はじめに

 プロセス工学研究所 (过程工程研究所、Institute of Process Engineering) は、北京市にある中国科学院の附属研究機関である。

 設立当初は製鉄などの冶金研究が中心であったが、現在はバナジウム、チタン、レアアースなどや、グリーンケミカル、ハイエンド材料、生物医学などの研究開発を行っている。

プロセス工学研究所の写真
プロセス工学研究所の外観  同研究所のHPより引用

1. 名称

○中国語表記:过程工程研究所  略称 过程工程所
    註:「过程」は繁体字で「過程」であり、プロセスを意味する。
○日本語表記:プロセス工学研究所
○英語表記:Institute of Process Engineering  略称 IPE

2. 所在地

 プロセス工学研究所本部の所在地は、北京市海淀区中関村北二街1号である。近くには、同じ中国科学院傘下の物理研究所、計算技術研究所、声学研究所、中国科学院大学などがある。また、中国の主力大学である北京大学や清華大学も、近辺にキャンパスを構えている。

3. 沿革

 プロセス工学研究所の歴史は比較的新しい。

 プロセス工学研究所は1958年に、中国科学院の附属研究所「化工冶金研究所」として設置された。化工冶金研究所のメインの研究業務は、中国の製鉄産業を支援することであった。

 化工冶金研究所の設置時期である1958年は、中華人民共和国が建国されてほぼ10年近くが経過しており、反右派闘争で中国共産党の主導権を掌握した毛沢東が大躍進政策を開始した時期に当たる。
 毛沢東は、経済を急激に発展させ、当時の先進国である米国や英国を15年で追い越すとして、鉄と農産物の増産命令を発した。これが大躍進政策である。大躍進政策は、非科学的な増産方法であったことから思うように展開せず、さらに政策に反対する多数の人民を処刑・拷問に追い込んだため、国内が大混乱となり大飢饉が追い打ちをかけた。このため、1959年には毛沢東が政策失敗を認めて自己批判を行い、実質的な権力を失った。このことは、その後の文化大革命の原因となっている。

 このような社会経済情勢ではあったが、化工冶金研究所は存続し、文化大革命が終了した後は、資源と環境・エネルギー・材料などの分野における化学工学や、化学工学とバイオテクノロジーの融合領域研究を拡大していった。

 2001年に、研究所の名称を加工冶金研究所から「プロセス工学研究所(过程工程研究所)」に変更し、現在に至っている。

4. 組織の概要

(1)研究分野

 プロセス研究所の設立時の研究テーマは、鉄鋼と非鉄金属産業を支援する研究開発が中心であった。石景山鉄鋼会社を支援するため中国で初めてとなる転炉による鉄鋼生産工程を開発し、またバナジウム、チタン、コバルト、ニッケルなどの元素の抽出方法を開発した。

 文化大革命終了後の1970年代には、資源と環境、エネルギー、材料の分野における化学工学を強化した。

 1980年代以降は、化学工学とバイオテクノロジーの融合領域の研究開発を強化した。具体的には、1992年に生化学工程国家実験室、1996年に国家生化工程技術研究中心を、それぞれ立ち上げている。

 21世紀に入り研究所の名称をプロセス工学研究所と変更してからは、メソサイエンスを中核とし、低炭素エネルギー、戦略的資源、グリーンケミカル、ハイエンド材料、生物医学の分野で戦略的かつ先駆的かつ先進的な研究を実施し、新興産業の発展をリードしている。

(2)研究組織

①国家級の研究室・実験室

・生物化学工学国家重点実験室(生化工程国家重点实验室)下記6.(1)参照
・メソ科学・工学全国重点実験室(介科学与工程全国重点实验室)下記6.(1)参照
・戦略金属資源グリーンリサイクル利用国家工程研究中心(战略金属资源绿色循环利用国家工程研究中心)
・国家生物化学工学・技術研究中心(国家生化工程技术研究中心)

②中国科学院級研究室・実験室

・中国科学院グリーンプロセス・工学重点実験室(中国科学院绿色过程与工程重点实验室)

③研究所級研究室・実験室(例示)

・プラズマ液体クリーンアッププロセス北京市重点実験室(离子液体清洁过程北京市重点实验室)
・北京市プロセス汚染制御工学技術研究中心(北京市过程污染控制工程技术研究中心)
・メソ科学研究部(介科学研究部)
・プラズマ液体研究部(离子液体研究部)
・材料工程研究部
・資源環境研究部
・資源化工研究部
・生物剤型研究部
・グリーン化工研究部
・生物化学融合領域研究部(生化交叉研究部)
・生物医薬研究部など

