はじめに

 袁国勇(1952年~)香港大学教授は、SARSなどの感染症ウィルスの研究で成果を挙げ、2021年に同僚のジョセフ・ペイリス教授とともに未来科学大賞生命科学賞を受賞した。

袁国勇の写真
袁国勇・香港大学教授  百度HPより引用

生い立ちと教育

 袁国勇は、1956年に香港で生まれた。子供の頃は病弱であり、特に3歳の頃に肺炎にかかり、香港の歴史ある病院であるクィーンメアリー医院(Queen Mary Hospital、瑪麗醫院)に入院し、治療を受けた。

 同医院は、大英帝国時代の1937年に設置され、当時の国王であったメアリー女王にちなんだ名前となっている。袁国勇は、後にこの医院で勤務することとなる。

袁国勇が勤務したクィーンメアリー病院の写真
クィーンメアリー医院 同医院のHPより引用

 袁国勇は、香港の名門校である皇仁書院(Queen's College)に学び、やはり香港の名門大学である香港大学に入学した。1981年に同大学医学院を卒業し、香港のキリスト教団体が設立したユナイテッド・クリスチャン医院(United Christian Hospital、基督教联合医院)の医師となった。

医師から微生物学者に転身

 ユナイテッド・クリスチャン病院に6年間勤務の後、袁国勇は1987年に、かつて入院したクィーンメアリー医院に転籍し、ここで微生物の研究を開始した。

 さらに、袁国勇は1989年に香港大学の微生物学科に転籍し、これ以降、同大学を拠点に中国で屈指の微生物学者としての地位を築いていくことになる。

感染症対策での成果

 香港では、1997年にH5N1型鳥インフルエンザが発生した。袁国勇は、このウィルスに感染した患者の治療と、検査手法の探索を行った。そして、このH5N1型のウィルスに罹患した患者の容態は重篤であり致死率が高いこと、さらに彼の研究室で同ウィルスを迅速に検査できる手法を開発したことを、著名な医学系学術誌であるランセットに報告している。

 2002年から2003年にかけて発生したSARSへの対応でも、袁国勇は大きな成果を挙げている。
 SARSは、「重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome)」であり、2002年11月に香港に隣接する広東省で非定型性肺炎の患者が報告されたのに端を発し、インド以東のアジア諸国とカナダを中心に、多くの地域や国々へ拡大した。香港には2003年3月に、旅行者を介して飛び火した。
 袁国勇は、香港大学のチームを率いて、SARSの研究を行い、SARS-CoV-1というウィルスを発見し、さらにその後このウィルスの遺伝的起源を野生のコウモリに遡ることを発見した。

 さらに、2019年から2023年まで、中国だけでなく世界的な流行を巻き起こした新型コロナ対策でも、袁国勇は彼の香港大学のチームを率いて、活発な活動を実施した。
 袁国勇は、パンデミックの極めて初期に、新しいウィルスは人から人への感染の可能性が高いと警告し、無症状を含めた患者の唾液を調べ大量のウィルスが存在していると主張して、マスクの常用を強く提唱している。

未来科学大賞を受賞

 これら感染症対策での成果により、袁国勇は2021年に未来科学大賞生命科学賞を受賞した。以下に述べるジョセフ・ペイリス香港大学教授との共同受賞であった。
 未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野である。

未来科学大賞を受賞した袁国勇の写真
未来科学大賞を受賞した袁国勇

 未来科学大賞を袁国勇と共同で受賞したジョセフ・ペイリス(Joseph Sriyal Malik Peiris、中国名は裴伟士)香港大学教授は、1949年にスリランカに生まれ、セイロン大学(現コロンボ大学)や英国オックスフォード大学でウィルス学を学び、1995年から香港大学で勤務している。香港大学に入ってからは、同じ微生物学者として袁国勇と協力して、SARSなどのウィルスによる疾病に対処し、多くの成果を挙げていった。

袁国勇と共同受賞したペイリス教授の写真
袁国勇と共同受賞したペイリス香港大学教授

 未来科学大賞のHPによれば、両名の受賞理由は以下の通りである。

 袁国勇とジョセフ・ペイリスの研究チームは、2003年に中国の香港で最初の重症急性呼吸器症候群(SARS)患者を治療し、診断と疾患の特定を設計するために臨床検体からコロナウイルス(SARS-CoV-1)を分離した (Lancet 2003 年 4 月 19 日)。袁国勇が野生コウモリのSARSに似たコロナウイルスに関する継続的な研究を行ったことにより、人獣共通感染症の保有源、種間感染障壁、病因、疾患と診断についての理解が大幅に広がった。
 コウモリ由来のSARSに似たコロナウイルスの蔓延率が高いことを考慮すると、彼らの研究はSARSに似た流行病の再出現の可能性を予測し、公衆衛生への備えの重要性を強調している。予想通り、コウモリコロナウイルスHKU4/5は、流行性中東呼吸器症候群を引き起こしたウイルスであるMERS-CoVの前身であると考えられている。
 2003 年の世界的な重症急性呼吸器症候群 (SARS) から2019 年の新型コロナウイルス肺炎 (COVID-19) まで、袁国勇とジョセフ・ペイリスの研究は、この新興感染症の理解と治療に多大な貢献をしている。

参考資料

・Queen Mary Hospital HP https://www8.ha.org.hk/qmh/index.aspx
・未来科学大賞HP 2021 生命科学奖 获奖人 袁国勇 https://www.futureprize.org/cn/laureates/detail/49.html
・北京科技報 2021未来科学大奖公布:袁国勇、施敏、张杰、施敏获奖 https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzAxNjIyNzQ0Nw==&mid=2651177724&idx=1&sn=2460b3159b7619e41faf0c7e34db4dd8&chksm=80096fe4b77ee6f22156ca72d1ce9c36dac59d06cf9c3b3627e1268001efe94bfb5f60e3f20f&scene=27