Hefei Institutes of Physical Science, CAS

はじめに

・合肥物質科学研究院は、安徽省合肥市にある中国科学院の附属研究機関である。
・合肥物質科学研究院は、研究分野の違う7つの研究ユニットの連合体である。
・光学精密機械、プラズマ物理、固体物理、強磁場、原子力安全、健康医療などの研究開発を行っている。
・規模、研究開発力、研究成果などで、中国科学院内でトップレベルとなっている。

合肥物質科学研究院の写真
合肥物質科学研究院のある科学島の全景 百度HPより引用

1. 名称

○中国語表記:合肥物质科学研究院  略称 合肥物质院
○日本語表記:合肥物質科学研究院
○英語表記:Hefei Institutes of Physical Science  略称 HFIPS

2. 所在地

 合肥物質科学研究院本部の所在地は、安徽省合肥市蜀山湖路350号である。 

 安徽省は、中国大陸中東部の内陸側に位置し、江蘇省、浙江省、湖北省、江西省、河南省と接する。省内を長江と淮河が流れ、概して平坦である。安徽省の人口は約6,100万人(中国第9位)、経済規模はGDPで約6,800億ドル(中国第11位)である。古来より農業が主要な産業であったが、近年は上海などを中心とする長江デルタ経済地域にあって家電・自動車生産基地となっている。

 合肥市は、安徽省の省都で同省の中央にあり、江蘇省南京から西に約100キロメートル、上海から西に約350キロメートル、北京から南に約1,000キロメートルの位置にある。人口は約960万人で、安徽省では最も多い。合肥市の歴史は、司馬遷の史記にも記述があるほど古いが、三国志の時代に魏の曹操と呉の孫権が争った地としても有名である。
 合肥の市内には、中国科学院の直轄大学である中国科学技術大学がある。

 合肥物質科学研究院は、合肥市の郊外にある董鋪貯水池(董铺水库、蜀山湖とも呼ばれる)に面して設置されている。董鋪貯水池は、火山活動によって形成された沈没盆地にダムが建設されており、合肥市を洪水から護ると共に水を供給している。合肥物質科学研究院は、この董鋪貯水池に半島的に突き出た部分にあり、半島の付け根がそれほど大きくなく島のように見えるため、同研究院は「科学島」にあると言われている。

合肥物質科学研究院科学島の写真
科学島の入り口にある碑(江沢民の書)

3. 沿革

(1)国防関係研究所用地を譲り受ける

 国防部にあって航空技術の研究機関であった第六院は、合肥市の東鋪貯水池に面する土地を有しており、その地に新たな研究施設を設置する予定であった。

 ところが、1965年に国防部第六院は第三機械工業部(現在の中国航空工業集団公司)の傘下に入ることになり、併せて第六院全体の改編が行われた。その際、新しい研究施設の設置を予定していた合肥市の土地について、中国共産党安徽省委員会の合意を得て国防部から中国科学院に譲渡された。

(2)中国科学院の機関の設置

 中国科学院はこの新しい土地を得て、新たな傘下の研究機関の設置準備を進めた。そして5年後の1970年12月、安徽光学精密機械研究所が設立された。

 1978年4月、中国科学院合肥分院が設立され、同年9 月には中国科学院プラズマ物理研究所が設立された。

 1979年10月、中国科学院合肥インテリジェント機械研究所が設立された。

 1982年3月、中国科学院固体物理研究所が設立された。

(3)合肥物質科学研究院の成立

 2001年、中国科学院合肥分院、安徽光学精密機械研究所、プラズマ物理研究所、固体物理研究所が統合され、合肥物質科学研究院が設立された。既存の研究所は同研究院の1研究ユニットとなった。

