はじめに
ホン・ワン(Hong Wang、王虹、1991年~)は、中国生まれの解析学・幾何学を専攻する数学者で、2026年にフィールズ賞を受賞した。女性受賞者としては三人目であり、また同時に受賞した鄧煜とともに中国籍としては初めての受賞であった。

生い立ちと教育
ホン・ワン(Hong Wang、王虹)は1991年に、中国大陸南部にある広西チワン族自治区桂林市に生まれた。同自治区は、南西でベトナムと国境を接し、東で広東省と接する。亜熱帯気候で暖かく、ホン・ワンが生まれた桂林は、著名な観光地である。
なお、中国の自治区は省や直轄市(北京、上海など)と同格の行政単位であり、広西チワン族自治区以外に、内モンゴル自治区、チベット自治区、新疆ウイグル自治区、寧夏回族自治区が存在する。
ホン・ワンの両親は中学校の教師であった。父親は数学の教師であったので、小学校に入る前に教科書を貰い勉強した。小学校へ入ってからは、両親が塾通いを強制することはなく、課外活動に使用する本を与えて、自ら考え成長するための環境づくりに意を注いだ。ホン・ワンは、小学校で2度飛び級をし、地元の桂林中学(中高一貫校)に入った。
北京大学を卒業して留学
ホン・ワンは、16歳となった2007年に、中国の大学共通入試である高考を受験した。
高考の成績は優秀なものであり、北京大学に入学できたものの、第一希望であった数学科では許可されず、地球・宇宙科学科で許可が下りた。数学科への入学は極めてハードルが高いものであり、ホン・ワンのいた広西チワン族自治区からはたった一人しか入学が許可されなかったのである。
ホン・ワンは、入学翌年には数学科への転科を果たした。北京大学の数学科には、才能に恵まれた学生が多くいて、ホン・ワンはそれほど目立った存在ではなかった。例えば、後にフィールズ賞をホン・ワンと同時に受賞したユー・デン(Yu Deng、鄧煜、邓煜)シカゴ大学教授は同級生であり、彼は前年の国際数学オリンピックで世界第七位となって金メダルを獲得していて、同級生は彼のことを「神鄧」と呼んでいた。また、もう一人の同級生であるユンキン・タン(Yunqing Tang、唐雲清、唐云清)カリフォルニア大学バークレー校教授は、2026年にコール賞数論部門を受賞している。
それでも、ホン・ワンは努力を重ね、2011年に北京大学を卒業して学士学位を取得した。ホン・ワンは、卒業後にフランスに留学し、2014年にはエコール・ポリテクニークから学位(ディプロム)を、またパリ第11大学からは修士学位をそれぞれ取得した。
米国に渡る
ホン・ワンは米国に渡り、2019年にマサチューセッツ工科大学から数学でのPhDを取得した。
ホン・ワンは、プリンストン高等研究所でポスドクとなって研究を続行し、2021年にはカリフォルニア大学ロサンゼルス校の助教授(Assistant Professor)となった。
ホン・ワンは2023年に、ニューヨーク大学(NYU)のクーラント数理科学研究所に准教授となった。2025年9月には、ニューヨーク大学の正教授に昇進し、同時にフランスの高等科学研究所(IHES)の数学の常勤教授にも任命された。
3次元における掛谷予想を証明
ホン・ワンは、2025年にブリティッシュコロンビア大学のジョシュア・ザールと共同で論文を発表し、3次元空間において 1世紀以上にわたり数学者を悩ませてきた掛谷予想という古典的な問題を証明し、調和解析の分野で大きなブレークスルーを達成した。
この予想を提起した数学者は、日本人の掛谷宗一である。掛谷は1886年に広島で生まれ、1909年に東京帝国大学数学科を卒業し、1912年に東北帝国大学助教授に就任した。その後、東京帝国大学の教授などを歴任した後、1944年に新設された統計数理研究所の初代所長となっている。1947年に60歳で亡くなった。掛谷の正数係数の代数方程式の根の限界についての研究は、『掛谷の定理』として世界的にも知られている。

フィールズ賞受賞
2026年7月、米国フィラデルフィアで開催された国際数学者会議(ICM)において、ホン・ワンは北京大学同級生・ユー・デンとともに、数学系のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞した。
受賞理由は、「調和解析と幾何学的測度論における業績、特に平面波動方程式の局所平滑化予想へのマルチスケールおよびデカップリング技術の応用、フーリエ制限、ファルコナー距離集合、平面上のファーステンベルク集合、および3次元における掛谷問題における大きな進歩に対して(For her work in harmonic analysis and geometric measure theory, including applications of multiscale and decoupling techniques to the local smoothing conjecture for the planar wave equation, and major advances in Fourier restriction, Falconer distance sets, Furstenberg sets in the plane, and the Kakeya problem in three dimensions)」であった。
フィールズ賞はカナダ人数学者ジョン・チャールズ・フィールズ (John Charles Fields) の提唱によって1936年に作られた賞であり、40歳までの若い数学者の優れた業績を顕彰し、その後の研究を励ますことを目的としている。4年に一度開催される国際数学者会議 (ICM) において、2名以上4名以下の数学者に授与される。
中国系の数学者では、1982年にシン=トゥン・ヤウ(Shing-Tung Yau、丘成桐、1949年~)ハーバード大学教授が、また2006年に中国系オーストラリア人であるテレンス・タオ (Terence Tao、陶哲轩、1975年~)カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授が受賞している。ただヤウは米国籍、タオはオーストラリア国籍であり、これまでに中国籍のフィールズ賞受賞者はいなかったのである。
参考資料
・科学网HP 独家专访王虹:从北大数学系曾经的“小透明”,到今天的菲尔兹奖得主
https://news.sciencenet.cn/htmlnews/2026/7/568774.shtm
・ウィキペディアHP 挂谷宗一


