はじめに

 戴希(Xi DAI、1971年~)香港科技大学教授は、凝縮系物理学や量子材料の分野で成果を挙げた科学者で、2026年の未来科学大賞物質科学賞を受賞した。 

戴希の画像
戴希  香港科技大学HPより引用

生い立ちと教育

 戴希(Xi DAI)は1971年に、浙江省の省都である杭州市に生まれた。

 杭州市は、隋代以降、京杭大運河の終着点として経済文化が発達し、「上有天堂、下有蘇杭(上に天国あり、下に蘇州・杭州あり)」と称えられた。南宋時代には臨安府として都が置かれた。市中心部の西には世界遺産の西湖があり、戴希が卒業した浙江大学の本部もこの西湖の湖畔にある。

杭州市にある西湖
浙江省杭州市にある西湖の風景 百度HPより引用

 戴希の幼少期における家庭環境の情報は、ネット上にない。戴希が5歳となった1976年末に、教育や科学技術に大きな悪影響を残した文化大革命が終了しており、それほど大きな影響はなかったと考えられる。

 戴希は、地元で基礎教育を受け、その成績が優秀であったため、中国のトップ大学である北京大学や清華大学への入学も可能と考えられたが、両親が自分たちの近くにいて欲しいと言ったことで、地元の有名校である浙江大学に進学した。
 学科の選択においても、両親が理学より実用的と考えられる工学を勧めたため、材料工学を専攻した。

材料工学から理論物理への転向

 1989年に浙江大学に入学した戴希は、当時の「学問軽視、ビジネス重視」という大学に大きな失望を感じた。このような風潮から逃れるため、材料工学の授業は淡々とこなし、それとは別に理論物理を独学で勉強した。大学の図書館に籠り理論物理学を学習することは、当時の息苦しい大学の空気から逃れるための精神的な避難所であったという。

 戴希は、1993年に浙江大学から工学士の学位を取得し、今度は同大学大学院の物理系に進学して凝縮系物理学を専攻した。
 戴希は、1996年に浙江大学大学院から理学修士の学位を取得し、米国への留学をめざし、TOEFLやGREを受験したが、希望の大学からは入学許可が下りなかった。
 そこで戴希は次善の策として、北京にある中国科学院・理論物理研究所の研究生となって、博士学位の取得を目指した。戴希は、1999年に同研究所から博士学位を取得し、香港に渡って香港科技大学でポスドク研究を行った。

米国でのポスドク研究

 戴希は、2001年に米国に渡り、マサチューセッツ州のボストン学院でポスドク研究を行った。香港にいたものの、米国での英語は全く理解不能で苦労したが、中国系の教授のサポートもあり、数か月後に米国の生活や文化に慣れていった。

 戴希は、2002年にニュージャージー州にあるラトガース大学(Rutgers University)に移り、引き続きポスドク研究を行った。戴希は、金属プルトニウム(Pu)の複雑な電子構造と格子振動(フォノン)を計算・解明するため、特別な計算手法「LDA+DMFT」を用い、プルトニウムの格子振動の計算に成功し、2003年にサイエンスに論文を発表した。これにより、優れた凝縮系物理学者としての地位を固めることになった。
 戴希は、このラトガース大学でのポスドク時代に、滞米中の中国科学院・物理研究所の方忠研究員と出会って意気投合し、強相関電子系の計算手法について夜を徹して議論した。
 方忠は日本にも留学経験を有する物理学者で、百人計画に当選し、2003年に米国のオークリッジ研究所から中国科学院・物理研究所に移っっている。現在は物理研究所の所長を務めている。方忠との出会いが、戴希に大きなチャンスをもたらすことになる。

方忠所長の写真
方忠・物理研究所所長 百度HPより引用

中国に戻り、トポロジカル電子材料の研究で成果

 米国から中国に戻った戴希は、2007年に中国科学院・物理研究所の研究員となった。戴希は、米国で知り合った方忠やらとチームを組んで、トポロジカル電子材料に関する研究を行った。
 戴希と方忠らは2009年に、計算によりBi2Se3、Bi2Te3、Sb2Te3が3次元トポロジカル絶縁体であると予測し、その後共同実験により検証した。 2010年には、Bi2Se3トポロジカル絶縁体膜にCrまたはFeを磁気的にドープすることで量子異常ホール効果を実現すると予測した。そして2013年までに、国内外の多くの実験グループがこれらの材料を検証した結果、戴希らの予測通り量子異常ホール効果を確認した。
 これらのトポロジカル物質は、その後フォトニクス材料、フォノニクス結晶、トポロジカル回路、トポロジカル音波などに大きく発展しており、次世代の機能性材料として期待されている。

著名な科学賞を受賞

 方忠や戴希らは2023年に、国家自然科学賞一等賞を受賞した。受賞理由は、「トポロジカル電子材料の計算予測」であった。受賞者は全員で五名であり、筆頭者が方忠、次席が戴希であった。
 中国では、科学技術の進歩活動に貢献する科学技術者や組織を顕彰するため、1999年に国家科学技術奨励条例を制定し、5つの国家科学技術賞を授与している。この内で、国家最高科学技術賞は、日本の学術関係の文化勲章に相当する最高賞であるが、過去の受賞者を調べるとほとんどが功成り名を遂げた高齢の引退している科学者が多い。
 その次に位置するのが国家自然科学賞一等賞で、個人あるいは複数の研究者よりなる研究チームにも授与され、その数は毎年1から2である。したがって、中国の現役の科学者に対する実質的な最高賞と考えられる。

 続いて、戴希と方忠は、2025年に未来科学大賞物質科学賞を受賞した。受賞したのは戴希の他に方忠と丁洪で、授賞理由は、「トポロジカル電子材料の計算予測と実験的実現への貢献」であった。
 未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野がある。

戴希らの未来科学大賞受賞写真
方忠、戴希、丁洪の未来科学大賞受賞 香港科技大学HPより引用

 戴希は、2017年に香港科技大学の教授となった。現在も、同大学で研究を続けつつ、後進の指導に当たっている。

参考資料

・中国物理学会HP 物理2015年 44(08):534-538 我的科学人生 戴希http://www.wuli.ac.cn/cn/article/doi/10.7693/wl20150807
・香港科技大学HP Xi DAI 戴希 https://physics.hkust.edu.hk/people/xi-dai-daixi
・香港科技大学HP 科大学者戴希教授问鼎有「中国诺贝尔奖」之称的2025未来科学大奖  https://science.hkust.edu.hk/zh-hans/news/kedaxuezhedaixijiaoshouwendingyouzhongguonuobeierjiang-zhichengde2025weilaikexuedajiang
・未来科学大賞HP 对话港科大戴希:AI是运动员,我们是教练,拓扑超导材料是下一步挖掘的重点|2025未来科学大奖-物质科学奖获奖者  https://www.futureprize.org/cn/nav/detail/1752.html
・百度HP 戴希