はじめに

 李蘭娟(李兰娟、1947年~)は、B型肝炎重病患者の延命システム開発で成果を挙げた感染症学者であり、SARS、鳥インフルエンザ、新型コロナ対策などでも活躍した。

李蘭娟の写真
李蘭娟  百度HPより引用

生い立ちと教育

 李蘭娟(李兰娟、Lanjuan Li)は1947年に、浙江省紹興市で生まれた。父は重度の眼病のため働くことができず、生家は非常に貧しかったが、何とか1960年に小学校を、1963年に中学校を卒業できた。
 李蘭娟は中学校での成績が良く、卒業後には浙江省の省都杭州市の高級中学(日本の高等学校)に推薦で入学できると学校から告げられたが、家の貧しさをよく知っている李蘭娟は家計を支えている母と相談し、それを断った。不憫に思った中学校の校長先生が、李蘭娟の自宅を訪問して母親と話し合い、何とか高級中学に進学させるよう強く勧めた。この校長先生の勧めに母は心を動かされ、日ごろ倹約して貯めていた現金5元を示し、これを娘の進学の足しにしてほしいと伝えた。
 李蘭娟は、幸いにも進学した杭州第一中学で奨学金を獲得し、勉学を続けることができた。

文化大革命が勃発し、裸足の医師に

 李蘭娟が高等中学を卒業した1966年に、中国の社会を揺るがした文化大革命が始まった。大学統一入試・高考は中断され、高考を受験して大学へ進学するという道は断たれたため、李蘭娟は故郷の村に帰って代用教員として働くこととした。
 故郷の村に帰った李蘭娟は、村人たちの多くが病気を抱えており、近くに医者がいないことを知った。そこで、浙江省の漢方医院で鍼灸技術を習得したり医学書を読んだりして勉強し、「裸足の医者(赤脚医生)」となった。
 裸足の医者は、中国の文革の時期に存在した制度であり、中国の広大な農村地帯における医療・医薬品不足に対応するものである。裸足の医者は、一定の医学的知識と能力を持ち、村政府により任命されて、農業や他の職業を持ちつつ、空いた時間で診察・治療などの医療行為を行った。

推薦で浙江医科大学に進学

 李蘭娟は、裸足の医者としての実績が認められ、1970年に村政府の推薦で浙江医科大学(現在の浙江大学医学院)に入学した。

李蘭娟の入学写真
浙江医科大学入学写真 百度HPより引用


 中国の共通大学入試・高考は1966年から中断されていたが、これに代わる制度として労働者、農民、兵士を共産党支部などが推薦し、大学に入学させる制度を1970年に設置したのである。
 ちなみに、中国の現在の最高指導者である習近平国家主席も、陝西省延安に下放され労働者として働いた実績が認められて、1975年にこの推薦制度によって清華大学に入学し1979年に卒業している。

感染症研究と治療に取り組む

 李蘭娟は、1973年に浙江医科大学を卒業し、同大学附属医院の感染症科に配属された。そこで、重度のウィルス性であるB型肝炎の患者の治療に当たったが、患者が黄疸となり死んでいくのを止めることが出来なかった。李蘭娟は研究を積み重ねて、重症患者用の人工肝臓サポートシステム(ALSS、肝臓移植までの橋渡しや肝臓の回復を助けるために使われる治療法)を開発し、中国の多くのウィルス性肝炎の患者を救った。

 李蘭娟は1996年に、浙江医科大学教授となった。

 1998年には、浙江省衛生庁の庁長となり、2008年まで10年間務めている。

 2005年には、中国工程院の院士に当選している。

SARSや鳥インフルエンザ対応

 2002年に、SARSが中国広東省で発生した際、浙江省衛生庁の庁長であった李蘭娟は浙江省の医療チームと協力し、浙江省におけるSARS蔓延を防いだ。これにより、2013年に国家科学技術進歩賞一等賞を受賞した。

 また2013年に長江デルタ地帯で鳥インフルエンザが流行した際、李蘭娟のチームはN7H9の病原体を発見し、それが生きた家禽市場から発生したことを突き止めた。これを契機として、中国政府は家禽市場の全面閉鎖に踏み切り、中国全土への蔓延を防いだ。これにより、2017年に国家科学技術進歩賞特別賞を受賞した。

新型コロナでの活躍

 また、2019年末に新型コロナが湖北省武漢で発生した際、李蘭娟は直ちに武漢に対して強力な都市封鎖政策をとる様、他の感染症学者らとともに政府に提言した。政府はこれを受け、翌2020年1月末の旧正月直前に、武漢封鎖を実施した。
 そして、この封鎖措置が続いているさなかの2月1日に、李蘭娟はSARSの英雄である鐘南山博士とともに武漢に入り、患者の治療やウィルスの特定などに当たった。

李蘭娟と鐘南山の写真
李蘭娟(右)と鐘南山(左) 百度HPより引用

 中国では、武漢都市封鎖政策が新型コロナ蔓延に対する効果的な措置であったと高く評価され、李蘭娟は新型コロナ対策の英雄の一人となった。
 なお、この都市封鎖政策を強く推奨したことによる反発もあり、その後2024年に、李蘭娟は夫とともに立ち上げた企業の株式上場を巡って不正を働いたとの非難が、中国のSNSで取り上げられたこともあった。2025年現在、これに対するさらなる非難と中傷は起きていない。

参考資料

・百度HP 李兰娟:从赤脚医生到院士,73岁再战一线
https://baike.baidu.com/tashuo/browse/content?id=472f163d66702f1af4e450e2