はじめに

 シャオドン・ワン(1963年~)北京生命科学研究所所長は、アポトーシスの研究で成果を挙げた科学者であり、その後米国から北京に帰国して研究統括と後進の育成に当たっている。

シャオドン・ワンの写真
シャオドン・ワン 百度百科HPより引用

生い立ちと教育

 シャオドン・ワン(Xiaodong Wang、王暁東、王晓东)は1963年に、河南省新郷市に生まれた。幼い頃は祖父と祖母と一緒に住んでいて、祖父は中学校の英語教師であった。ワンが小学校に入った1969年は、文化大革命が開始されて3年目であり、以降文革が終了するまではほとんどまともな教育は受けなかった。

 ワンは文化大革命が終了した1978年に、実験的な教育を行っていた河南師範大学附属中学に入学し、1980年に同校を卒業して北京師範大学生物学科に入学した。1984年に北京師範大学を卒業して同校の大学院に進学し、翌年に米国留学試験に応募して北京師範大学ただ一人となる合格者となった。

 ワンは、1986年に米国テキサス大学サウスウェスタン・メディカルセンターに留学し、1991年同大学から生化学で博士号を取得した。

アポートシス研究で成果

 シャオドン・ワンは、博士号取得後も同大学サウスウェスタンメディカルセンターで、ポスドク研究を続けた。1996年研究助理、1999年准教授を経て、2001年に同センターの教授となった。

 ワンは、その間アポトーシスの研究を進めた。アポトーシスとは、多細胞生物の体を構成する細胞が、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされるプログラムされた細胞死のことである。
 ワンは、アポトーシスを引き起こすタンパク質であるシトクロムC、カスパーゼー9、およびアポトーシス プロテアーゼ活性化因子-1 ( APAF1 )の単離に成功するとともに、ミトコンドリア内での代謝経路を発見した。
 これらの研究成果は、「Science」や「Nature」などに多数掲載され、この分野で世界的に有名な学者となった 。

北京生命科学研究所所長に就任

 シャオドン・ワンは2003年に、テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター教授を兼務したまま、北京に設立された北京生命科学研究所の所長となった。共同所長であり、もう一人の所長はイエール大学の植物分子生物学者・鄧興旺(邓兴旺、Deng XW、1962年~)であった。さらにワンは、2010年に米国の職を投げ打って北京に移住し、単独で専任所長として北京生命科学研究所を牽引している。国籍は米国籍を維持している。
 なお、かつてワンとともに共同所長を務めた鄧興旺は、2014年にやはり米国から中国に帰国し、北京大学現代農業研究院院長・首席科学者となっている。

 北京生命科学研究所は、北京市政府が中心となり、国務院の科学技術部、国家衛生健康委員会、国家発展・改革委員会、中国科学院、中国医学科学院などが支援する研究機関で、北京市の西部で北京大学や清華大学などがある中関村に位置している。研究者数200名程度の比較的小さな研究所であり、米国流のPI制度を導入し、世界一流の研究施設や研究装置を整え、従来の数量的な評価などにとらわれない研究環境で、世界トップクラスの研究成果を目指している。

北京生命科学研究所の写真
北京生命科学研究所概観 百度百科HPより引用

 

国際賞を受賞

 シャオドン・ワンは、テキサス大学時代の業績により著名な国際賞をいくつか受賞している。

 ワンは2000年に、米国化学会から授与されるイーライリリー生物化学賞を受賞している。同賞は、イーライリリー・アンド・カンパニーの協賛により38歳未満の若手化学者に贈られる賞で、翌2001年にはCRSPAR/Cas9でノーベル賞を受賞したジェニファー・ダウドナが受賞している。 

 北京生命科学研究所の共同所長を務めていた2006年には、ショウ賞生命科学部門を受賞した。受賞理由は「プログラム細胞死に関する研究」であった。ショウ賞は、香港のメディア王であるランラン・ショウ(邵逸夫)に因むもので、既に取り上げた簡悦威が2004年に受賞している。

 2020年には、サウジアラビアの第3代国王ファイサルの遺徳をしのんで創設されたキングファイサル国際賞(医学部門)を受賞した。受賞理由は「発生途上および成熟した生物の細胞死がどのように制御されるかの研究」であった。同賞は、既に取り上げた盧煜明が2014年に受賞している。

 以上の様に、シャオドン・ワンは国際的に高い評価を受けている科学者であるが、クラリベートアナリティックス社の引用栄誉賞を受賞しておらず、また、研究業績は米国時代のものが中心であり、中国に帰国してからは研究統括者・組織運営責任者としての業務が中心である。したがって、可能性は少し低くなっているものの、ノーベル賞受賞が引き続き期待されている。

 なお、シャオドン・ワンは2013年に中国科学院院士に当選しているが、米国籍を維持しているため、外国籍院士である。

参考資料

・北京生命科学研究所HP http://www.nibs.ac.cn/index.php
The Shaw Prize HP https://www.shawprize.org/prizes-and-laureates/life-science-and-medicine/2006/autobiography-of-xiaodong-wang
・The National Academy of Sciences (NAS)HP http://www.nasonline.org/member-directory/members/20007492.html 
・中国科学院HP http://casad.cas.cn/ysxx2022/wjys/201312/t20131223_4003253.html