はじめに

 ジンイ-・カイ(1961年~)ウィスコンシン大学マディソン校教授は、計算複雑性理論を専攻する中国系米国人研究者であり、同じく中国系の研究者であるシー・チェン(Xi Chen、陈汐、陳汐、1982年~)との共同研究により、2021年にゲーデル賞とファルカーソン賞を受賞している。

ジンイ-・カイ
ジンイ-・カイ 
中国計算機学会のHPより引用

生い立ち

 ジンイ-・カイ(Jin-Yi Cai、蔡进一、蔡進一)は、1961年に上海で生まれた。カイの生い立ちや基礎教育段階でのエピソードを中国語と英語のHPで探したが、残念ながら見つからなかった。カイが小学校に入る前に文化大革命が始まり、カイが15歳の時に文革が終了している。カイやその家族が文革で大きな影響を受けている可能性はある。

復活後の高考を受験し合格

 文革が終了し鄧小平が復活すると、鄧小平はいの一番に大学共通入試である高考を復活させた。1977年12月に行われた復活後第一回目の高考では、約570万人が受験したが、文革の影響を受けた大学側の受け入れ体制を考慮して合格者はわずか約27万人(約5%)であった。

 ジンイ-・カイは、この復活後第一回目の高考を受験して、上海の名門校である復旦大学数学科に見事合格した。ちなみに、復活第一回目の高考による大学合格者には、北京大学法学部に入学を果たした前国務院総理・李克強がいて、彼は1955年生まれで既に22歳となっていた。

 復旦大学の数学科は、北京大学と並んで中国のトップレベルにある学科であり、当時の復旦大学の学長は、東北大学で博士号を取得し日本女性を妻とした蘇歩青であった。
 また1978年に、カイとともに復旦大学数学科に入学した著名人としては、国家副主席(2013年~2018年)まで上り詰めた政治家・李源朝がいる。彼は1950年に江蘇省に生まれ、下放を経て1972年に上海師範大学で数学を学び、卒業後中学校の教師をしていた。高考復活の報を聞いて受験勉強に励み、ジンイ-・カイとともに復旦大学数学科に入学を果たしたのである。カイとは11歳の隔たりがある。
 さらに、カイと同時期の復旦大学数学科卒業生には、孟晓犁(Xiao-Li Meng)ハーバード大学教授、陈贵强(Gui-Qiang G. Chen)英国オックスフォード大学教授、范剑青(Jianqing Fan)プリンストン大学教授、李骏(Jun Li)スタンフォード大学教授、应志良(Zhiliang Ying)コロンビア大学教授、姚大卫(David D. Yao)コロンビア大学教授などがいる。

米国に渡り、ウィスコンシン大学で教授に

 復旦大学で1981年に数学の学士号を取得したジンイ-・カイは、米国に渡りペンシルバニア州立のテンプル大学で1983年に数学で修士号を、ニューヨーク州にあるコーネル大学で1985年に計算機科学で修士号を、1986年に同じくコーネル大学で計算機科学の博士号を取得した。

 ジンイ-・カイは、博士号を取得した後、イェール大学(1986年~1989年)、プリンストン大学(1989年~1993年)でそれぞれ助教授(Assistant Professor)を務めた後、1993年にニューヨーク州立大学バッファロー校で准教授(Associate Professor)となり、1996年に正教授に就任した。

カイは2000年に、米国中西部のウィスコンシン大学マディソン校教授に移動し、現在に至っている。

 この間、中国の有力大学の客員教授や兼任教授をいくつか務めている。具体的には、母校の復旦大学(1996年~2001年)、清華大学(2003年~2006年)、北京大学(2010年~2013年)である。

ゲーデル賞を受賞

 ジンイ-・カイは、やはり中国系のシー・チェン(Xi Chen、陈汐)コロンビア大学准教授と知り合い、研究協力を開始する。

 ジンイ-・カイとシー・チェンは、2017年に' Complexity of Counting CSP with Complex Weights’と題する論文をJ.ACM(米国計算機学会誌)に発表する。
 CSPは、Constraint satisfaction problemを略したもので、日本語では制約充足問題と訳されており、複数の制約条件を満たすオブジェクトや状態を見つけるという数学の問題を指す。CSPは特に人工知能やオペレーションズ・リサーチで研究されている。

 この共著論文が、関係者に広く認められた結果、ジンイ-・カイとシー・チェン2021年にゲーデル賞を共同で受賞した。
 ゲーデル賞 (Gödel Prize) は、理論計算機科学で優れた業績を挙げた研究者に対し贈られる賞であり、完全性定理、不完全性定理などを発表して数学基礎論や論理学で多大な功績を残したクルト・ゲーデル(Kurt Gödel、1906年~1978年)にちなむ。中国系では姚期智が1999年に、さらに滕尚華が2008年と2015年に受賞している。

 ジンイ-・カイとシー・チェンは、2021年にファルカーソン賞を、同じ論文で共同で受賞した。
 ファルカーソン賞 (The Fulkerson Prize) は、離散数学の分野で優れた論文に対し、数理計画学会 (MPS) とアメリカ数学会 (AMS) が共催し、贈られる賞である。 3年に一度開催されるMPSの国際シンポジウムで最大3組までに授与される。
 中国系では、滕尚華が2009年にスピールマンと共同で、同賞を受賞している。また、これまでに岩田覚(東京大学教授、2003年)、藤重悟(京都大学名誉教授、2003年)、Yoshiharu Kohayakawa(小早川美晴、日系ブラジル人、サンパウロ大学教授、2018年)、河原林健一(国立情報学研究所教授、2021年)が受賞している。

参考資料

复旦数学77级:在新世界门前|那三届 四十年
・ウィスコンシン大学マディソン校HP Jin-Yi Cai https://pages.cs.wisc.edu/~jyc/
・sigact.org.のHP "The 2021 Gödel Prize" https://sigact.org/prizes/g%C3%B6del/citation2021.html
・AMS HP Delbert Ray Fulkerson Prize (AMS-MOS) http://www.ams.org/prizes-awards/paview.cgi?parent_id=17