はじめに

 任詠華(任咏华、Vivian Yam Wing-Wah、1963年~)は、有機金属発光素子の研究で成果を挙げ、中国科学院院士に当選するとともに、2011年にはロレアル-ユネスコ女性科学者賞を受賞した。

任詠華のアイキャッチ写真
任詠華  百度HPより引用

生い立ちと教育

 任詠華(任咏华、Vivian Yam Wing-Wah)は1963年に、当時英国領であった香港に生まれた。

 父親は香港の名門大学である香港大学を卒業した土木技師であり、母親は専業主婦であった。当時はまだ卓上計算機が普及しておらず、父親は計算尺を用いて仕事をしていて、小さかった任詠華は驚くとともに父親を大変尊敬したという。

 任詠華は地元で基礎教育を受け、成績はそれほど突出して良かったわけではなかったが、化学に強い関心を持っていた。
 小学生の時に温度計を壊してしまったが、その際、中から水銀が漏れ出てそれが丸く固まった。これを観察していた任詠華は、水銀が他の物質と異なる流動性と凝集性を有していることに興味を持った。そしてこれが、現在の集光・発光材料に用いる金属錯体の合成研究につながったと述べている。

香港大学に入学

 任詠華は、父親の卒業した香港大学に入学して、化学を専攻した。
 入学試験の成績は良く、医学部への進学も可能であった。しかし、任詠華は医学の道は金儲けへの道と考え、それよりは小さいころから好きであった化学を専攻した。両親がこの選択について、全く異を唱えなかったことを、任詠華は感謝している。
 学生時代は、化学を中心として勉学にも励んだが、週数回はバドミントンのゲームにも参加した。

 任詠華は、1985年に香港大学を卒業して理学士の学位を取得し、引き続き同大学の大学院に進んで博士学位の取得を目指した。
 大学院で任詠華を指導したのが、7歳年上で新進気鋭の化学者であった支志明(Chi-ming Che、1957年~)である。支志明は、香港大学で博士学位を取得の後に米国カリフォルニア工科大学でポスドク研究を行い、1983年に香港に戻って母校の講師となっていた。

任詠華と支志明の写真
任詠華(右)と恩師・支志明(左) 知乎HPより引用

 博士課程在学中、任永華はルテニウム酸化物の化学的性質を研究した。

香港城市理工学院や香港大学で研究を行う

 任詠華は1988年に、香港大学から博士学位を取得した。研究で身を立てようとする場合、香港や欧米の研究現場でポスドクとなるのが通常のルートであるが、彼女は香港城市理工学院(現在の香港城市大学、City University of Hong Kong )応用科学部で職を得た。
 この大学は、現在では世界でもトップクラスの大学となっているが、当時は設置されたばかりで研究設備は非常に貧弱であったため、講義や実験に用いるビーカーや薬品を自分で発注した。

 任詠華は、香港城市理工学院の学部生への授業に注力し、残った少ない自由時間には母校の香港大学に通い、恩師・支志明の研究室で自らの研究を行った。彼女は発光材料の開発という新しい研究分野に専念した。
 任詠華は、恩師・支志明がポスドク研究を行ったカリフォルニア工科大学のハリー・B・グレイ(Harry Barkus Gray)教授の研究室や、ロチェスター大学のデイビッド・ウィッテン(David Witten)教授の研究室を短期間訪問し、発光の研究を進めた。

 1990年、任詠華は香港大学に職員として採用され、教鞭を執るとともに香港城市理工学院で始めた発光の研究を続行した。
 1991年の夏と1992年の夏、任詠華ははロンドン大学インペリアル・カレッジでノーベル化学賞受賞者のジェフリー・ウィルキンソン(Geoffrey Wilkinson)教授を訪問し、研究を行った。ウィルキンソン教授は、1973年に有機金属錯体の研究でノーベル化学賞を受賞しており、彼女はここで有機金属合成の研究を開始することになった。

 任詠華は、1995年に香港大学の上級講師、1997年に同大学教授に昇進した。

新しい発光材料を開発し、中国科学院院士に当選

 米国や英国での研究経験を受けて、任詠華は発光材料の研究に励み、緑色蛍光タンパク質や他の蛍光材料よりも長いマイクロ秒単位の励起状態寿命を持つ耐久性のある冷発光有機金属発光素子を作製し、有機発光ダイオード(OLED)の開発を促進した。
 任詠華の作製した冷発光有機金属発光素子は、スマホやノートパソコンの効率的ディスプレイ開発を促進することになった。透明なプラスチック、ガラスなどの素材に蒸着させることができ、自動車のヘッドライトの改良や薄型テレビの大型化にも活用できるという。さらに、世界の電力の約5分の1が照明に使用されており、任詠華の開発した材料を用いて効率的な照明を製造することが出来れば、世界の電力消費量に大きな影響を与えることになる。

 任詠華はこの成果を受けて、2001年に38歳で中国科学院院士に当選した。その年に当選した院士の中で最年少であった。ちなみに、恩師の支志明も1995年に中国科学院院士に当選しており、その時の支志明の年齢は任詠華と同じ38歳で最年少であった。

ロレアルーユネスコ女性科学賞受賞

 任詠華は2011年に、発光材料と太陽エネルギーを捕捉する革新的な技術に関する研究で、ロレアルーユネスコ女性科学者賞を受賞した。

任詠華のユネスコ賞受賞写真
ロレアルーユネスコ女性科学賞受賞式での任詠華  香港大学HPより引用

 ロレアルーユネスコ女性科学賞(Prix L'Oréal-Unesco pour les femmes et la science)は、フランスの化粧品会社ロレアルと国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が、科学における女性の地位向上を目的として、科学の進歩に貢献した優れた女性科学者を1998年から表彰している賞であり、受賞者に10万ドルの研究助成金が授与される。
 アジアの女性科学者も多く受賞しており、第一回(1998年)は韓国の微生物学者・柳明姫が、第二回(2000年)は日本の分子生物学者・岡崎恒子名大名誉教授が、第五回(2003年)は電子顕微鏡研究者の李方華(李方华、Li Fanghua)中国科学院物理研究所研究員が、それぞれの国で初めて受賞している。
 葉玉如は、第十三回(2011年)の受賞であり、中国人の科学者では李方華葉玉如(叶玉如、Nancy Y. Ip、1955年~)香港科技大学学長に次いで3人目の受賞であった。

 同賞の授賞式で任詠華は、「科学研究において性別の違いはないが、女性研究者の強みはち密さ、忍耐力、集中力、決断力にあると考えている。この賞の受賞を誇りにし、若い女性研究者を励ますことに役立てたい」と述べている。

参考資料

・知乎HP 她38岁当选院士,发论文460余篇,总引超23000次!
https://zhuanlan.zhihu.com/p/371345032
・PNAS HP Profile of Vivian W.-W. Yam
https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.1307201110