はじめに

 チュアン・へ(1972年~)シカゴ大学教授は、生物化学、細胞生物学、構造生物学など幅広い分野をカバーし、転写後の遺伝子発現制御における可逆的なRNAメチル化の発見と解読で大きな成果を挙げた。2023年度のウルフ賞化学部門を受賞しており、ノーベル化学賞や生理学・医学賞の受賞が期待される中国系米国人科学者である。

チュアン・への写真
チュアン・へ 百度HPより引用

生い立ちと教育

 チュアン・へ(Chuan He、何川)は1971年に、中国の西南に位置する貴州省の省都である貴陽市・清鎮に生まれた。へは、貴州省内の凱里市にある教育実験校である凱里第一中学で中等教育を受けた。

 1989年に安徽省合肥にある中国科学技術大学応用化学科に入学し、1994年に学士号を取得した。

 その後へは米国に留学し、2000年にMITから理学博士号を取得した。

シカゴ大学の教授となる

 MITから博士号を取得したチュアン・ヘは、ハーバード大学でポスドク研究を行った後、2002年にシカゴ大学化学科の助教授(Assistant Professor)に採用された。その後、2008年には准教授(Associate Professor)となり、2010年には正教授に昇進した。へは既に米国籍を取得している。

 へは2014年に、実業家ハワード・ヒューズによって1953年に設立された非営利の医学研究機関であるハワード・ヒューズ医学研究所(Howard Hughes Medical Institute)より研究資金の支援を受けることとなった。
 同研究所はトップクラスの研究者に対し、大学等に在籍のまま同研究所の研究員として雇用し、最低5年間にわたり研究資金を提供する。同研究所から資金提供を受けた研究者からノーベル賞受賞者を多く輩出しており、日本の利根川進博士も同研究所からの資金拠出を受けている。中国系では銭沢南が、2009年から2016年まで同研究所の理事長を務めた。 

RNAのメチル化の研究で成果

 チュアン・ヘの研究は、ケミカルバイオロジー、微生物学、生物無機化学、細胞生物学、構造生物学など幅広い分野をカバーしてきた。とりわけ、転写後の遺伝子発現制御における可逆的なRNAメチル化の発見と解読で、大きな成果を挙げてきた。

 へは2010年に、RNA修飾は可逆的であり、調節的な役割を果たしている可能性があるとの仮説を示した。その後2011年には、哺乳類のメッセンジャー RNA (mRNA) における m6A(N6-メチルアデノシン)のメチル化を酸化的に逆転させる最初の RNA デメチラーゼを発見した。m6Aの存在は、1974 年に真核生物の mRNA とウイルスの mRNA の両方で発見されていたが、生物学的重要性と機能的役割は知られていなかった。 

 2012 年には他の研究者らが、哺乳動物の細胞および組織における m6A のトランスクリプトーム全体のマッピングを作成し、独特の分布パターンが明らかになった。へはこれを受けて、m6Aに結合し、装飾情報を認識することでm6A修飾mRNAの安定性と翻訳効率に影響を与えるリーダータンパク質を同定することにより、mRNAメチル化の機能的役割を解明した。さらに彼のグループは、このメチル化を媒介するメチルトランスフェラーゼ複合体も精製した。

 チュアン・ヘは、DNAメチル化も研究しており、ゲノム全体にわたり塩基単位5-ヒドロキシメチルシトシン(5hmC)をマッピングできる方法であるTAB-seqと、検出およびプロファイリングのために 5hmC を共有結合的に標識する方法である hmC-Seal を発明している。

ウルフ賞化学部門を受賞

 研究成果を挙げるにつれ、チュアン・へは国際的に評価されていく。

 へは2005年に、ベックマン財団から若手研究者賞を受賞した。

 へは2017年に、メモリアル・スローン・ケタリング癌センターが授与するポール・マークスがん研究賞を受賞した。

 そして2023年には、化学分野での最高賞の一つであるウルフ賞化学部門を受賞した。ウルフ賞は、ドイツ生まれの発明家のリカルド・ウルフが1975年にイスラエルに設立したウルフ財団によって授与される賞であり、受賞分野は農業、化学、数学、医学、物理学、芸術の6部門である。受賞理由は、「RNA 修飾の化学と機能的影響を解明した先駆的な研究(for his pioneering work elucidating the chemistry and functional consequences of RNA modification)」であった。これにより、へはノーベル賞受賞に近い科学者の一人となった。

 なお2023年のウルフ賞化学部門では、へに加え、日本の菅裕明・東京大学大学院理学系研究科化学専攻教授も受賞しており、受賞理由は「タンパク質間相互作用の阻害剤としての環状ペプチドの極めて革新的なインビトロ選択システムの開発(for developing an exceptionally innovative in-vitro selection system for cyclic peptides as inhibitors of protein-protein interactions)」であった。

参考資料

・シカゴ大学HP へ研究室 http://he-group.uchicago.edu/index.html
・中国科学技術大学HP 何川校友当选HHMI研究员 https://employment.ustc.edu.cn/cn/indexnews.aspx?sign=635041262712343120
・ベックマン財団HP https://web.archive.org/web/20180801220944/http://www.beckman-foundation.org/beckman-young-investigators/chuan-he
・メモリアル・スローン・ケタリング癌センターHP 2017 Prize Winners https://www.mskcc.org/research-advantage/impact/paul-marks-prize-research/2017-prize-winners
・ウルフ賞HP Chuan He https://wolffund.org.il/chuan-he/