はじめに

 ジージャン・チェン (1966年~)は、自然免疫における細胞シグナル伝達に関する研究で、2018年に生命科学ブレークスルー賞を、2023年にルイザ・グロス・ホロウィッツ賞を、2024年にラスカー賞を受賞した。チェンは、盧煜明(デニス・ロー)香港中文大学教授や、チン・W・タン(鄧青雲)香港科技大学教授と並んで、現在最もノーベル賞受賞の可能性が高いと目される中国系科学者の一人である。

ジージャン・チェンの写真
ジージャン・チェン(陳志堅) 百度HPより引用

生い立ちと教育

 ジージャン・チェン(Zhijian James Chen、陳志堅、陈志坚)は1966年に、福建省泉州市安渓県に生まれた。安渓県は、高級ウーロン茶として知られる鉄観音茶の産地として有名である。

 チェンの家庭は裕福ではなく、父は同じ福建省の南平市に出稼ぎで出ており、母は臨時教師であった。チェンは三人兄弟の長男であり、勉強をしながら家計と母を助けるため働いた。

 文化大革命は、チェンが10歳の1976年に終了しており、それほど影響は受けなかった。チェンは、13歳となった1979年に地元の中学校に入学した。チェンは15歳の1981年に、福建省の省都・福州市にある福建師範大学に飛び級で入学した。

 チェンは19歳の1985年に、福建師範大学の生物学科を卒業して学士を取得の後、引き続き同大学の大学院で生物化学の修士学位取得を目指した。

米国に留学

 修士課程の大学院生であったジージャン・チェンは、福建省が行った留学生試験を受験し、省内トップの成績を収めた。福建省から留学の費用を得たチェンは、20歳となった1986年に米国ニューヨーク州立大学バッファロー校に入学し、生物化学で博士の学位取得を目指した。

 博士課程の時代のチェンは、タンパク質ユビキチンの生物化学的なシグナル伝達に関心を持ち、これが彼の将来の研究方向を決定していった。

 チェンは1991年に、ニューヨーク州立大学から生物化学専攻で博士の学位を取得した。その後チェンは、ソーク生物学研究所や民間のバイオベンチャーで新薬の研究などに携わった。

 この時期にチェンは、酵素キナーゼがNF-κBシグナル伝達機構で機能するためには、ユビキチンによって「活性化」される必要があると考えた。
 そしてチェンは1997年に、ユビキチンの研究をさらに進めるため、ダラスのテキサス大学サウスウェスタン医療センターに助教授(Assistant Professor)に転職した。その後、准教授、教授と昇進している。

 またチェンは2005年から、ハワード・ヒューズ医学研究所研究員を兼任した。同研究所は、米国の実業家ハワード・ヒューズによって1953年に設立された非営利の医学研究機関である。同研究所のInvestigator Programは、トップクラスの研究者に対し、大学等に在籍のまま同研究所の研究員として雇用し、最低5年間にわたり研究資金を提供する。
 なお、中国系の科学者・銭沢南(Robert Tjian)は、2009年にハワード・ヒューズ医学研究所の理事長(President)に就任し、2016年までその地位にあった。

免疫研究で成果

 チェンは、修飾を受けたユビキチンは他のタンパク質を認識して修飾させ、いわゆるシグナルの「カスケード」を生み出すことを示した。

 さらにチェンは、NF-κB がどのようにしてインフルエンザやC 型肝炎などのRNA ウイルスに対する免疫応答を開始するかを解明した。そしてこのことは、MAVS(ミトコンドリア抗ウイルスシグナル伝達タンパク質)の発見、抗ウイルス自然免疫反応におけるミトコンドリアの役割、cGAS(サイトゾルDNAセンサー)の発見などの成果につながった。

国際賞の受賞

 これらの成果を受けて、ジージャン・チェンはいくつかの賞を受賞している。 

 チェンは2018 年に、米国NIH財団(FNIH)が生物医学分野の優れた研究を表彰するルーリー賞(The Lurie Prize)を受賞した。受賞理由は、「cGASと関連する経路の発見によりDNAについての長年の疑問を解明(discovered the enzyme cyclic GMP‐AMP synthase (cGAS) and its corresponding pathway, which solved a century-old mystery about DNA)」であった。

 さらにチェンは2019年に、生命科学ブレークスルー賞を受賞した。受賞理由は、「DNA認識酵素cGASの発見を通じた、DNAの細胞内免疫・自然免疫反応の誘発機構の解明(For elucidating how DNA triggers immune and autoimmune responses from the interior of a cell through the discovery of the DNA-sensing enzyme cGAS)」であった。
 ブレイクスルー賞は、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ夫妻らがスポンサーとなって設立された賞であり、日本人では2013年に山中伸弥京都大学教授、2017年に大隅良典東京工業大学特任教授が、それぞれノーベル賞受賞前に生命科学分野でこの賞を受賞している。中国系では盧煜明(2021年)、バージニア・リー(2020年)、シャオウェイ・チュアン(2019年)が生命科学分野を、ジン・イェ(2022年)らが基礎物理学分野を、それぞれ受賞している。

 チェンは2023年にルイザ・グロス・ホロビッツ賞を受賞した。
 ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞は、米国コロンビア大学によって与えられる賞で、2022年までの受賞者総数112名のうち、51名(約45.5%) が後にノーベル生理学・医学賞またはノーベル化学賞を受賞している。

 チェンは2024年、ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞した。受賞理由は、「外来DNAと自己DNAを感知するcGAS酵素を発見し、DNAが免疫反応と炎症反応を刺激する仕組みを解明(For the discovery of the cGAS enzyme that senses foreign and self DNA, solving the mystery of how DNA stimulates immune and inflammatory responses)」であった。
 この賞の多くの受賞者も、後にノーベル賞を受賞しており、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した屠呦呦も2011年に同賞を受賞している。

 チェンは2014年に、米国科学アカデミーの会員に選出された。

参考資料

・実財网HP 陈志坚(院士)https://m.gerenjianli.com/Mingren/53/7es7krt2g1.html?ivk_sa=1024320u
・テキサス大学HP https://www.james-zhijian-chen-lab.org/
・ハワード・ヒューズ医学研究所HP https://www.hhmi.org/scientists/zhijian-james-chen
・FNIHのHP The Lurie Prize In Biomedical Sciences
https://fnih.org/our-programs/powering-science/the-lurie-prize-in-biomedical-sciences/
・ブレークスルー賞HP https://breakthroughprize.org/Laureates/2/L3848
・米国科学アカデミーのHP Zhijian (James) Chen http://www.nasonline.org/member-directory/members/20033190.html
・コロンビア大学HP https://www.cuimc.columbia.edu/news/zhijian-james-chen-and-glen-barber-awarded-horwitz-prize-discovering-cgas-sting-pathway
・ラスカー財団のHP https://laskerfoundation.org/winners/cgas-enzyme-that-senses-self-and-foreign-dna/