はじめに

 シャンファ・テン(1964年~)南カリフォルニア大学教授は、計算機科学を大きく発展させた数学者の一人であり、計算機科学の最高賞であるゲーデル賞を2度受賞している。数学分野であるためノーベル賞の受賞は難しいと考えられる。

シャンファ・テンの写真
 シャンファ・テン 本人のHPより引用

生い立ちと教育

 シャンファ・テン(Shang-Hua Teng、滕尚華、滕尚华)は、1964年に北京で生まれた。父親は山西省にある太原理工大学の土木工学科主任教授であり、母親は同じ大学の事務局職員であった。1966年に始まった文化大革命により、知識人の父親は革命派の批判の対象となって軟禁された後、遠い僻地に強制労働で下放された。残された家族とともにテンは育ったが、貧しい家計を支えるためゴミ拾いまでした。

 1977年に文革が終了すると教育活動が復活し、中国の大学共通入試である「高考」も再開されたため、テンは中学(中高一貫校)に入り大学を目指すこととした。高校時代には生物が好きだったが、大学での専攻の選択で父にアドバイスを求めたところ、父は計算機科学を勧めた。テンは1981年に上海交通大学の電気工学科に入学し、1985年に同大学から電気工学の学士号と計算機科学の学士号を取得して卒業した。

 テンは、米国ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学に留学し、1988年に修士号を取得した。その後、指導教官が東海岸のペンシルベニア州ピッツバーグにあるカーネギーメロン大学に移ったためテンも同校へ移動し、1991年に同大学から計算機科学で博士号を取得した。

計算機理論と応用の橋渡し役に

 博士号を取得したシャンファ・テンは、カリフォルニア州にあるゼロックス社パロアルト研究所(Palo Alto Research Center、PARC)で、ポスドク研究者となった。この時期はPARCが、産学連携に目を向け始めた時代であった。テンもその影響を受けて、計算機理論と計算機産業とのコラボレーションに関心を持ち、その後の産学連携活動につなげていった。

 シャンファ・テンは1992年にMITで数学講師となるが、その時にはNASAエイムス研究所のグループと共同で流体力学のシミュレーションのソフトウェア開発を行っている。1994年にミネソタ大学助教授となりINTELとトランジスタ回路の研究を、1997年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の准教授となりIBMとウェブやインターネット応用を、2001年にボストン大学の教授となりアカマイ・テクノロジーズおよびマイクロソフトとデータ解析やソーシャルネットワークなどの研究を、連携して行った。

共同研究者スピールマンとの出会い

 シャンファ・テンは共同研究者となるダニエル・スピールマン(Daniel Alan Spielman)と出会う。スピールマンは1970年にピッツバーグに生まれており、テンの6歳下である。スピールマンは、1992年にイェール大学より数学と計算機科学の学士号を取得し、1995年にMITより応用数学で博士号を取得した後、MITの数学科で教鞭を執り、2006年からイェール大学教授を務めている。

 テンとスピールマンは1996年に、組み合わせ最適と数値線形解析の問題に取り組み、グラフの幾何学とその固有値の新しい関係を解明した。その研究の進展として、彼らはアルゴリズムの平滑化解析(Smoothed analysis of algorithms)についての研究成果や、ほぼ線形時間ラプラシアンソルバー(nearly-linear-time Laplacian solvers)についての研究成果などを、次々に公表した。 

ゲーデル賞を2度受賞

 シャンファ・テンとスピールマンは2008 年に、アルゴリズムの平滑化解析に関する研究でゲーデル賞を受賞した。さらに、テンとスピールマンは2015年に、ほぼ線形時間ラプラシアンソルバーに関する研究で、二度目のゲーデル賞を受賞した。

ゲーデル賞 (Gödel Prize) は、理論計算機科学で優れた業績を挙げた研究者に対し、欧州理論コンピュータ学会(European Association for Theoretical Computer Science、EATCS)と国際計算機学会・アルゴリズムと計算量理論部会(the Association for Computing Machinery Special Interest Group on Algorithms and Computational Theory、ACM SIGACT)が共同で授与する賞である。
 賞の名前にあるクルト・ゲーデル(Kurt Gödel、1906年~1978年)はオーストリア・ハンガリー帝国出身で、完全性定理、不完全性定理などを発表して数学基礎論や論理学で多大な功績を残し、ナチスドイツの迫害を逃れて米国に移住した偉大な数学者である。
 ゲーデル賞と並んで権威を持つ計算機科学分野の賞にチューリング賞があり、中国系では姚期智が1999年に受賞している。

 テンは、2009年に南カリフォルニア大学の教授に就任し、現在も引き続き計算機科学の研究を続行している。

個人的な横顔

 シャンファ・テンは色々なものに興味を持っていると語っている。
 子供が出来る前はラテン音楽とラテンダンス特にサルサが好きだった。また料理、読書、旅行も好きで、飛行機の中で数学の問題を解決するのが好きだった。博士論文作成に没頭していた際には中国古来の漢詩をよく作ったという。
 娘が生まれてからは、娘と一緒に料理をしたりゲームをしたりするのが好きで、彼女を通して世界を知ることが出来ると感じている。

参考資料

・USC HP https://viterbi.usc.edu/directory/faculty/Teng/Shanghua
・Shang-Hua Teng HP https://viterbi-web.usc.edu/~shanghua/
・The Computer Scientist Who Finds Life Lessons in Games https://www.quantamagazine.org/the-computer-scientist-who-finds-life-lessons-in-board-games-20230125/
・2008年ゲーデル賞  http://www.sigact.org/prizes/g%C3%B6del/2008.html
・2014年ゲーデル賞  http://www.sigact.org/prizes/g%C3%B6del/citation2015.pdf