はじめに
石正麗(石正丽、Shi Zhengli、1964年~)は、SARSウィルスとコウモリ由来のウィルスの関連性についての研究で成果を挙げ、コウモリ博士と呼ばれるようになった。新型コロナウィルス研究でも成果を挙げた。
ただ国際的には、彼女が指揮した研究の際にコウモリ由来のウィルスが施設外に散逸し、これが世界的なパンデミックの原因となったとの疑いがもたれている。

生い立ちと教育
石正麗(石正丽、Shi Zhengli)は、1964年に河南省南陽市西峡に生まれた。南陽市は河南省の南西部にあり、河南省の省都・鄭州市から見て南西に約300キロメートル、南部に隣接する湖北省の省都・武漢市から見て北西に約400キロメートルのところにある。
中国では1966年に文化大革命が本格化し、基礎教育においても大きな混乱が生じたが、石正麗が小学校を終えた時期の1976年に四人組が逮捕され文革が終了しており、影響は少なかった。
石正麗は、1982年に地元西峡県高級中学(日本の高等学校に相当)を卒業し、1983年に武漢大学に入学した。武漢大学では生物遺伝学を専攻し、1987年に同大学から理学士の学位を取得した。
中国科学院武漢ウィルス研究所へ
石正麗は、武漢大学で理学士となった後、1987年に武漢にある中国科学院・武漢ウィルス研究所に研究生(大学院生)として入所し、1990年に修士学位を取得した。
石正麗は、1990年に武漢ウィルス研究所の職員として採用され、水生動物ウイルス学グループに所属して、水生動物ウイルスの分離、同定、検出を担当した。
フランスに留学
石正麗は、武漢ウィルス研究所からフランスに派遣され、南部モンペリエにあるモンペリエ第二大学(理学部が中心)に入学した。モンペリエ大学は、ヨーロッパでも屈指の歴史を有する大学であり、特に医学部はヨーロッパ最古の歴史を有すると言われている。
石正麗は、2000年にモンペリエ大学を卒業し、同大学より博士学位を取得した。
博士学位取得の後、石正麗は武漢ウィルス研究所に戻って、分子ウィルス研究室の主任となった。
コウモリのウィルス研究で頭角を現す
2003年にSARSが中国で蔓延すると、石正麗はそれまで進めていた水生生物のウィルス研究の知見をもとに、動物由来の新しいウィルス研究にシフトしていった。
石正麗は2005年に、コウモリがSARSに似たコロナウイルスの自然宿主であることを発見した。さらに2008年には、SARSがヒトに感染するメカニズムを解明するため、ジャコウモリ、キクガシラコウモリの細胞中のACE2受容体を研究した。
石正麗は2017年に、SARSコロナウイルスは雲南省の洞窟に生息するコウモリの個体群にすべての遺伝子成分が存在することを示す研究結果を発表した。2003年のSARSの発生を引き起こしたウイルスの株を正確に保有するコウモリは1匹もいなかったが、遺伝子解析により、異なる株がしばしば混ざり合うことが示され、ヒト型はコウモリの個体群に存在する株の組み合わせから発生した可能性が高いことを発表した。
さらに石正麗は、既存のコロナウイルス数種のDNAを組み換えて新たなハイブリッドコウモリコロナウイルスを作成し、これがヒトに感染する可能性があることや、ヒト細胞における伝染性と毒性についての研究成果を発表した。
これらの研究成果は、国際的にも高く評価され、石正麗はコウモリ博士と呼ばれるようになった。
武漢生物安全国家実験室
石正麗は、武漢ウィルス研究所の重要施設である武漢生物安全国家実験室の設置運営にも深く関与している。
武漢国家生物安全実験室は、武漢ウィルス研究所に設置された施設であり、BSL(バイオセーフティレベル)4(P4とも呼ばれる)という最高危険レベルの感染症に対応する研究環境を提供するものである。
SARSによるパンデミックを経験し、また鳥インフルエンザが後を絶たない中国において、感染症や伝染病に関する研究は非常に重要だと認識されていた。そこで、危険性の高いウィルス研究を実施するための全国共同利用施設として設置されることとなった。
この施設は、フランスのリヨンP4実験室の技術と設備を導入しており、中国とフランスが共同で設計を行った。2003年7月に同実験室の建設が開始され、2015年に完成した。

石正麗は、この武漢生物安全国家実験室のリーダーとなるべく、2006年にフランスのリヨンP4実験室に派遣されている。
新型コロナでも成果
2019年12月、武漢市内で未知のコロナウィルス(後にCOVID-19と命名)による肺炎患者が出たため、武漢ウィルス研究所が直ちに調査した結果、同ウィルスが中国南西部のコウモリから発見されたウィルスと極めて高い類似性があることを発見した。
さらに、翌2020年2月に石正麗のチームが、このウィルスの遺伝子配列を特定し、Nature誌に投稿した。
研究の誤操作によるウィルス拡散の疑い
なお、この新型コロナウィルスに関連して、COVID-19が武漢市内から中国全体、さらには世界中のパンデミックの原因となったが、これは武漢ウィルス研究所が誤ってこのCOVID-19を拡散させたという説が米国や他の西側諸国で言及され、中国とこれら西側諸国との軋轢要因になっている。研究所内の施設に保管されていたウイルスが操作されたり、誤って外部に持ち出されたりしたことによって新型コロナウイルス・COVID-19の初期の流行が引き起こされ、そのことを複数の研究者らが共謀して隠蔽を図ったのではないかという疑惑である。
この疑惑に対して、WHOが各国の専門家を派遣して調査を行い、2021年2月、COVID-19の武漢ウィルス研究所からの漏洩した可能性については「極めて低い」としたが、起源や早期感染の可能性については専門家がそれ以前から予想していたことを裏付ける結果となった。
現在においても、米国を中心としてこの疑惑は言及され続けている。
参考資料
・百度百科HP 石正丽
・中国科学院HP https://www.cas.cn/
・武漢ウィルス研究所HP https://whiov.cas.cn/
・ウィルス学国家重点実験室HP https://klv.whu.edu.cn/


