はじめに

 アンドリュー・チーチー・ヤオ(1946年~)清華大学教授は、2021年に京都賞を受賞した。米国で博士号を取得し、米国で優れた研究成果を挙げたが、近年米国の職と国籍を棄てて、中国に戻った。台湾、香港ともつながりがある。

姚期智
姚期智 百度百科HPより引用

生い立ちと基礎教育

 アンドリュー・チーチー・ヤオ(Andrew Chi-Chih Yao、姚期智)は、1946年上海に生まれた。当時は、日本軍が第二次世界大戦に敗北して撤退し、国民党と共産党が内戦を繰り広げていた時期である。この国共内戦は共産党の勝利となり、1949年に中華人民共和国が建国され、蒋介石率いる国民党とその関係者・支持者は台湾に逃れた。幼なかったヤオは、家族とともに香港を経由して台湾に渡り、そこで基礎教育を受けている。

 1967年にヤオは、台北市にある国立台湾大学で物理学修習による学士号を取得している。国立台湾大学は、日本統治時代の1928年に台北帝国大学として設立され、戦後、現在の名前に変更された。

米国留学と博士号取得

 学士号を取得の後、アンドリュー・チーチー・ヤオは米国のハーバード大学に留学し、1972年に同大学より物理学の博士号を取得した。ヤオはその後イリノイ大学に移り、1975年に今度は計算機科学で同大学より二つ目の博士号を取得した。

 イリノイ大学は、イリノイ州中部のアーバナ市とシャンペーン市に立地する州立大学であり、筆者も1977年一年間この大学に留学し修士号を取得している。
 ハーバード大学など私学優位の米国で、州立大学としてトップクラスにあるのはカリフォルニア大学やミシガン大学であるが、イリノイ大学は近くのウィスコンシン大学やパデュー大学などとともに次のレベルの大学である。
 ただ米国の場合、大学全体のレベルと個々の学科・学部のレベルとでは異なる場合が多く、イリノイ大学も工学部に優れた学科を多く擁し、計算機科学、土木工学などは全米トップレベルと言われている。また、これまでに世界でノーベル物理学賞を二度受賞した科学者に、米国のジョン・バーディーン(John Bardeen)博士がいるが、同博士が二度目の物理学賞の受賞対象である超伝導の理論を研究したのは、このイリノイ大学の教授在籍中である。

米国の著名な大学で計算機科学理論を研究

 アンドリュー・チーチー・ヤオは二つ目の博士号取得の後、マサチューセッツ工科大学(MIT)助教(1975年)、スタンフォード大学助教(1976年)、カリフォルニア大学バークレー校教授(1981年)、スタンフォード大学教授(1982年)を経て、1986年にプリンストン大学コンピュータ科学科の教授に就任した。

 この華麗なる職歴において、ヤオは「計算と通信の革新的な基礎理論の構築により、情報科学における新たな潮流を作り出し、暗号や量子計算などの最先端研究にも多大な貢献を果たすとともに、セキュリティ、秘密計算やビッグデータ処理などの現代社会における実問題にまで影響を与え続けた(後述する京都賞の受賞理由より引用)」。

著名な国際賞を獲得

 アンドリュー・チーチー・ヤオは、京都賞以外にもいくつかの著名な国際賞を受賞している。1996年にヤオは、計算機科学の基礎に対する優れた貢献に贈られるクヌース賞の第一回目の受賞者となっている。この賞は、米国の計算機科学者でアルゴリズム解析など計算理論の発展に貢献したドナルド・エルビン・クヌース(Donald Ervin Knuth)を記念した賞である。

 続いて1999年にヤオは、チューリング賞を受賞する。同賞は、計算機科学分野の国際的な学会であるACM(Association for Computing Machinery)が、同分野における重要性を持つ主要な業績に対して授与されるものであり、理論計算機科学や人工知能の重要な創始者とされる英国の計算機科学者アラン・チューリング(Alan Mathison Turing)の名に由来する。

 そして2022年には、日本の京都賞を受賞した。京都賞は、1984年に京セラの創業者である稲盛和夫が設立した公益財団法人稲盛財団が毎年授与している国際賞である。京都賞には、先端技術、基礎科学、思想・芸術の3つの部門があり、姚期智が受賞したのは先端技術部門である。
 京都賞受賞後にノーベル賞を受賞した科学者はこれまで8名にのぼり、日本人では赤崎勇(2009年、先端技術)、山中伸弥(2011年、先端技術)、大隅良典(2012年、基礎科学)、本庶佑(2016年、基礎科学)の4名となっている。

 この様な華麗な経歴から、ヤオにノーベル賞受賞が期待されるが、姚期智の専門分野が計算機科学というノーベル賞とは少し遠い分野であることも事実である。

新中国へ回帰

 アンドリュー・チーチー・ヤオは、2004年に中国科学院の外国籍院士に選任されたことを契機に、米国プリンストン大学教授の地位を投げ打ち、清華大学高等研究センターの教授に就任した。ヤオは翌2005年に、香港中文大学の教授も兼任した。2011年には、清華大学に学際的情報研究院が設置され、ヤオはその院長となった。

 さらに2015年ヤオは、ノーベル賞学者の楊振寧とともに中華民国籍と米国籍を放棄し、中華人民共和国国籍を取得した。これにより両名は、中国科学院の外国籍院士でなくなったため、中国科学院は2017年に両名を改めて通常の院士に選任している。

 2020年には、上海市が主導して人工知能や量子コンピュータなどを研究する「上海期智研究院」が開設された。ヤオ(姚期智)の名前「期智」を冠した研究所であり、ヤオはその院長を兼務している。

参考資料

・チューリング賞HP 「ANDREW CHI-CHIH YAO」https://amturing.acm.org/award_winners/yao_1611524.cfm
・京都賞HP 「アンドリュー・チーチー・ヤオ」 https://www.kyotoprize.org/laureates/andrew_chi-chih_yao/
・清華大学HP 「姚期智 / Andrew Chi-Chih Yao」https://iiis.tsinghua.edu.cn/zh/yao/
・上海期智研究院HP  http://sqz.ac.cn/
・サイエンスポータルチャイナ楊振寧氏と姚期智氏、中国科学院院士に2017年2月22日