 2004年、合肥インテリジェント機械研究所は、合肥物質科学研究院に統合され1つの研究ユニットとなった。

 2008年、強磁場科学センターが、合肥物質科学研究院の1つの研究ユニットとして設立された。

 2010年、先端製造技術研究所、技術生物・農業工学研究所、医学・物理技術センターが、それぞれ合肥物質科学研究院の1つの研究ユニットとして設立された。

 2011年9月、原子力安全技術研究所が、合肥物質科学研究院の1つの研究ユニットとして設立された。

 2014年、応用技術研究所が、合肥物質科学研究院の1つの研究ユニットとして設立された。この時点で同院内の研究ユニットは、合計10か所となった。

 2020年、合肥物質科学研究院内の研究ユニットが再編され、新たに健康・医学技術研究所が研究ユニットして設置され、現在の7研究ユニット体制となった。

4. 組織の概要

(1)7つの研究ユニット

 合肥物質科学研究院は、次の7つの研究ユニットから構成されている。
・安徽省光学精密機械研究所(安徽光学精密机械研究所、Anhui Institute of Optics and Fine Mechanics)
・プラズマ物理研究所(等离子体物理研究所、Institute of Plasma Physics) 
・固体物理研究所(Institute of Solid State Physics)
・インテリジェント機械研究所(智能机械研究所、Institute of Intelligent Machines)
・強磁場科学センター(强磁场科学中心、High Magnetic Field Laboratory)
・原子力安全技術研究所(核能安全技术研究所、Institute of Nuclear Energy Safety Technology)
・健康・医学技術研究所(健康与医学技术研究所、Institute of Health and Medical Technology)

(2)研究分野

 合肥物質科学研究院の研究分野は、レーザーおよびオプトエレクトロニクス科学技術、大気環境の光学リモートセンシング、プラズマ物理学、磁気閉じ込め核融合工学、材料科学と工学、人工知能とロボット工学、高磁場科学技術、原子力安全技術、環境科学・工学、トランスレーショナル医療、高度な診断と治療技術などである。

(2)研究組織

①国家級の研究室・実験室

・国家環境光学監視機器工学技術研究センター
・大気環境汚染監視先進技術・機器工学実感室

 なお、合肥物質科学研究院には国家重点実験室はない。

②中国科学院級研究室・実験室

・中国科学院材料物理重点実験室
・中国科学院環境光学・技術重点実験室
・中国科学院大気光学重点実験室
・中国科学院一般光学校正・特性評価技術重点実験室
・中国科学院イオンビーム生物工学重点実験室
・中国科学院太陽光・省エネ材料重点研究室
・中国科学院中性子輸送理論・放射線安全重点実験室

③研究所級研究室・実験室(例示)

・国家環境保護環境光学監視技術重点実験室
・国家林業局エネルギー森林研究センター (合肥)
・磁気閉じ込め核融合安徽省実験室
・高磁場安徽省実験室
・環境監視技術・機器安徽省技術イノベーションセンター
・安徽省ナノ材料・技実験室実験室
・安徽省環境毒物・汚染制御技実験室実験室
・安徽省環境光学監視技術重点実験室
・安徽省生体模擬感知・先進ロボット技術重点実験室
・安徽省重点光デバイス・材料重点実験室
・極限条件凝集物理安徽省重点実験室
・医学物理安徽省重点実験室
・高磁場磁気共鳴イメージング安徽省重点実験室

(3)研究所の幹部

 研究所の幹部は、所長、中国共産党委員会(党委)書記、副所長、副書記である。大学などでは、党委書記の方が学長より強い権限を有しているが、中国科学院の付属研究所の場合には所長が最高責任者の場合が多い。

①劉建国・所長

 劉建国(刘建国)・合肥物質科学研究院院長は、1968年に甘粛省で生まれ、1991年に西北師範大学(甘粛省蘭州市)物理学科で学士の学位を、1994年に安徽光学精密機械研究所(現在は合肥物質科学研究院の1つのユニット)で修士の学位を、1999年にやはり安徽光学精密機械研究所で博士の学位をそれぞれ取得し、それ以降一貫して安徽光学精密機械研究所で研究活動を行ってきた。2001年には、千葉大学環境モニタリングセンターに訪問研究員として短期間滞在している。
 2014年に合肥物質科学研究院の副院長となり、2019年から院長を務めている。専門は光環境監視技術や光リモートセンシング監視技術の研究である。

②黄晨光・党委書記

 合肥物質科学研究院の共産党委書記は黄晨光である。同研究院のHPの情報では「黄晨光党委員会書記は、研究所の党委員会の業務を主宰する。幹部職員、継続教育、革新文化、労働者会議、大衆組織、統一戦線活動、開発計画の共同管理を担当。党委員会事務局および人事部担当」となっており、それ以外の記述はない。また、2024年3月時点で他のHP上にも、黄晨光の情報はない。