(3)研究所の幹部

 プロセス工学研究所の幹部は、所長、中国共産党委員会(党委)書記、副所長、副書記である。大学などでは、党委書記の方が学長より強い権限を有しているが、中国科学院の付属研究所の場合には所長が最高責任者の場合が多い。

①楊超・所長

 楊超(杨超)プロセス工学研究所所長は、1971年に江蘇省で生まれ、1993年に南京化工学院で学士の学位を、1998年に同学院で博士の学位をそれぞれ取得し、中国科学院化工冶金研究所(現在のプロセス工学研究所)の研究員となった。2005年には、米国コーネル大学の訪問研究員となり約1年間研究を行った。2018年に副所長となり、2023年から所長を務めている。専門は複雑多相システムにおける化学工学研究である。

②朱慶山・党委書記兼副所長

 朱慶山(朱庆山)党委書記は、副所長も兼務しており、プロセス工学研究所のナンバーツゥーである。朱慶山は、1969年に生まれ、1991年に華東理工大学で学士の学位を、1994年に中国科学院プロセス工学研究所で修士の学位を、1997年に清華大学で博士の学位を取得した。その後、1998年からら2000年まで日本の九州工業技術研究所で、2000年から2002年までオランダのアイントホーフェン工科大学で研究を行った後、プロセス工学研究所の研究員となった。2023年に党委書記兼副所長となった。専門分野は、冶金分野における直接還元法の研究である。

5. 研究所の規模

(1)職員数

 プロセス工学研究所の2021年現在の職員総数は731名で、中国科学院の中では第29位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。731名の内訳は、研究職員が674名(92%)、技術職員(中国語で工員)が7名(1%)、事務職員が50名(7%)である。

(2)予算

 プロセス工学研究所の2021年予算額は7億5,111万元で、中国科学院の中では30位までのリストでランク外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。7億5,111万元の内訳は、政府の交付金が3億1,028万元(41%)、NSFCや研究プロジェクト資金が2億7,538万元(37%)、技術収入が8,786万元(12%)、試作品製作収入が6,377万元(8%)、その他が1,382万元(2%)となっている。

(3)研究生

 プロセス工学研究所の2021年現在の在所研究生総数は591名で、中国科学院の中では30位までのリストでランク外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。591名の内訳は、修士課程の学生が236名、博士課程の学生が355名である。

6. 研究開発力

(1)国家級実験室など

 中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。上記組織の項でも述べたが、プロセス工学研究所は2つの国家重点実験室を有している。

生物化学工学国家重点実験室(生化工程国家重点实验室):1984年に国の認可を受け、1987年から研究を開始した。新しい触媒反応、新しい触媒材料、新しい触媒特性評価技術の研究に焦点を当て、エネルギー、環境、ファインケミカル合成などの分野における触媒研究を行っている。2021年現在で、正規研究員が130名、客員研究員が116名、研究生としてポスドク84名、博士学生162名、修士学生76名である。
メソ科学・工学全国重点実験室(介科学与工程全国重点实验室):2023年に設置された比較的新しい組織である。前身の「多相複雑システム国家重点実験室(多相复杂系统国家重点实验室)」は、1987年に国の認可を受け、1990年から研究を開始した。化学反応速度論の最新の実験的および理論的手法を用い、原子および分子レベルでの化学反応、複雑な分子反応および関連プロセスの動力学を研究していた。前身の多相複雑システム国家重点実験室は、2021年時点で正規研究員が83名、客員研究員が130名、研究生としてポスドク40名、博士学生62名、修士学生38名であった。

(2)大型研究開発施設

 中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。

 プロセス工学研究所には、この様な大型共用施設はない

(3)NSFC面上項目獲得額

 国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。プロセス工学研究所のNSFCの獲得資金額は、2021年2,564万元(件数は41件)であり、中国科学院の中では第5位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

7. 研究成果

(1)Nature Index

 科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、プロセス工学研究所は中国科学院内第17位であり、論文数で22.1となっている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
 このプロセス研究所の論文数は、中国の主要大学のそれと比べると高くない。中国の主要大学のNature Indexによるランキングは、こちらを参照されたい。

(2)SCI論文

 上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。

(3)特許出願数

 2021年のプロセス工学研究所の特許出願数は481件で、中国科学院内で第9位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

(4)成果の移転収入

 2021年のプロセス工学研究所の研究成果の移転収入は429.9億元であり、中国科学院内で第2位である(他の研究所との比較の詳細はこちら参照)。

(5)両院院士数

 中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2024年2月時点でプロセス工学研究所に所属する両院の院士は5名であり、19位までに入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

○中国科学院院士(4名):李静海、李洪钟、张锁江、马光辉(女性)
○中国工程院院士(1名):张懿(女性)

参考資料

・中国科学院过程工程研究所HP https://ipe.cas.cn/
・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編