はじめに
李文輝(李文辉、1971年~)北京生命科学研究所研究員は、B型肝炎ウィルスの研究で成果を挙げ、2022年に未来科学大賞の生命科学賞を受賞した。
生い立ちと教育
李文輝(李文辉、Wenhui Li)は、1971年に甘粛省蘭州市に生まれた。李文輝の生まれた時期は、中国の教育に大きな影響が出た文化大革命の最中であったが、彼が5歳だった1976年末には文革四人組が逮捕されており、その後教育の正常化が進められたため、それほど影響を受けなかったと考えられる。
なお、本記事を作成するに当たってネットの情報を調べたが、李文輝の幼少期に係わる記事は発見されなかった。
李文輝は、1994年に蘭州市にある蘭州医学院(現在の蘭州大学医学部)を卒業し、やはり蘭州市にある蘭州生物製品研究所に入所した。同研究所は、中国北西部で指折りの生物ハイテク研究機関であり、また、大学院生(中国では研究生と呼ぶ)を受け入れて教育する機関でもあった。
李文輝は、3年後の1997年に、蘭州生物製品研究所から免疫学の修士学位を取得し、さらに博士学位の取得を目指して、北京の中国協和医科大学(現在の北京協和医学院)・中国医学科学院の基礎医学研究所に入所した。基礎医学研究所で病原生物学を研究した李文輝は、2001年に博士学位を取得した。
米国でポスドク研究後、北京生命科学研究所へ
博士学位を取得した李文輝は、米国に赴いてハーバード大学医学部でポスドク研究を行った。李は2003年、SARS ウイルスの受容体であるアンジオテンシン変換酵素 2 (ACE2) の研究で成果を挙げ、翌2004年にハーバード大学の講師に採用された。
李文輝は2007年に、帰国して北京生命科学研究所(National Institute of Biological Sciences,Beijing)のPI(Principal Investigator)となった。
北京生命科学研究所は、2003年に北京市人民政府が中心となって設立され、国務院の科学技術部、国家衛生健康委員会、国家発展・改革委員会、中国科学院、中国医学科学院などが支援する研究機関である。北京大学や清華大学などがある北京市中関村に位置しており、米国流のPI制度を導入し、世界一流の研究施設や研究装置を整え、従来の数量的な評価などにとらわれない研究環境で、世界トップクラスの研究成果を目指している。所長はシャオドン・ワン(王暁東)元米国テキサス大学教授、副所長は邵峰 (Feng Shao)である。
北京生命科学研究所で李文輝は、B型肝炎ウイルス受容体の研究を進めた。
B型肝炎については、李文輝にはある思いがあった。それは李文輝が、蘭州医学院で医師の免許取得を目指していた1993年の経験に由来している。附属病院の感染症科にインターンで配属された李文輝は、患者達の無気力な表情に大変驚いた。そして、彼らのほとんどがB型肝炎に感染していることを知った。当時の病院では、患者に対してB型肝炎であるとの情報を知らせることは禁じられていた。しかし李文輝は、担当の患者からの強い要請に耐えられず、正確な病名を伝えてしまったため、指導教官から強く叱責された。
この経験から李文輝は、「中国にはB型肝炎患者が非常に多く、有効な治療薬が不足しているので、自分はこの問題に向き合って解決したい」と考えるようになったのである。
2012年に李文輝は、B型肝炎ウイルスとD型肝炎ウイルスがヒト細胞に侵入するための重要な受容体である胆汁酸輸送体(NTCP:sodium taurocholate cotransporting polypeptide)の発見し、その成果をオンライン学術誌eLifeに投稿した。
この業績は、国内外のB型肝炎の関係者に高く評価され、2021年にバルーク・サミュエル・ブランバーグ賞(Baruch S.Blumberg Prize)を受賞した。同賞は、B型肝炎関連の科学研究と治療に重要な推進と顕著な貢献をした個人に与えられる賞であり、B型肝炎ウィルスを発見して診断法やワクチンを開発して1976年にノーベル生理学・医学賞を受賞した米国人研究者ブランバーク・ペンシルベニア大学教授に由来している。
未来科学大賞を受賞
そして2022年に李文輝は、未来科学大賞生命科学賞を受賞した。
未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野である。2019年には、同じ北京生命科学研究所の副所長である邵峰が同じ生命科学賞を受賞している。
受賞理由は、「B 型および D 型肝炎ウイルスに感染したヒトの受容体が胆汁酸輸送体 ( NTCP ) であることを発見した。この発見は、過去 30 年間のB 型肝炎ウイルス研究分野における画期的な進歩であり、B 型および D 型肝炎ウイルス感染の分子機構を明らかにし、B 型および D 型肝炎の治療のためのより効果的な薬剤の開発に役立つ」としている。
李文輝は現在も、北京生命科学研究所の研究員であり、さらに清華大学生物医学交差研究院の教授を兼務し、引き続きウィルス研究を行っている。
参考資料
・未来科学大賞HP 2022未来科学大奖揭晓,“生命科学奖”得主李文辉是如何搞科研的?https://www.futureprize.org/cn/nav/detail/1212.html
・澎湃新聞HP 百万美元“2022未来科学大奖”揭晓:李文辉获生命科学奖 https://baijiahao.baidu.com/s?id=1741735133817859980&wfr=spider&for=pc
・北京生命科学研究所HP http://www.nibs.ac.cn/en/index.php
・清華大学生物医学交叉研究院HP 李文辉博士 https://www.timbr.tsinghua.edu.cn/info/1747/3136.htm
・李文輝博士がB型肝炎財団の最高栄誉である2021バルーク・サミュエル・ブランバーグ賞を受賞
https://www.panawell.com/mobile/?newsxqjp/id/248.html