5. 研究所の規模

 合肥物質科学研究院は、いくつかの研究所の集合体と考えるべきであり、そのため規模も大きい。

(1)職員数

 2021年現在の職員総数は2,459名で、中国科学院の中では第1位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。2,459名の内訳は、研究職員が2,111名(86%)、技術職員(中国語で工員)が126名(5%)、事務職員が222名(9%)である。

(2)予算

 2021年予算額は22億8,850万元で、中国科学院の中では第5位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。22億8,850万元の内訳は、政府の交付金が8億5,179万元(37%)、NSFCや研究プロジェクト資金が7億1,760万元(31%)、技術収入が7,975万元(3%)、事業収入が2億4,833万元(11%)、その他が3億9,085万元(17%)となっている。

(3)研究生

2021年現在の在所研究生総数は2,359名で、中国科学院の中では第1位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。2,359名の内訳は、修士課程の学生が1,163名、博士課程の学生が1,196名である。

6. 研究開発力

(1)国家級実験室など

 中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究所に設置されている。
 合肥物質科学研究院は、これらの国家研究センターや国家重点実験室を有していない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

(2)大型研究開発施設

 中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

 合肥物質科学研究院は、この大型共用施設・共用実験施設として「全超電導トカマク核融合実験装置(EAST)」及び「定常強磁場実験装置」を設置・運営している。

① 全超電導トカマク核融合実験装置(EAST)

 全超電導トカマク核融合実験装置(全超导托卡马克核聚变实验装置、EAST)は、中国が設計・開発した世界初の全超電導トカマク装置であり、2007年に正式に運転開始した。
 EASTの詳細は、下記8.の特記事項を参照されたい。

核融合装置EASTの写真
全超電導トカマク核融合実験装置(EAST) 中国科学院のHPより引用

② 定常強磁場実験装置

 定常強磁場実験装置(稳态强磁场实验装置)は、国際的に最先端の極限実験環境と定常強磁場の試験を提供することができ、物理学、化学、材料、生物医学等の分野における科学研究の重要な支援装置となっている。2017年9月に国の安全承認を得て運転が行われている。

 本装置は、10台の高磁場マグネット装置と6種類の実験計測システム、超低温・超高圧など、多分野の実験研究に対応する高磁場・極限実験装置である。

定常強磁場実験装置の写真
定常強磁場実験装置  中国科学院のHPより引用

(2)NSFC面上項目獲得額

 国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。

 合肥物質科学研究院のNSFCの獲得資金額は、2021年で3,065万元(件数は49件)であり、中国科学院の中では第2位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

7. 研究成果

(1)Nature Index

  科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。

  Nature Index2022によれば、合肥物質科学研究院は中国科学院内第8位であり、論文数は50.05となっている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
 このNature Index に関し、中国の主要大学のそれと比べると高くない。中国の主要大学のNature Indexによるランキングは、こちらを参照されたい。

(2)SCI論文

 上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。

 ただ、研究所によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているかを発表している。
 合肥物質科学研究院もその一つであり、中国科学院年鑑2022によれば、2021 年において1,325件のSCI論文及びEI論文を発表した。
 なお、1,325 件という数字を中国の主要大学のそれと比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが年間でSCI論文を約10,000件前後発表している(大学間での比較の詳細はこちら参照)。したがって中国の主要大学と比較すると、それほど大きなものではない。

(3)特許出願数

 2021年の合肥物質科学研究院の特許出願数は638件で、中国科学院内で第5位である(他の研究機関所との比較の詳細はこちら参照)。

(4)成果の移転収入

 2021年の合肥物質科学研究院の研究成果の移転収入は、中国科学院内で第9位以内に入っておらず、ランク外となっている(研究機関のランキングはこちら参照)。

(5)両院院士数

 中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2024年2月時点で合肥物質科学研究院に所属する両院の院士は8名であり、中国科学院内で第12位である(他の研究所との比較の詳細はこちら参照)。

