の通りである。
複素幾何学は現代数学の中核的な研究であり、理論物理学や数学の他の分野で重要な役割を果たしている。莫毅明は、この分野において二つの大きな貢献を行った。
一つ目は、代数幾何学の分野で極小有理正接多様体 (VMRT) 構築し、ケーラー（Kähler）形変形の下でのコンパクト・エルミート対称空間（compact Hermitian symmetric spaces）の剛直性などを解決した。
二つ目は、Jonathan Pila博士及びJacob Tsimerman博士と協力して、志村多様体に関する Ax-Schanuel 予想を証明した。
志村五郎
莫毅明の未来科学大賞受賞理由の二つ目に出てくる志村多様体は、日本の数学者・志村五郎に由来する。
志村五郎は、1930年に静岡県浜松市に生まれ、東京大学理学部数学科を卒業した数学者である。1961年に大阪大学教授となったが、その3年後の1964年に米国に渡り、プリンストン大学の教授となった。1999年まで同大学に勤務し、2019年に89歳で亡くなった。
莫毅明は、1980年にスタンフォード大学で博士学位を取得の後、短期間プリンストン大学に在籍しており、志村五郎と交流があったと想定される。
志村五郎の専門は整数論であり、上記莫毅明の未来科学大賞受賞理由のきっかけとなった志村多様体の研究や、フェルマー予想に関連する谷山ｰ志村予想などの研究で知られ、数学分野の主要国際賞の一つであるコール賞（1977年）、朝日新聞朝日賞（1991年）、藤原科学財団藤原賞（1995年）などを受賞している。
なお、志村の業績の一つである谷山ｰ志村予想にある谷山は、1927年に埼玉県騎西町(現在の加須市)で生まれた数学者・谷山豊に由来する。谷山は志村の3歳年上で、やはり東京大学理学部数学科を卒業し、同大学の理学部助手を経て、1958年に教養学部助教授に就任して理学博士も取得したが、その直後の同年11月にガス自殺により亡くなった。谷山と志村は、東京大学理学部数学科での友人であり、初めに谷山が考えた谷山予想を2人で議論し、谷山の死後に志村が発展させて谷山ｰ志村予想として発表したという。
参考資料
・澎湃HP 对话2022未来科学大奖数学与计算机科学奖获奖者莫毅明 https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_21610955?commTag=true
・未来科学大賞HP 2022 数学与计算机科学奖 获奖人 莫毅明 Ngaiming Mok https://www.futureprize.org/cn/laureates/detail/60.html
・プリンストン大学HP Past Member Goro Shimura https://www.ias.edu/scholars/goro-shimura
・加須インターネット博物館HP 難問に挑んだ世界的数学者 谷山豊
https://www.kazo-dmuseum.jp/05story/ijin/taniyama.htm
