中国科学院大学の概要

中国科学院大学(雁栖湖キャンパス)の正門
中国科学院大学(雁栖湖キャンパス)の正門 百度HPから引用

○中国科学院大学は中国科学院の直属大学であり、安徽省合肥にある中国科学技術大学の兄弟大学になる。

○メインのキャンパスは、北京市郊外で万里の長城に近い雁栖湖にあり、国が総力を挙げて整備を進めている北京懐柔総合国家科学センターの一部を形成している。

○中国科学院の傘下の研究所が、一体となって同大学の育成強化にあたっており、今後北京大学清華大学に比肩するような国際的にも優れた大学となる可能性を秘めている。

1. 名称と所管

(1)名称

・日本語表記 中国科学院大学
・中国語表記 中国科学院大学  略称 国科大
・英語表記 University of Chinese Academy of Sciences UCAS 

(2)所管

 中国科学院の直轄大学である。

2. 本部の所在地

 大学の本部は、北京市の西部で紫禁城の西約10キロメートルに位置する石景山区玉泉路にある。同所は、中国科学院が中国科学技術大学を開学した場所であり、現在は中国科学院・高エネルギー物理研究所などがある。 

3. 沿革

(1)中国科学院による研究生の受け入れ

 中華人民共和国が1949年10月に建国され、その直後に中国科学院が設置された。建国直後の中国では、技術者などの人材不足が目立ち、既存の大学ではその需要を満たすことが困難であった。
 このため、中国科学院は不足する技術者養成を支援する目的で、1951年夏から傘下の研究所に研究生の受け入れを開始した。この時は大学への研究生受け入れも併せて行われ、中国科学院に95名、人民大学101名、その他の大学に80名の研究生が受け入れられた。

 この受け入れが成功したことを受けて、その恒久化を目指して検討が進められ、1955年に周恩来首相の署名を経て「中国科学院研究生暫行条例」が公布施行され、呉有訓を委員長とする「中国科学院研究生招生委員会」が成立した。以降1965年までの招生研究生は1,518名に達した。
 1964年には、当時北京の中関村にキャンパスの一部があった中国科学技術大学の協力を得て、中国科学院「研究生院」を試験的に立ち上げる試みを行った。
 しかし、文化大革命が始まり中国科学院の運営全体が混乱する中で、研究生院の設置に対する議論は先送りされた。
 さらに、中国科学院への研究生招生そのものも、1966年には完全に中断した。

(2)研究生院の設立

 文革終了後の1977年9月、中国科学院所属の研究所における研究生制度の再開が決定された。

 さらに翌1978年3月、研究生院が北京で正式に設立され、厳済慈が同院の院長に就任した。

 中国科学院は1981年に、通常の大学である中国科学技術大学とは別に、博士号及び修士号の授与教育機関として認可を受け、翌年から博士号及び修士号の授与を開始した。

(3)中国科学院大学へ名称変更

 中国科学院の教育機能の強化を目指し中国政府内で議論が進められた結果、2001年に国務院教育部などの承認を得て、研究生院は「中国科学技術大学研究生院(北京)」という名称となった。さらに2012年には、「中国科学院大学」と名称が再度変更された。位置づけとしては、中国科学院傘下の研究所で受け入れている大学院生(研究生)のスクーリング的な業務を中心として行う機関であった。

(4)本科生(学部学生)の募集開始

 2014年には、中国科学院大学として本科生(学部学生)を募集することが教育部に承認され、数学・応用数学、物理学、化学、生物科学、材料科学・工学、計算機科学・技術の6学科に332名の学生を入学させた。

 2015年には、現在同大学の最大のキャンパスである雁栖湖キャンパスがオープンした。また存済医学院が開学し、医学やライフサイエンスの基礎研究を中心とした大学院教育を担うこととなった。

4. 現在の指導部

 現在の中国科学院大学の学長は、中国科学院本体で副院長(序列第4位)を務める周琪の兼務となっている。2023年5月に学長を兼務した。慣例としてこの大学の前身である中国科学院の研究院院長から数えることになっており、李学長は厳済慈初代院長から数えて9代目である。また、同大学の共産党委員会書記は、周琪学長が兼務している。

