はじめに
地質・地球物理研究所は、北京市にある中国科学院の附属研究機関である。
地球深部から惑星空間までを研究対象とし、環境進化と炭素循環、鉱物資源、惑星科学などの研究を行っている。
地質・地球物理分野において、中国を先導する研究機関である。

1. 名称
○中国語表記:地质与地球物理研究所 略称 地质地球所
○日本語表記:地質・地球物理研究所
○英語表記:Institute of Geology and Geophysics, CAS 略称 IGGCAS
2. 所在地
地質・地球物理研究所の本部の所在地は、北京市朝陽区北土城西路19号である。北京市の中心である天安門から10キロメートルほど北にある。近くには、オリンピックのメイン会場となった北京国家体育場(通称、鳥の巣)があり、西に行くと中国農業大学を経て、清華大学や北京大学に達する。

3. 沿革
地質・地球物理研究所は1999年に、地質研究所と地球物理研究所を合併して設置された。
(1)地質研究所
中国科学院地質研究所は、旧中央地質調査所、旧中央研究院地質研究所、旧資源委員会鉱物調査探査部の職員が統合されて設立されたが、その大半は旧中央地質調査所の職員であった。
中央地質調査所の前身は、1912年に南京臨時政府工業省に設置された地質部である。1913年に、政府は北京に移り、地質部は工商省に移管され、地質調査所となった。
1937年に始まった日中戦争を避けて、重慶に疎開した。1941年に中央地質調査所と命名された。日本の敗戦に伴い、中央地質調査所は1946年に南京に移転した。中央地質調査所には、地質研究室、古生物学研究室、新生代研究室、地球物理学研究室、鉱物・岩石研究室、土壌研究室などの部門があった。
中央研究院地質研究所は、 1928年に上海に設立され、著名な研究者・李四光が所長を務めた。同研究所は、中央研究院の13の研究所の中で最も早く設立された機関の一つである。1937年に始まった日中戦争の時代は重慶などに疎開し、戦後南京に移転した。
資源委員会の鉱物調査探査部は、日中戦争中の1940年に昆明で設立された。その後、1943年に江西省貴陽に移転し、1944年に重慶に移転した。戦争後の1945年に南京に移転した。
新中国建国後の1949年に中国科学院が設立され、李四光らのイニシアティブで上記の関係機関の整理統合が行われ、1951年に中国科学院の傘下機関として地質研究所が設置された。

(2)地球物理研究所
中国科学院地球物理研究所の前身は、旧中央研究院気象研究所(气象研究所)である。中央研究院気象研究所は1928年に南京に設立され、著名な研究者・竺可楨が初代所長を務めた。気象観測や地震観測などを行った。
1937年に開始された日中戦争中は、漢口や重慶に疎開した。戦後の1946年9月に南京に戻った。
新中国建国後の1949年に中国科学院が設立されると、翌1950年に、中央研究院気象研究所を基礎とし北平研究院物理研究所の物理探鉱部分を吸収して地球物理研究所が南京に設立された。初代所長は、後に両弾一星政策で活躍した趙九章が任命された。
1954年12月、地球物理研究所は南京から北京中関村に移転した。

