はじめに

 李薫(李薰)は、英国シェフィールド大学に留学した後、中国科学院金属研究所の初代所長となり、中国の冶金技術の確立に貢献した。

李薰の写真
李薫 百度HPより引用

生い立ちと教育

 李薫は、1913年に湖南省邵陽市に生まれた。生家は名家であり、李薫の祖父は清朝で、父は清朝と中華民国で、それぞれ地方政治家として活躍した。兄弟は4人の男子で、李薫は3番目であった。李薫が12歳となった1925年に、父が心身に変調をきたし、職を辞したことから、生家は衰退していった。

 李薫は1930年に地元の初級中学を卒業し、湖南省長沙市にあった岳雲高等中学(日本の高校)に入学した。1932年に優秀な成績で卒業し、北京の清華大学入学を許可されたが、生家が経済的に困窮していたため北京に行くことは出来なかった。李薫は、地元湖南大学の鉱山・冶金工学科に、奨学金を得て入学した。

 李薫は、1936年に湖南大学を卒業し、長沙の工業専門学校の教師となった。

英国への留学

 専門学校の教師となって一年後の1937年、李薫は湖南省が募集した校費留学生試験に合格し、英国に赴くことになった。

 李薫は、シェフィールド大学大学院の冶金工学科に入学した。シェフィールドはイングランド中部ヨークシャー地方にあり、14世紀から鉄鋼や刃物の産地として有名であり、英国の鉄鋼都市との別称を有している。
 猛勉強の結果として、李薫は3年間で大学院教育を終了し、1940年にPhD.を同大学より取得した。

 博士号を取得した李薫は、引き続き大学に留まって研究員となった。
 この時期にシェフィールド大学が英国政府から要請されていたのは、軍用に用いられる鉄鋼の品質向上の問題であった。英国は1939年に、ナチスドイツに宣戦布告していて、既に第二次世界大戦が始まっていた。当時の英国の鉄鋼は内部割れの課題があり、これをシェフィールド大学で解決するよう要請されていたのである。
 李薫らは、鋼鉄中の水素含有量について一連の研究を行い、鋼鉄中の水素の溶解度を測定するための機器を設計・製作し、この計器を使用して鋼鉄の水素割れの現象を解明した。そして、工場生産の際に水素割れしない製造パラメータを策定し、鉄鋼の品質の向上に貢献した。
 これらの研究は、英国の鉄鋼軍事産業の発展に大きく貢献したといわれている。

中国に帰国し、金属研究所初代所長に

 中国では、1945年の日本敗戦の後に国共内戦が続いていたが、最終的に共産党が勝利して1949年に中華人民共和国が建国された。新中国建国後に設置された中国科学院郭沫若院長は、新中国での鉄鋼生産の重要性に鑑み、英国にいた李薫を金属研究所の設置準備委員会のヘッドに迎えることとした。

 中国の東北部(旧満州)に、日本が戦前所有していた満鉄鞍山製鉄所があったが、日本の敗戦後にソ連の支配や国共内戦などで、戦前の稼働時にあった設備の7割から8割が接収・破壊されてしまっていた。そこで中国政府は、この鞍山製鉄所の再稼働を進めるために、遼寧省瀋陽市に金属研究所を設置しようとしたのである。

 李薫は1951年に、英国から中国に帰国して準備委員会のヘッドとなった。1953年、2年間の準備期間を経て中国科学院金属研究所は無事設置され、李薫は初代所長に就任した。

李薫の金属研究所所長任命書の写真
李薫の金属研究所所長任命書 金属研究所HPより引用

金属研究所所長として活躍

 李薫は、鞍山製鉄所との緊密な連携を図り、また自らもスタッフとともに鞍山製鉄所に赴いて、生産現場での課題解決に当たった。この努力により、鞍山製鉄所は1958年に戦前の生産レベルにまで回復した。

 李薫は、金属研究所の研究方向の確立に尽力した。彼は、国家的な要求に退所するため、高温合金、耐火金属、表面コーティング、原子力材料などを、金属研究所の主たる研究目標に掲げた。これにより世界でも最先端の金属材料の研究と試作が進められ、人工衛星、超音速ジェット機、原子力潜水艦などに用いられる重要な材料が提供された。

 李薫はまた、中国政府が1956年に公表した「遠景計画(科学技術発展遠景計画綱要-1956年~1967年)」の策定にも関与し、中国の資源状況に適した合金鋼の研究開発に重点を置き、チタンベース(およびジルコニウムベース)合金などの新素材の研究を実施すべきだと提案した。この提案は遠景計画に取り入れられて、中国の冶金分野の科学研究の展開と長期的発展に大きな影響を与えた。

晩年

 李薫は、1980年に金属研究所の所長を退任し、名誉所長となった。その一年後の1981年に中国科学院の副院長に就任した。

 李薫は、1983年に雲南省昆明に出張したが、そこで病を得て亡くなった。享年70歳であった。

参考資料

・中国科学院金属研究所HP 紀念李薰先生百年誕辰 http://www.imr.ac.cn/zt/lxbn/