習近平政権の科学技術政策~創新駆動型発展戦略
習近平政権の科学技術イノベーション政策は「創新駆動型発展戦略」と呼ばれるが、前の胡錦濤政権と大きく変わらず、基本的には改革開放以来の科学技術を第一の生産力とする鄧小平の路線を引き継ぐものである。また、胡錦濤政権時代により強調された創新(=イノベーション)重視も変わらない。
習近平政権の科学技術の特長
研究開発資金の拡充
習近平政権の科学技術の特徴の一つ目は、江沢民と胡錦濤両政権時代に続く、研究開発資金の拡充である。
次表に示すとおり、2013年には1兆1850億元(18兆6600億円)であったものが、2017年には約1兆7610億元(29兆2200億円)までになっている。ただ、胡錦濤政権の末期にはGDPも研究開発費も日本を追い抜いて世界第二位となっており、伸び率はそれほど大きなものではない。2017年時点で、中国は日本を遙かに凌駕し米国の半分程度に達している。
図表 研究開発費の比較
国名 | 2013年の研究開発費 | 2017年の研究開発費 | 伸び率 |
---|---|---|---|
中国 | 1兆1850億元(18兆6600億円) | 1兆7610億元(29兆2200億円) | 7.78倍 |
米国 | 4550億ドル(44兆4000億円) | 5430億ドル(60兆9300億円) | 1.77倍 |
日本 | 18兆1300億円 | 19兆500億円 | 1.21倍 |
世界全体を見据えての科学技術推進
習近平政権の科学技術の特徴の二つ目の特徴は、中国国内だけでなく世界全体を見据えて科学技術を推進するという考えが強くなってきたことである。
これまでの政策は、欧米を科学技術の先進諸国と見て、これらにどのように追いつくかという観点からの政策が主体であったが、すでに様々な科学技術指標で欧州諸国や日本を追い越しつつあり、科学技術の巨人である米国の背中が見えてきているのが現状である。そこでこの発展著しい科学技術力をもとに、アヘン戦争以来の屈辱の歴史に終止符を打ち中華民族の偉大な復興を目指そうとするものである。一帯一路と科学技術との連携もその一環である。
ハイテク技術の産業化の促進
習近平政権の科学技術の特徴の三つ目の特徴は、ハイテク技術の産業化の促進である。
すでに基礎研究などで米国と並び世界最先端に位置することになったとの自負から、習近平政権はこの科学技術力を活かした産業政策の展開を図っている。ICT、バイオなどのハイテク技術への支援を強化し、その産業化を促進している。その代表的な政策が「中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025)」であり、AI、インターネット、電気自動車などの個別産業政策も次々と打ち出している。
研究不正や研究倫理問題の顕在化
習近平政権の科学技術の特徴の四つ目の特徴は、研究不正や研究倫理問題の顕在化である。
急激な研究資金や研究者数の増加を受けて論文や特許取得数が激増してきたが、それに伴って研究不正などの問題が急増している。
とりわけ腐敗撲滅を掲げた習近平政権では、研究不正が科学者・技術者の腐敗と捉えられ、多くの関係者が取り調べられ更迭されている。また研究倫理での課題も出てきている。
一昨年にゲノム編集技術を用いた双子のベビー誕生で世界を仰天させており、霊長類を用いた実験動物の扱いを巡っても欧米諸国の研究コミュニティとの間で議論が行われている。
これらは、科学技術活動が大きくなったことが主因であるが、放置すれば科学技術先進国としての中国の評価にマイナスとなることに留意すべきであろう。
習近平政権での成果
中国の科学技術力は改革開放以来の弛まぬ努力を経て向上し、現在では論文や特許取得などの指標で見て、分野によっては世界トップを走る米国と競争しうる立場にまで来ている。
習近平政権での具体的な成果としては、まず宇宙開発を挙げる必要があろう。「神舟」シリーズによる有人宇宙飛行を次々と成功させ、2013年末には「嫦娥3号」が月面軟着陸に成功し、あわせて月面車「玉兔」の活動にも成功した。2019年1月には、「嫦娥4号」は月の裏側への着陸に世界で初めて成功した。このほか、やはり世界で初めて量子通信の実験を行うための人工衛星「墨子」を、2016年に打ち上げている。
2015年12月、抗マラリア薬であるアルテミシニン(青蒿素)を発見した屠呦呦(とようよう)が、中国国内で研究を続けた中国人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した。2016年6月には、国家並列計算機工学技術研究センターが開発したスパコン「神威・太湖之光」が、93ペタフロップスの計算速度によりランキングTOP500で1位となった。
次表に示すとおり、中国は科学論文数でさらに拡大を続けており、2017年時点では米国とほぼ互角となっている。なおこの表は、クラリベート・アナリティクス社のデータをもとに科学技術・学術政策研究所が集計したものを用いているが、別途米国のNSFが公表したデータではすでに中国は科学論文数で米国を抜き去って世界第一位であるとしている。
図表 主要国の科学技術論文数の比較(単年、整数カウント法)
国名 | 2013年の論文数 | 順位 | 2017年の論文数 | 順位 |
---|---|---|---|---|
中国 | 218,092 | 2 | 344,733 | 2 |
米国 | 342,915 | 1 | 370,833 | 1 |
日本 | 78,611 | 5 | 80,521 | 5 |
また次表は、この時期に他の主要国と比較して、どの程度中国の特許申請件数が増加したかを見たものである。これで見ると、中国の特許出願数の増加もさらに加速し、2018年時点で米国の約3倍、日本の約5倍となっている。
図表 主要国の特許出願件数の比較(単位:万件)
国名 | 2013年 | 順位 | 2018年 | 順位 |
---|---|---|---|---|
中国 | 82.5 | 1 | 154.2 | 1 |
米国 | 57.2 | 2 | 59.7 | 2 |
日本 | 32.8 | 3 | 31.4 | 3 |
韓国 | 20.5 | 4 | 21.0 | 4 |
参考資料
・文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2019」https://www.nistep.go.jp/archives/41356