はじめに
陳化蘭(陈化兰、Chen Hualan、1969年~)は、鳥インフルエンザの研究者であり、2016年にロレアル-ユネスコ女性科学者賞を受賞した。日本の東大医科研の河岡教授と共同研究を実施している。

生い立ちと教育
陳化蘭(陈化兰、Chen Hualan)は1969年に、甘粛省白銀市に生まれた。甘粛省は中国大陸の北西に位置し、西に新疆ウイグル自治区、青海省、北に寧夏回族自治区、内モンゴル自治区、南に四川省、東に陝西省と接しており、かつては西域への交易路であるシルクロードの一部であった。白銀市はその中部に位置し、黄土高原と砂漠から構成されている。
陳化蘭は、白銀市のそれほど豊かでない農村地帯で生まれ、大学進学により故郷を出たいと考えていた。地元の小学校と初級中学(日本の中学校)に通い、大学受験のため都会の高級中学(日本の高等学校)を受験した。地元の初級中学には英語の先生がおらず、高級中学受験では6教科のうち5教科しか受験しなかったが、それでも他の教科が好成績であったため高級中学への入学が許可された。
陳化蘭は1987年に、大学共通入試である高考を受験した。当初は、医者を目指して医学部への入学を夢見たが、残念ながら高考の成績はそれほど良くなかった。彼女の元には、甘粛省蘭州市にある甘粛農業大学の獣医学科から入学を許可すると通知が届いた。彼女は、甘粛農業大学に入学するか、それとも翌年まで受験勉強を続け医者を目指すか悩んだ末、甘粛大学に入学することとした。
陳化蘭は、1991年に甘粛農業大学から学士の学位を、1994年に同大学から修士の学位を取得した。
中国農業科学院の研究生
甘粛農業大学で修士学位を取得したころには、陳化蘭は獣医病理学の研究に夢中となっており、引き続き研究者の道へ進むため、中国農業科学院の研究生院に入学した。
中国では、大学院教育は通常の大学だけではなく、中国科学院などの主要な研究機関でも行われており、その場合の呼び名は研究生である。研究生数は多く、中国科学院全体で約5.4万名の研究生が傘下の研究所にいて、正規の研究者約6万名と一緒になって研究を行っている。中国農業科学院も研究生を受け入れている機関の一つであり、2024年末の数字で、研究生の在籍者数は6,862名、うち博士学生2,214名、修士学生4,130名となっている。
これら研究生のほとんどは、授業料を実質的に免除され、さらに研究を指導する責任者が獲得してきた研究資金より生活費の支弁を受けている。
陳化蘭は、中国農業科学院の研究生院で伝染病・予防獣医学を専攻し、1997年に同院より博士学位を取得した。
ハルビン獣医学研究所
博士学位を取得した陳化蘭は、同じ中国農業科学院の傘下組織であるハルビン獣医研究所に就職した。担当したのは、鳥インフルエンザ病原菌の研究であった。
ハルビン獣医研究所に入所してから2年後の1999年に、陳化蘭に大きなチャンスが訪れる。米国に行き、米国疾病予防管理センター(CDC)でポスドク研究を行うことになったのである。陳化蘭は、米国CDCで最先端のウィルス研究に触れて関連の技術や情報を取得した。
陳化蘭は、2002年に中国農業科学院のハルビン獣医研究所に戻り、鳥インフルエンザの研究責任者となった。その時、研究所の上司から「鳥インフルエンザに関するできるだけ多くのことを研究してほしい。鳥インフルエンザはすでに他の国で発生し多くの養鶏場が被害に遭っている。中国の養鶏場での安全管理はそれほど厳密ではなく、もし高病原性のウィルスが発生したら、大変な被害を受けることになる」と言われた。
陳化蘭はこれ以降、鳥インフルエンザウイルスの異種間感染とその病原性の分子遺伝学的及び分子病原性メカニズムを専門分野として、研究を続けることになった。
東京大学医科学研究所と共同研究
2005年、日本の東京大学医科学研究所は、文部科学省の支援を受けて、2005年度から北京市と黒竜江省ハルビン市に拠点をおいて、感染症に関する日中共同研究「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」を開始した。 このプログラムは、北京市(中国科学院傘下の微生物研究所及び生物物理研究所)と黒竜江省ハルビン市(中国農業科学院のハルビン獣医研究所)に研究拠点活動を立ち上げ、日本人研究者が中国に常駐して中国人研究者と共に研究を行うものである。
この東大医科学研究所とハルビン獣医研究所の共同研究は、陳化蘭と河岡義裕医科学研究所教授をヘッドとして発足し、現在も続いている。ちなみに河岡義裕教授は、ロベルトコッホ賞、慶応医学賞、野口英世記念医学賞などを受賞したウィルス学の世界的権威であり、2023年には文化功労者となっている。
ロレアル・ユネスコ女性科学賞を受賞
陳化蘭は2013年に、科学誌「ネイチャー」の世界の科学界トップ10人の一人に選ばれ、「中国がH7N9型鳥インフルエンザの流行を鎮圧するのに貢献した」として「最前線で戦うインフルエンザ探偵」と称賛された。
陳化蘭は2016年に、ロレアル・ユネスコ女性科学賞を受賞した。

ロレアルーユネスコ女性科学賞(Prix L'Oréal-Unesco pour les femmes et la science)は、フランスの化粧品会社ロレアルと国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が、科学における女性の地位向上を目的として、科学の進歩に貢献した優れた女性科学者を1998年から表彰している賞であり、受賞者に10万ドルの研究助成金が授与される。
アジアの女性科学者も多く受賞しており、第一回(1998年)は韓国の微生物学者・柳明姫が、第二回(2000年)は日本の分子生物学者・岡崎恒子名古屋大学名誉教授が、第五回(2003年)は中国科学院・物理研究所研究員で電子顕微鏡研究者の李方華(李方华、Li Fanghua、1932年~2020年)が、それぞれの国で初めて受賞している。
陳化蘭は、第十八回(2016年)の受賞であり、中国人の科学者では李方華、葉玉如(叶玉如、Nancy Y. Ip、1955年~)、任詠華(任咏华、Vivian Yam Wing-Wah、1963年~)、謝毅(谢毅、Xie Yi、1967年~)に次いで、5人目の受賞であった。
陳化蘭は2017年に、中国科学院の院士に選出されている。
参考資料
・中国農業科学院ハルビン獣医研究所HP 首席科学者・陈化兰
・人民网HP 陈化兰获世界杰出女科学家成就奖 https://paper.people.com.cn/rmrbhwb/html/2015-10/09/content_1619586.htm
・科学网HP 杰出女科学家成就奖陈化兰:独立不倚 卓尔不群 https://news.sciencenet.cn/htmlnews/2016/4/344704.shtm
・中国婦女HP 中国女科学家陈化兰折桂“女性诺贝尔” https://www.womenofchina.com/qt/2020/1109/2459.html
・中国科学院学部HP https://casad.cas.cn/
・東京大学医科学研究所アジア感染症研究拠点HP https://www.rcaid.jp/aboutus/ 及び https://www.rcaid.jp/hvri/


