はじめに
シュー・チェン(Shu Chien、銭煦、錢煦、1931年~)カリフォルニア大学サンディエゴ校教授は、台湾出身の医学者・工学者であり、血管内の赤血球の流れに関する研究で成果を挙げた。主たる研究成果の発表は1960年代と古いが、近年、米国国家科学賞やベンジャミンフランクリン・メダルを受賞しており、依然としてノーベル賞受賞の可能性もある科学者である。
中国の名門に生まれる
シュー・チェンは、1931年に北京で、中国でも屈指の名門である銭家に生まれた。銭家は、元々浙江省杭州の名門で、十世紀の呉越国の王が祖先である。この銭家の系統には、中国の宇宙開発の父・銭学森、ノーベル物理学賞受賞者のロジャー・チェン(銭永健)、銭沢南カリフォルニア大学バークレー校教授などがいる。
シュー・チェンの家族も、傑出した人物たちである。祖父の銭鴻業は著名な裁判官であったが、日本軍に従順でないとの理由で1941年に日本軍に暗殺された。父の銭思亮(钱思亮、Shih-Liang Chien)は清華大学出身の化学者で、国共内戦の後台湾に渡り、国立台湾大学学長や中央研究院院長を務めている。兄の銭純は、台湾中央銀行の副総裁や財政部長を務めた。弟の銭復は台湾の外交部長を務めた。
医学を志す
シュー・チェンの幼少期は日中戦争の真っ只中であり、北京を離れて上海租界で育った。14歳となった1945年に日本が敗戦となり、1947年に北京大学の医学部予科に入学するも、国共内戦の結果により1949年に一家が台湾に移ったため、チェンも台湾に移り国立台湾大学の医学部に入学した。チェンは、同大学を1953年に卒業している。
米国に留学しコロンビア大学の教授に
シュー・チェンは翌1954年に、米国コロンビア大学に留学し、医学部で生理学を専攻した。併せて同校の助教となり、大学に勤務しながら博士号の取得を目指した。
チェンは1957年にコロンビア大学でPhDを取得し、翌1958年には同大学の助教授(Assistant Professor)となった。その後、1964年には同校の准教授(Associate Professor)に昇進し、1969年に正教授となった。
血流の研究で成果を挙げる
シュー・チェンは1967年に、血管内の赤血球の流れに関する研究成果をサイエンス誌に発表した。
チェンは、赤血球をプラスチック製の多孔質材料で濾過する実験を通じて、赤血球の流動特性を研究した。その結果としてチェンは、赤血球の流れがニュートンの粘性法則に従わず、それが赤血球が毛細血管を通過するのを助ける上で重要であることを発見した。
またチェンは、赤血球が十分な弾力性を有しており、細胞の直径よりも小さな細孔を通過することが出来ることを発見した。健康で正常な赤血球はその形状を変形させることで小さな孔を通過し、この変形は血液の粘度を下げ、流れを促進する。
さらにチェンは、赤血球が凝集して円盤のような形状であるルローを形成し、粘度と血流の調節に重要な役割を果たすことを発見し、このプロセスの機械的、電気的、生化学的な機序を解明した。
国際賞などを受賞
これらの業績を受け、シュー・チェンは米国内や国際的な賞を受賞していく。
1980年に、血液レオロジーの功績を称えるナンシーメダルを受賞した。
1990年と1996年には、米国機械学会(ASME)よりメルビルメダルを受賞した。
2011年には、米国の科学者・工学者にとって最高の賞である「国家科学賞(National Medal of Science)」をオバマ大統領(当時)より授与されている。
そして、2016年には、ベンジャミン・フランクリン・メダル(Benjamin Franklin Medal)を機械工学の功績で授与されている。ベンジャミン・フランクリン・メダルは米国フィラデルフィアにあるフランクリン協会から贈られる科学技術賞であり、この受賞者から多くのノーベル賞受賞者を出していて、日本人では中村修二(2002年・工学)、小柴昌俊 (2003年、物理学)、真鍋淑郎 (2015年、地球科学・環境科学)などの科学者が受賞している。したがって、シュー・チェンもノーベル賞受賞を期待されることになった。
米国の三つのアカデミー全ての会員に
シュー・チェンは、米国国内のアカデミーで熱心に活動を行っており、これまでに三つの主要なアカデミー全ての会員となっている。具体的には、1994年に全米医学アカデミー(National Academy of Medicine) 、1997年に全米工学アカデミー(National Academy of Engineering )、2005年に全米科学アカデミー(National Academy of Sciences)になっている。
また1976年には父・銭思亮が院長を務めていた台湾の中央研究院院士に、さらに2006年には中国科学院の外国籍院士になっている。
シュー・チェンは、1991年にカリフォルニア大学サンディエゴ校に移っている。
参考資料
・中央研究院HP 「生命科學組 院士 錢煦」 https://academicians.sinica.edu.tw/index.php?r=academician-n%2Fshow&id=74
・ASME HP 「Melville Medal」https://www.asme.org/about-asme/honors-awards/literature-awards/melville-medal
・UCSD HP 「White House Awards UC San Diego Bioengineering Professor Shu Chien National Medal of Science」 https://today.ucsd.edu/story/2011_09bioengineering_professor_shu_chien_national_medal_of_science/
・The Franklin Institute HP https://www.fi.edu/en/laureates/shu-chien