はじめに

 チン・W・タン(1947年~)香港科技大学教授は、現在既にテレビ装置などで実用化されている有機ELの開発者であり、また、次世代型の有機薄膜太陽電池の原理を研究した科学者である。タンは、盧煜明と並んでノーベル賞受賞に最も近い中国系研究者の一人である。

チン・W・タンの写真
チン・W・タン 百度百科HPより引用

生い立ちと教育

 チン・W・タン(Ching W. Tang、鄧青雲、鄧青云)は1947年に、英国領香港(当時)の北部にあり広東省深圳と接する、現在の元朗区に生まれた。
 地元元朗の小学校・中学校を卒業し、香港の名門男子高校であるキングス・カレッジ(英皇書院)に入った。高校入学当初は物理や化学が得意ではなかったが、これらが記憶力によるのではなく原理を把握すれば理解でき次のステップにもつながることに気づいて、物理と化学が好きになった。チン・W・タンは、このことが科学者としての自分の将来を決めたと述べている。

 キングス・カレッジを卒業した1967年に、香港を離れカナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学に入学した。1970年には同大学から化学の学士号を取得し、米国ニューヨーク州イサカにあるコーネル大学大学院に入学して物理化学を専攻した。

コダック社で有機ELを開発

 1975年にコーネル大学より博士号を取得したチン・W・タンは、ニューヨーク州ロチェスターを本拠地としていたイーストマン・コダック社に研究員として入社した。コダック社は当時、世界最大の写真用品(カメラ、レンズ、写真フィルム、印画紙、処理剤)メーカーであり、数千人の研究者を抱えていた。

 チン・W・タンがコダックで取り組んだテーマが、有機発光材料である。
 1960年代、ある種の有機材料の表面と裏面の間に高電圧を加えると、電気的作用で発光する電流注入発光現象(EL:Electroluminescence)が発見された。しかし、電気から光への変換効率が低く、駆動に高電圧を要するため、実用化には至らなかった。
 研究を重ねた結果、チン・W・タンは1980年代後半に、2種類の有機分子の薄膜を積層化した新素子構造を考案・試作し、有機発光ダイオード(OLED:organic light-emitting diode)の実用化への道を開いた。
 タンらの研究が契機となり、有機EL素子に用いる新素材の開発や素子構成の最適化の研究が進み、発光効率や信頼性が飛躍的に改善され、有機EL素子が実用化され、テレビなどの表示装置、照明機器の広汎な普及が可能となった。この業績は、材料科学と電子工学の両分野における画期的な成果であった。

 またチン・W・タンは、有機薄膜太陽電池(OPV:Organic Photovoltaics)でも原理的な発見を行っている。有機結晶に入射する光子が反対側の電極に移動して電流を生成する電子と正孔を生成するプロセスに着目し、有機材料を用いた太陽光発電のパネルの開発に尽力した。OPVは、シリコン半導体の代わりに、安価になることが期待されている有機半導体を用いた新しい太陽電池の一つである。有機薄膜太陽電池には、軽量でかつ曲げられるという特徴があり、現在も開発が続けられている。

ウルフ賞や京都賞を受賞

 これらの開発により、チン・W・タンは数々の国際賞を受賞していく。

 2005年、ドイツのアレクサンダー・フォン・フンボルト財団のフンボルト賞を受賞した。

 2011年には、イスラエルのウルフ賞化学部門を受賞している。ウルフ賞は、ドイツ生まれの発明家のリカルド・ウルフが1975年にイスラエルに設立したウルフ財団によって授与される賞であり、受賞分野は農業、化学、数学、医学、物理学、芸術の6部門である。

 2014年には、クラリベートアナリティックス社の引用栄誉賞(当時はトムソンロイター引用栄誉賞)の化学部門を受賞し、ノーベル化学賞に最も近い科学者の一人となった。

 2019年には、日本の京都賞・先端科学部門の受賞者となった。 

ロチェスター大学、香港科技大学へ

 チン・W・タンは、2006年にコダック社を退社して、ロチェスター大学の招聘教授に就任し、さらに2013年からは故郷香港の主要大学の一つである香港科技大学(Hong Kong University of Science and Technology)高等研究所の教授となった。

 タンは、米国籍を取得している。 

参考資料

・Wolf Prize HP 「Ching W. Tang Wolf Prize Laureate in Chemistry 2011」https://wolffund.org.il/ching-tang/
・京都賞HP 「第35回(2019)受賞 先端技術部門 材料科学 チン・W・タン」https://www.kyotoprize.org/laureates/ching_w_tang/
・香港科技大学HP Prof. Ching W. TANG 鄧青雲教授
https://ias.hkust.edu.hk/people/ias-members/alumni/prof-ching-w-tang