 周琪学長は1970年生まれで、1996年に中国黒竜江省ハルビン市にある東北農業大学で博士号を取得し、その後フランスの国立農業研究所で研究を行った。2003年に帰国し、中国科学院動物研究所の幹細胞研究部門を立ち上げた。2017年に動物研究所の所長となり、2020年には中国科学院の副院長に就任した。
 彼は元々動物クローンの研究者で、2009年にマウスの皮膚細胞からiPS細胞を樹立し、それを「4倍体胚補完法」という技術を用いて、世界で初めてiPS細胞由来のマウスを作製することに成功し、ネイチャーに発表した。iPS細胞由来マウスの作製は大きな賞嘆の声により世界に迎えられ、2012年の山中教授のノーベル賞受賞に大きな影響を与えたと考えられる。

周琪と筆者
周琪(右、2013年撮影、当時実験動物研究所研究員)と筆者

5. 規模

(1)規模のデータ

 中国科学院大学は、大学院生数では中国の主要大学中でトップクラスであるが、学部学生数、留学生数、専任教師数、総予算では他の主要大学に比して少ない。具体的な数値で見たのが下表である。
 大学院生数は、他の主要大学の中でトップの清華大学より遥かに多い数字となっているが、これは中国科学院大学が通常の大学ではなく、ほとんどが中国科学院傘下の研究所に所属する大学院生をカウントしているためである。

 学部学生数、留学生数、専任教師数、総予算が他の主要大学と比較して小さいのは、中国科学院傘下の研究所に直接関わる部分を除いているからである。
 例えば、専任教師数は約3,000名で少ないが、各研究所にいる博士指導教官や修士指導教官などは膨大で、HPによれば全体で約13,000名に達するという。中国の大学で最大の吉林大学の約6,500名の倍になっている。

 中国科学院大学中国1位の大学 
学部学生数1,640名(129位)鄭州大学 47,000名詳細データ
大学院生数57,375名(-位)清華大学 38,850名詳細データ
留学生数1,751名(13位)北京大学 6,857名詳細データ
専任教師数3,155名(18位)吉林大学 6,506名詳細データ
総予算45.30億元(50位)清華大学 362.11億元詳細データ

(2)キャンパス

  中国科学院大学は、北京市内に玉泉路、中関村、奥運村、雁栖湖の4キャンパスを有している。
 本部はすでに述べたように発足の地である玉泉路キャンパスにあり、北京市内で中国科学院の研究所が複数存在する中関村と奥運村(北京オリンピックの選手村があったところ)にキャンパスを有している。

 中国科学院大学の最も大きなキャンパスである雁栖湖キャンパスは、北京市内のはるか郊外・懐柔区(怀柔区)内で、紫禁城から見て約70キロメートル北北東の位置にある。同キャンパスから西2キロメートルの位置に、万里の長城の一部である慕田峪長城がある。雁栖湖内に突き出た場所に国際会議場とホテルがあり、2014年にAPEC北京会合が開催されている。近年は、下記の特記事項(2)に紹介したように、中国科学院大学の近辺に中国科学院の多くの共用研究施設の建設が進められており、一大研究基地となっている。

(3)学部

 中国科学院大学は、政府の教育部が定めている12の大分類(日本の大学の学部に相当)のうち、大学院レベルで、哲学、経済学、法学、教育学、文学、歴史学、理学、工学、農学、医学、管理学の大分類を有している。したがって、中国科学院の所管する大学ではあるが、典型的な総合大学と言える。なお、学部生は理学と工学が中心である。

(4)双一流学科建設

 中国は2017年に、国内の大学とその学科を21世紀半ばまでに世界一流とすることを目標とする政策(双一流政策)を開始した。2022年に改訂された双一流学科建設において、中国科学院大学は以下の2学科が選定されている。
  ○理学系(1) 化学
  ○工学系(1) 材料科学・工学

(5)附属医院

 HPによれば、中国科学院大学は次の7の附属医院および医院医院を有している。ただ、これらの病院は他の大学の医学院の附属病院とは違い、元々存在していた病院を研究目的で協力することとしたものである。
・中国科学院大学附属北京懐柔医院
・中国科学院大学華北医院
・中国科学院大学深圳医院
・中国科学院大学重慶医院
・中国科学院大学重慶仁済医院
・中国科学院大学寧波華美医院
・中国科学院大学附属肿瘤医院(浙江省肿瘤医院)

6. 研究開発力

 中国科学院大学は、中国の主要大学においてトップレベルの研究開発力を有すると考えられるが、これは大学単体のものではなく、大学院生が属する中国科学院付属研究所の能力をカウントしている可能性が高いことに留意する必要がある。