4. 組織の概要
(1)研究分野
地球深部から惑星空間までを研究対象とし、環境進化と炭素循環、鉱物資源、惑星科学などの研究を行っている。
(2)研究組織
①国家級の研究室・実験室
・岩石圏進化・環境変化全国重点実験室(岩石圈演化与环境演变全国重点实验室)
②中国科学院級研究室・実験室
・深層ガス理論・知能探査開発重点実験室(深层油气理论与智能勘探开发重点实验室)
・惑星科学・先端技術重点実験室(行星科学与前沿技术重点实验室)
③研究所級研究室・実験室(例示)
・岩石圏進化センター(岩石圈演化学科中心)
・環境変化・炭素循環センター(环境演变与碳循环学科中心)
・鉱物資源センター(矿产资源学科中心)
・地質工学センター(地质工程学科中心)
・石油ガス理論・探査センター(油气理论与方法学科中心)
・深地球技術・装置研究センター(深地技术与装备研究中心)
・地球・惑星物理センター(地球与行星物理学科中心)
(3)研究所の幹部
地質・地球物理研究所の幹部は、所長、中国共産党委員会(党委)書記、副所長、党委副書記である。大学などでは、党委書記の方が学長より強い権限を有しているが、中国科学院の付属研究所の場合には所長が最高責任者の場合が多い。
①底青雲・所長
底青雲(底青云)所長は女性であり、1964年に河北省で生まれ、1987年に長春地質学院(現吉林大学)応用地球物理学科で学士の学位を、1990年に同じく長春地質学院で修士の学位をそれぞれ取得した。その後、中国科学院地球物理研究所に入所して研究員補助となり、1998年に同研究所から博士学位を取得した。その後、カナダのアルバータ大学や米国のユタ大学などで研究を行い、2013年に地球物理研究所の副所長となり、2022年からは地質・地球物理研究所の所長を務めている。
専門は電磁気探知技術、掘削伐採技術、回転操舵式掘削技術などの研究で、2021年に中国科学院の院士に当選している。
②黄向陽・党委書記兼副所長
黄向陽(黄向阳)党委書記は、副所長も兼務しており、研究所のナンバーツゥである。黄向陽は、1968年に湖北省で生まれ、1989年に中国科学院大連化学物理研究所に入所した。2017年に中国科学院本部の離退職幹部工作局局長に、2020年に条件保障・財務局長に就任し、2023年から地質・地球物理研究所の党委書記兼副所長となった。
5. 規模
(1)職員数
地質・地球物理研究所の2021年現在の職員総数は556名で、中国科学院の中では30位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。556名の内訳は、研究職員が479名(86%)、技術職員(中国語で工員)が13名(2%)、事務職員が64名(12%)である。
(2)予算
地質・地球物理研究所の2021年予算額は8億4,537万元で、中国科学院の中では30位までのランキングには入っていない(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。8億4,537万元の内訳は、政府の交付金が5億4,053万元(64%)、NSFCや研究プロジェクト資金が2億6,584万元(31%)、その他が3,900万元(5%)となっている。
(3)研究生
2021年現在の地質・地球物理研究所の在所研究生総数は644名で、中国科学院の中では第26位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。644名の内訳は、修士課程の学生が217名、博士課程の学生が427名である。
6. 研究開発力
(1)国家級実験室など
中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。上記組織の項でも述べたが、地質・地球物理研究所は1つの国家重点実験室を有している。
・岩石圏進化・環境変化全国重点実験室(岩石圈演化与环境演变全国重点实验室):前身は、2005年から研究を開始した岩石圈進化国家重点実験室であり、2025年に現在の名称となった。大陸プレートの収縮過程における大陸岩石圏の形成メカニズムと進化、地球深部プロセスと岩石圏の変容・破壊、岩石圏の微細構造の地球物理学的検知などの研究を行っている。2021年現在で、正規研究員が62名、客員研究員が63名、研究生としてポスドク38名、博士学生116名、修士学生51名である。
(2)大型研究開発施設
中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。
地質・地球物理研究所は、大型共用施設・共用実験施設を有していない。
(3)NSFC面上項目獲得額
国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。地質・地球物理研究所のNSFCの獲得資金額は、2021年2,301万元(件数は36件)であり、中国科学院の中では第8位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
7. 研究成果
(1)Nature Index
科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、地質・地球物理研究所は中国科学院内第10位であり、貢献度を考慮したシェアで48.36となっている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
このNature Index に関し、中国の主要大学のそれと比べると高くない。中国の主要大学のNature Indexによるランキングは、こちらを参照されたい。
(2)SCI論文
上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。
ただ、研究所によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているかを発表している。地質・地球物理研究所もその一つであり、2021 年1年間に合計470 件のSCI論文を発表している。
なお、1年間で470 件という数字を中国の主要大学のそれと比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが同じ1年間で、SCI論文を約10,000件前後発表している(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。したがって中国の主要大学と比較すると、それほど大きなものではない。
(3)特許出願数
2021年の地質・地球物理研究所の特許出願数は256件で、中国科学院内で第20位までのランキング外である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
(4)成果の移転収入
2021年の地質・地球物理研究所の研究成果の移転収入は、中国科学院内で第10位までのランキング外である(他の研究所との比較の詳細はこちら参照)。
(5)両院院士数
中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2024年2月時点で地質・地球物理研究所に所属する両院の院士は18名であり、中国科学院内で第1位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
○中国科学院院士(17名):叶大年、汪集暘、滕吉文、姚振兴、钟大赉、刘嘉麒、朱日祥、丁仲礼、翟明国、刘丛强、郭正堂、吴福元、张宏福、潘永信、李献华、肖文交、底青云
〇中国工程院院士(1名):王思敬
8. 関係する著名な科学者
(1)李四光
地質・地球物理研究所の母体の一つである中央研究院地質研究所の初代所長を務めたのが、李四光(Siguang Li、1889年~1971年である。詳しくは、こちらを参照されたい。

