はじめに
周琪(Zhou Qi)は、中国における幹細胞研究の第一人者であり、現在、中国科学院副院長(序列第4位)および中国科学院大学学長を務めている。

生い立ちと教育
周琪(Zhou Qi)は1970年に、中国東北部・黒竜江省ハルビン市に生まれた。
黒竜江省は中国の北東端にあり、黒竜江(アムール川)をはさんでロシアと国境を接している。周琪が生まれたハルビン市は同省の省都であり、ロシア帝国による東清鉄道の建設を契機に、ロシア風の街づくりが進められた。現在でも、聖ソフィア大聖堂(下の写真参照)の様に、多くのロシア風の建造物が残っている。

周琪の両親は学校の教師であり、それほど裕福ではなかったが、家には多くの書籍があった。両親は周琪に対し、国を愛すること、先生を敬うこと、礼儀正しく品格のある人間となることを教えたが、成績の良し悪しはあまり気にしなかった。
周琪の生まれたときには既に文化大革命が始まっており、四人組が逮捕されて終了したのが周琪の6歳となった1976年末であるので、文革の悪影響はほどんどなかったと想定される。
両親には強制されなかったが、周琪はよく勉強して成績優秀であったため、大学に入る前に二度の飛び級をしている。そして1987年にハルビン市にある東北農業大学に入学した。
発生生物学に強く惹かれる
東北農業大学に入学した周琪が強く惹かれたのは、発生生物学とりわけ幹細胞の研究であった。東北農業大学で学部と大学院時代を過ごし、1996年に同大学から理学博士の学位を取得した。
周琪は1997年に、北京にある中国科学院・発生生物学研究所(現遺伝・発生生物学研究所)のポスドク研究員となり、幹細胞研究を続行した。この時期に周琪は世界の幹細胞研究について、国際的な専門誌や学術誌を綿密に調べたところ、中国の研究レベルと欧米など世界最先端の研究レベルが大きく違うことを痛感した。そこで周琪は1999年にフランスにわたり、フランス国立農業センター・分子発生生物学部門のポスドク研究員となって、最先端の幹細胞研究を学んだ。
iPS 細胞研究で成果
周琪は、フランスでの研究成果が認められて、2001年に中国政府の人材招へい政策である百人計画に選出された。翌2002年に帰国し、中国科学院・動物研究所の研究員となり、幹細胞研究部門を立ち上げた。
2006年に世界の幹細胞研究で大きな進展があった。京都大学山中伸弥教授によるiPS 細胞の開発である。中国においてもiPS 細胞の発見は驚きとともに伝えれられ、幹細胞研究者である周琪もiPS 細胞に大きな関心を持って研究に取り組んだ。
2009年、周琪ら動物研究所のチームは、iPS 細胞研究に関し世界を驚かせる研究成果を発表した。山中教授が発見したiPS 細胞に関し、生体由来のES細胞と同様の様の多能性細胞であると証明するには、iPS 細胞で丸ごとマウスを作製することが重要であった。しかし、日本や欧米の研究者の必死の努力にもかかわらず、なかなかうまくいかなかった。このため、欧米の学者の一部からは、iPS 細胞は ES 細胞とは違い多能性を十分に持った細胞ではない、という主張も出ていた。
周琪らはマウスの皮膚細胞から iPS 細胞を樹立し、「四倍体胚補完法」という技術を用いて世界で初めてiPS 細胞由来のマウスを作製することに成功したのである。世界で最初に iPS 細胞から作られた動物(マウス)の名前は、「小小(Xiao Xiao)」、英語名「Tiny」と付けた。この成果は、2009 年 7 月 Nature(461 号、86~90 ページ)に発表された。
iPS 細胞由来のマウス「小小」の作製は、大きな賞嘆の声により世界に迎えられ、たとえば米国の週刊誌 TIME は、2009 年度の「医学分野におけるブレークスルー」トップ 10 の発表で、この「iPS 細胞誘発によるマウス育成の研究」を第 5 位にランクインさせている。山中博士は2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞したが、この周琪の研究成果が同賞受賞に大きな影響を与えたとも言われている。
周琪は2015年に、中国科学院院士に当選した。
中国科学院副院長、中国科学院大学学長に就任
2026年現在、周琪は中国科学院副院長(序列第4位)であり、また、中国科学院大学の中国共産党委員会書記兼学長である。
筆者である林は、周琪が中国科学院・動物研究所の研究員時代に、同研究所を訪れてお会いしたことがある。
周琪は、大柄の人が多いという中国東北地方の出身らしく、身長 186 センチメートルと長身で、ゆったりとした風貌の人であった。周琪によれば、2006 年の山中教授による iPS 細胞の開発以降、中国でも高い関心をもって研究が行われており、自分も幹細胞研究の一環として取り組んできた。
「世界で最初に iPS 細胞から作られた動物(マウス)の名前を、『小小』と付けた理由は、マウスの体が小さかったからか?」との質問に対し、「成果としては大したことではないから」と謙虚に答えていたのが、印象的であった。

参考資料
・中国科学院・科学智慧火花HP 周琪:走过“寂寞谷”的院士
https://idea.cas.cn/xyx/xyx_zgkxydx/xyx_kyrwzf/info/2016/504390.html
・捜狐HP 从顶尖科学家到中国科学院大学校长,周琪低调而不凡的学术人生
https://www.sohu.com/a/705670088_99977724