(1)研究開発力のデータ表

 中国科学院大学の研究開発力を、データとして示したのが下表である。
 このうち、SCI論文数とはラリベートアナリティックス社のデータによる論文数、Nature Indexとは世界トップクラスの科学誌・学会誌掲載の論文数による指標である。国家重点実験室は下記(2)も参照。

 中国科学院大学の論文数や引用数は、指導教官である中国科学院の研究者との共著論文が中心であると考えられるため、これを割り引いて考える必要がある。

 中国科学院大学中国第1位の大学 
SCI論文数1位中国科学院大学詳細データ
Nature Index1位中国科学院大学詳細データ
国家重点実験室数清華大学 13か所詳細データ
NSFC面上項目予算113位上海交通大学詳細データ

(2)国家重点実験室

 中国科学院大学のHPによれば、73の国家重点実験室を有している。
 ただこの数字は、中国科学院傘下の各研究所にある国家重点実験室の総数であり、他の主要大学とは違って意味合いを有している。したがって、上記のランキングでは他校と比較していない。

7. 国内および国際的な評価

 中国の国内と国際的な評価を示したのが下表である。国内では国務院教育部と中国校友会、国際では英国のQS(Quacquarelli Symonds Limited)とTHE(Times Higher Education)のランキングを示した。また、卒業生の中での傑出科学技術人材数の校友会ランキングも、併せて示した。
 これで見ると中国科学院大学は、主要大学の中で、中国国内での評判も国際的な評判も高くないかカウントされていない。おそらく中国科学院大学の性格と歴史の新しさによるものと考えられる。

 中国科学院大学中国第一位の大学 
教育部ランキング17位清華大学詳細データ
校友会ランキング北京大学詳細データ
QSランキング世界428位 中国24位北京大学 世界12位詳細データ
THEランキング北京大学、清華大学 世界16位詳細データ
校友会傑出人材北京大学詳細データ

8. 国際性

(1)他国の大学等との協力

 中国科学院大学のHPによれば、2022年現在、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、コロンビア大学、スタンフォード大学、ケンブリッジ大学などの世界クラスの大学や、英国王立科学アカデミー、フランス国立研究センター、ドイツ学術交流センター、米国科学アカデミーなどの国際的に有名な科学教育機関と提携関係を築いている。

(2)留学生の受け入れ

 中国科学院大学は、ドイツ、ロシア、米国、デンマーク、パキスタン、ケニアを含む 98 か国からの留学生を受け入れており、彼らは修士号と博士号の取得を目指して勉強している。

9. 特記事項

(1)中国科学院が総力を挙げてブランド化

 中国科学院は長い間、傘下の研究所で研究生を受け入れ、個々に後進の育成にあたらせていたが、中国科学院大学と名称を変更してからは同大学のブランド化を、中国科学院が総力を挙げて推進している。

 研究生院としていた時代は傘下の各研究所が主体であり、研究生院はこれら全体の研究生(大学院生)のスクーリング的なものが中心であった。しかし現在は、既に学部学生も入学させており、他の主要大学と変わらない形になりつつある。中国科学院としては、合肥にあって独立的な色彩が強くなってきた中国科学技術大学とは違い、自らのイニシアティブが発揮しうる中国科学院大学を北京大学や清華大学に準ずる大学とすべく努力していると考えられる。

(2)北京懐柔総合国家科学センター

 中国科学院大学の雁栖湖キャンパスのある北京市懐柔区と隣接する密雲区にまたがる約100平方キロメートルの地域に、中国政府が推進する4大国家総合科学センターの一つである北京懐柔総合国家科学センターが設置されている。
 同センターには、大学や企業の研究施設、インキュベーションセンターに加え、国際会議場や文化施設が複合的に集約されている。
 同センターに進出した企業に対して、法人税(直接税)や付加価値税(間接税)の納付額に応じた補助金の仕組みが整備されている。生活面においても住居が整備され、進学実績の高い北京市内の小中学校の分校等も複数設置し、研究者が安心して生活できる環境を提供している。 

参考資料

・中国科学院大学HP https://www.ucas.ac.cn/xxgk/glzc/index.htm
・中国科学院大学存済医学院HP https://med.ucas.ac.cn/
・Science Portal China HP 《科学技術インフラ》北京懐柔総合国家科学センターについて https://spc.jst.go.jp/experiences/beijing/bj21_053.html#note1