(2)竺可楨
地質・地球物理研究所の母体の一つである旧中央研究院気象研究所(气象研究所)の初代所長を務めたが、竺可楨(Coching Chu、1890年~1974年)である。詳しくは、こちらを参照されたい。

(3)趙九章
中国科学院の地球物理研究所の初代所長を務めたのが、両弾一星政策で活躍するも、文化大革命の中で迫害に遭い、自死した趙九章(Jiuzhang Zhao、1907年~1968年)である。詳しくは、こちらを参照されたい。

9. 中国科学院内の他の地球科学研究機関
地球科学関係研究機関は、中国科学院内に比較的多く設置されている。このうち、環境と生態に係る研究機関は、生態環境研究センターの記事で取り上げた。より詳しくは、こちらを参照されたい。
ここでは、地球科学関係で生態環境以外の研究機関を取り上げ、簡単に紹介する。
(1)チベット高原研究所
チベット高原研究所 (青藏高原研究所、Institute of Tibetian Plateau Research)は、中国科学院傘下の研究機関として、2003年に北京市に設置された。青海チベット高原の地球地質環境を理解するため、同地域における自然地理学、地図作成および地理情報システム、構造地質学、第四紀地質学などを研究している。より詳しくはこちらを参照されたい。

(2)大気物理研究所
大気物理研究所(大气物理研究所、Institute of Atomospheric Physics)は、1966年に北京に設置された。地球システムモデル、気候変動と気象災害、大気環境変化とカーボンニュートラル、極地大気の物理プロセスなどの研究を行っている。より詳しくはこちらを参照されたい。

(3)南京地質古生物研究所
南京地質古生物研究所(南京地质古生物研究所、Nanjing Institute of Geology and Palaeontology)は、新中国建国後1951年に設立された。中国の古生物学および地層学資源の特徴の解明を目的として、古生物学および地層学の基礎・応用に関わる研究を実施している。より詳しくはこちらを参照されたい。

(4)武漢岩石土壌力学研究所
武漢岩石土壌力学研究所(武漢岩石土壌力学研究所、Institute of Rock and Soil Mechanics)は、1958年に設置された。水利・水力発電、エネルギー、資源、交通など、600以上の重要国土プロジェクトに関与し、多くの革新的な成果を収めている。より詳しくはこちらを参照されたい。

(5)広州地球化学研究所
広州地球化学研究所 (广州地球化学研究所、Guangzhou Institute of Geochemistry)は、1994年に設置された。地球深部構成要素の分布、地球深部プロセス要素の循環などの研究を行っている。より詳しくはこちらを参照されたい。

(6)地球化学研究所
地球化学研究所(Institute Of Geochemistry)は、1966年に貴州省貴陽市に設置された。鉱床地球化学、環境地球化学、第四紀地球化学、有機地球化学などを研究している。より詳しくはこちらを参照されたい。

参考資料
・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編
・中国科学院年鑑2022 中国科学院科学伝播局編
・地質・地球物理研究所HP http://www.igg.cas.cn/gkjj/skjj/
・チベット高原研究所HP http://www.itpcas.cas.cn/
・大気物理研究所HP https://iap.cas.cn/
・南京地質古生物研究所HP https://nigpas.cas.cn/
・武漢岩石土壌力学研究所HP https://www.whrsm.ac.cn/
・広州地球化学研究所HP http://www.gig.ac.cn/
・地球化学研究所HP https://www.gyig.ac.cn/