はじめに

 微生物研究所 (Institute of Microbiology)は、北京市にある中国科学院の附属研究機関である。

 微生物研究所は、微生物の多様性と資源、病原微生物感染に対する免疫と予防・制御などの研究を行っている。東大医科研との協力の窓口となっている。

微生物研究所の写真
微生物研究所 同研究所HPより引用

1. 名称

○中国語表記:微生物研究所  略称 微生物所
○日本語表記:微生物研究所
○英語表記:Institute of Microbiology、CAS  略称 IMCAS

2. 所在地

 微生物研究所本部の所在地は、北京市朝陽区北辰西路1号院3号である。北京市の中心である天安門から10キロメートルほど北にある。近くには、オリンピックのメイン会場となった北京国家体育場(通称、鳥の巣)があり、西に行くと中国農業大学を経て、清華大学北京大学に達する。また、中国科学院の施設としては、生物物理研究所国家天文台本部がある。

鳥の巣の写真
2008年と2022年のオリンピックのメイン会場となった北京国家体育場(通称:鳥の巣)

3. 沿革

 微生物研究所は、旧中国科学院応用真菌研究所と旧北京微生物研究所が、1958年に合併して設立された。

(1)中国科学院応用真菌研究所

 中国科学院応用真菌研究所は1956年に設置された。その前身は、中央研究院と北平研究院の植物研究所にあった真菌研究部分が、新中国建国後の1953年に統合されて設立された中国科学院植物研究所真菌植物病理研究室である。 

(2)北京微生物研究室

 北京微生物研究室は、1953年に中国科学院が接収した黄海化学工業研究社発酵研究室を前身としている。

4. 組織の概要

(1)研究分野

 微生物の多様性と資源、病原微生物感染に対する免疫と予防・制御などの研究を行っている。

(2)研究組織

①国家級の研究室・実験室

・微生物資源早期開発国家重点実験室(微生物资源前期开发国家重点实验室)
・植物ゲノム学国家重点実験室(植物基因组学国家重点实验室)
・真菌学国家重点実験室(真菌学国家重点实验室)

②中国科学院級研究室・実験室

・中国科学院病原微生物学・免疫学重点実験室(中国科学院病原微生物与免疫学重点实验室)
・中国科学院微生物生理学・代謝工学重点実験室(中国科学院微生物生理与代谢工程重点实验室)

③研究所級研究室・実験室(例示)

・微生物資源・ビックデータセンター(微生物资源与大数据中心)
・技術転移転化センター(技术转移转化中心)

(3)研究所の幹部

 微生物研究所の幹部は、所長、中国共産党委員会(党委)書記、副所長、副書記である。大学などでは、党委書記の方が学長より強い権限を有しているが、中国科学院の付属研究所の場合には所長が最高責任者の場合が多い。

①銭韋・所長

 銭韋(钱韦)所長は、1973年に雲南省で生まれ、1994年に雲南大学生物学部植物科で学士の学位を、1997年に同大学の生態学・植物学研究所で修士の学位を、2000年に中国科学院植物研究所で博士の学位をそれぞれ取得した。その後、中国科学院微生物研究所でポスドク研究を行った後、同研究所の研究員となり、2019年に同研究所副所長に就任し、2024年から所長を務めている。専門は植物病原細菌と宿主分子との相互作用に関する研究である。

②林明炯・党委書記兼副所長

 林明炯・党委書記は、副所長も兼務しており、研究所のナンバーツゥである。林明炯は、中国科学院本部の条件保障・財務局の副局長を務め、2024年に微生物研究所の副所長、党委書記となった。

5. 規模

(1)職員数

 2021年現在の職員総数は487名で、中国科学院の中では30位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。487名の内訳は、研究職員が444名(91%)、技術職員(中国語で工員)が5名(1%)、事務職員が38名(8%)である。

(2)予算

 2021年予算額は8億04,27万元で、中国科学院の中では30位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。8億04,27万元の内訳は、政府の交付金が2億7,305万元(34%)、NSFCや研究プロジェクト資金が2億3,467万元(29%)、技術収入が2億7,587万元(34%)、その他が2,725万元(3%)となっている。

(3)研究生

 2021年現在の在所研究生総数は573名で、中国科学院の中では30位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。573名の内訳は、修士課程の学生が245名、博士課程の学生が328名である。

6. 研究開発力

(1)国家級実験室など

 中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。上記組織の項でも述べたが、微生物研究所は3つの国家重点実験室を有している。