○中国科学院院士(4名):张裕恒、陈仙辉、吴宜灿、万宝年。
○中国工程院院士(4名):龚知本、万元熙、刘文清、李建刚(後述)。

8. 特記事項

(1)合肥国家総合科学センター

 現在、安徽省合肥市全体で、科学技術イノベーションのプラットフォームとなる合肥国家総合科学センター(合肥综合性国家科学中心)の建設が進められている。

 国家総合科学センターは、現在の中国の基本的な政策である第14次五か年計画で規定され、国家を挙げて進められているプロジェクトである。中国全土で、北京懐柔、上海張江、大湾区(広東・香港・マカオ)、安徽合肥の4か所に、大型装置や研究拠点を設けるプロジェクトである。

 安徽省合肥市には、合肥物質科学研究院の他、中国科学技術大学などの科学に強い大学が存在しており、これらの総力を結集して優れた科学プラットフォーム建設を目指している。EASTと定常強磁場実験装置は、いずれもこの合肥国家総合科学センターの大型インフラ装置に位置づけられている。

(2)EAST

 全超電導トカマク核融合実験装置(EAST)は、中国が誇る世界初の全超電導トカマク装置であり、「Experiment:実験」、「Advanced:先進」、「Superconducting:超伝導」、「Tokamak:トカマク」の頭文字をつなぎ合わせて命名された。

 核融合反応を起こさせるためには元素をプラズマ状態にして一定の場所に閉じこめる必要があり、閉じこめのためには強力な電磁石による磁力が必要となる。1980年代に建設された日米欧の世界3大トカマク装置は、建設時点で超電導の研究がそれほど進んでおらず、普通の材料(常電導と呼んでいる)で磁石が作られていた。中国はこれに着目し、EASTの建設に当たり、全てのコイルを超電導化することを決断し、2006年に建設を終了し、同年ファーストプラズマの発生に成功して世界で初めての超電導トカマク装置を完成したのである。

 EAST は、非円形断面、完全超電導、能動的に冷却される内部構造という 3 つの大きな特徴を備えており、国際熱核融合実験炉 (ITER) や将来の核融合炉の知見を得るための重要な工学試験施設となっている。

 中国ではこのEASTを大変誇りにしている。建設が終了した一年後の2007年には「中国基礎研究十大ニュース」に選ばれ、さらに2008年には中国科学院の2007年度傑出科技成果賞を獲得している。その後、2015年に、補助加熱システムを設置し、2017年7月3日、101.2秒間のロングパルス高閉じ込めプラズマの安定運転を達成し、当時の世界新記録を樹立した。

(3)李建剛・元プラズマ物理研究所所長

 筆者である林は、文部科学省在籍中であった2008年に、合肥物質科学研究院のプラズマ物理研究所を訪問している。その際、我々を温かく迎えてくれたのが李建剛同研究所所長であった。

李建剛と林の写真
EASTの前で李建剛所長(左)と林 

 李建剛(李建刚、Jiangang Li)は、1961年に安徽省合肥に生まれ、1978年に黒竜江省にあるハルビン船舶工程学院(現在のハルビン工程大学)に入学し、1982年に同校を卒業して学士の学位を得た。その後、故郷に戻り中国科学院プラズマ物理研究所の研究生となって、1985年に修士の学位を、1990年に博士の学位を取得した。
 その後英国に渡り、核融合研究のメッカであるカラム研究所でポスドク研究を2年間行った。帰国後はプラズマ物理研究所の研究員となり、1996年に同研究所物理研究室主任、2000年に副所長を経て、2001年に同研究所所長に就任した。
 2005年には、プラズマ物理研究所所長を兼務の上、上部機関となる合肥物質科学研究院副院長に就任した。また、2012年には中国科学技術大学の副学長を兼務している。
 2014年にこれらの職を退き一研究員として研究を続行し、2015 年に中国工程院院士に選出された。
 現在は上記(1)の合肥国家総合科学センターに設置されたエネルギー研究院(能源研究院)の院長を務めている。

参考資料

・合肥物質科学研究院HP https://www.hf.cas.cn/
・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編
・中国科学院HP https://www.cas.cn/
・合肥综合性国家科学中心能源研究院HP https://ie.ah.cn/
・中国工程院HP 李建剛 https://www.cae.cn/cae/html/main/colys/57959283.html