微生物資源早期開発国家重点実験室(微生物资源前期开发国家重点实验室):1989年に国の認可を受け、1993年から研究を開始した。バイオ産業の向上、生態環境の改善、住民の健康保護を目指し、微生物資源の獲得とメカニズムの分析、機能開発、技術革新に関わる研究開発を行っている。2021年現在で、正規研究員が85名、客員研究員が55名、研究生としてポスドク26名、博士学生109名、修士学生85名である。
真菌学国家重点実験室(真菌学国家重点实验室):2011年に国の認可を受け、2013年から研究を開始した。集団遺伝学、種の概念と関係、コホートの構造と機能、ゲノムと比較ゲノム、細胞と代謝を研究する。2021年現在で、正規研究員が108名、客員研究員が84名、研究生としてポスドク19名、博士学生81名、修士学生63名である。
植物ゲノム学国家重点実験室(植物基因组学国家重点实验室):遺伝・発生生物学研究所との共管の実験室であり、2003年に国の認可を受けた。イネ、シロイヌナズナ、大豆、菜種、綿花などの作物や、植物病原微生物を材料として、遺伝子クローニングと同定、機能分析、機能ゲノミクスなどの研究を行っている。2021年現在で、正規研究員が155名、客員研究員が140名、研究生としてポスドク71名、博士学生105名、修士学生66名である。

(2)大型研究開発施設

 中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。微生物研究所には、このような大型共用施設・共用実験施設は有していない

(3)NSFC面上項目獲得額

 国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。微生物研究所のNSFCの獲得資金額は、2021年2,087万元(件数は35件)であり、中国科学院の中では第10位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

7. 研究成果

(1)Nature Index

 科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、微生物研究所は中国科学院内第19位であり、貢献度を考慮したシェアで17.69となっている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
 このNature Index に関し、中国の主要大学のそれと比べると高くない。中国の主要大学のNature Indexによるランキングは、こちらを参照されたい。

(2)SCI論文

 上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。

 ただ、研究所によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているかを発表している。微生物研究所もその一つであり、2021 年に合計563 件のSCI論文を発表した。これを中国の主要大学と比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが1年間で、SCI論文を約2万~3万件前後発表している(主要大学のランキングはこちら参照)。したがって中国の主要大学と比較すると、それほど大きなものではない。

(3)特許出願数

 2021年の微生物研究所 特許出願数は170件で、中国科学院内で20位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

(4)成果の移転収入

 2021年の微生物研究所の研究成果の移転収入は145.49億元で、中国科学院内で第8位である(他の研究所との比較の詳細はこちら参照)。

(5)両院院士数

 中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2025年2月時点で研究所に所属する両院の院士は5名であり、中国科学院内で19位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

○中国科学院院士(5名):魏江春 、郑儒永、方荣祥、庄文颖、高福

8. 特記事項

(1)日本との協力関係

 東京大学医科学研究所は2005年に、中国科学院生物物理研究所・饒子和所長(当時)、中国科学院微生物研究所・高福所長(当時)、医科学研究所・岩本愛吉教授および山本所長(当時)らのリーダーシップのもとに日中連携プログラムを立ちあげた。
 その後、2015年に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「感染症研究国際展開戦略プログラム」として再編し、2020年度からは「新興・再興感染症研究基盤創生事業・海外拠点研究領域」における「中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究」として活動し、感染症の予防・診断・治療に資する基礎的研究を推進している。
 現在は、微生物研究所がメインの協力相手となっている。

陳竺博士と筆者の写真
日中協力プロジェクト発足式の陳竺博士と筆者(2006年)

(2)中国科学院内のライフサイエンス関係機関

 現在の研究開発において、ライフサイエンスは非常に大きな比重を占める分野であり、中国科学院でもライフサイエンスに係る附属研究機関は多い。

 以下に、規模・研究力・研究成果などで優れている主要研究機関、準主要研究機関、その他の研究機関の3つのカテゴリーに分けて列記する。研究機関の名前をクリックすると、その研究機関の記事が開く。

主要研究機関
合肥物質科学研究院(安徽省合肥市) 傘下に健康・医学技術研究所を有する。
深圳先進技術研究院(広東省深圳市) 傘下に生体医健康工学研究所、生物医工学研究所、脳認知・脳疾患研究所、合成生物学研究所を有する。
生物物理研究所(北京市)
・微生物研究所(北京市) 本記事
上海薬物研究所(上海市)
武漢ウィルス研究所(湖北省武漢市)
昆明動物研究所(雲南省昆明市)

準主要研究機関
植物研究所(北京市) 
動物研究所(北京市)
遺伝・発生生物学研究所(北京市)
分子細胞科学卓越イノベーションセンター(上海市)
分子植物科学卓越イノベーションセンター(上海市)
昆明植物研究所(雲南省昆明市)

その他研究機関
古脊椎動物・古人類研究所(北京市)
北京ゲノム研究所(北京市)
天津工業生物技術研究所(北京市)
青島生物エネルギー・生物プロセス研究所(山東省青島市)
脳科学・知能技術卓越イノベーションセンター(上海市)
上海栄養・健康研究所(上海市)
上海免疫・感染研究所(上海市)
杭州医学研究所(浙江省杭州市)
南京地質古生物研究所(江蘇省南京市)
蘇州ナノテク・ナノバイオ研究所(江蘇省蘇州市)
蘇州生物医学工学技術研究所(江蘇省蘇州市)
水生生物研究所(湖北省武漢市)
広州生物医薬・健康研究院(広東省広州市)
成都生物研究所(四川省成都市)
西北高原生物研究所(青海省西寧市)

参考資料

・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編
・微生物研究所HP https://im.cas.cn/
・東京大学医科学研究所アジア感染症研究拠点HP https://www.rcaid.jp/