はじめに
デイヴィッド・ファン(David Huang、1964年~)は、両親とともに台湾から米国に移住した中国系米国人で、日系科学者であるジェイムス・フジモトらと眼科の検査技術であるOCTを開発し、ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞した。

生い立ちと教育
デイヴィッド・ファン(David Huang)は、1964年に台湾の中部にある嘉義市に生まれた。
この嘉義市にあった嘉義農林学校は、日本が台湾を統治していた1931年に夏の甲子園大会に出場し、決勝まで勝ち進んだが、愛知県の中京商業に敗れ準優勝となった。この時の嘉義農林の活躍は、2014年に台湾で「KANO 1931海の向こうの甲子園」というタイトルで映画化された。
ファンの父は医者であり母は教師であったが、ファンが12歳の時に一家で米国に移住した。父が医者であったため自分も医者にあこがれたが、高校の時の化学の先生が素晴らしかったため科学一般にも興味を持った。
MITでフジモトらとOCTを開発
デイヴィッド・ファンは、ボストンのMIT(Massachusetts Institute of Technology、マサチューセッツ工科大学)に入り、1985年に学士学位を、1989年に修士学位を、電気工学・コンピュータ学で取得した。その後、医学関係に専攻を変えて、MITから医学工学・医学物理学の博士学位を、ハーバード大学から医学の博士学位を、1993年に取得した。
ファンはMIT在学中に、短パルス光のイメージング技術を研究していたフジモト(後述)、衛星光通信を研究していたスワンソン(Eric Swanson)と共同研究を始めた。3人は短コヒーレンス長光を用いた干渉法に基づく新しいイメージング技術の開発に取り組んだ。
ファン、フジモト、スワンソンは1990年に、網膜などの組織の表面下の構造を明らかにできる最初のOCT装置を開発し、翌1991年その成果をScienceに「Optical Coherence Tomography」として発表した。その後1994年に特許を取得している。
OCTは、画像化する組織との接触を必要としないことが特徴の一つである。眼科検査では、OCTは眼の構造から反射される光の時間遅延を測定する。患者が対象物を注視している間、数秒で光線が眼球全体を走査し、詳細な3D画像を作成することが出来る。この画像を基に、ミクロン単位の分解能で眼の構造を診断することができ、また主に目に見えない赤外線を使用するため、通常の眼底写真撮影のように明るい光に患者が眩惑されることはない。
ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞
このOCTの開発により、デイヴィット・ファンらは著名な国際賞などを受賞している。
2023年にはファンら3名が連名で、ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞した。受賞理由は、「視力を損なう網膜の病気の迅速な検出を可能にし、眼科に革命をもたらしたOCTの開発」であった。
この賞の多くの受賞者は後にノーベル賞を受賞しており、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した屠呦呦も2011年に同賞を受賞している。同じ中国系では、非侵襲的出生前診断の手法を開発した香港中文大学の盧煜明も前年である2022年に同賞を受賞している。
恩師で共同研究者であるジェイムス・フジモト
デイヴィッド・ファンのMITでの恩師であり、OCTの共同開発者であるジェームス・G・フジモト(James G. Fujimoto)MIT・電気工学・コンピュータ学科教授は、1957年にイリノイ州に生まれた日系米国人である。
フジモトは、1984年にMITで電気工学の博士学位を取得し、翌1985年にMITの助教、1988年に准教授、1994年に教授に就任している。フジモトはファンの7歳年上であり、当初はファンを教えていたが、ファンが修士学位を取得の後は、共同研究者としてOCTの開発を行った。
フジモトがOCTを開発しようとしたのは、彼の父でやはり日系米国人であったハロルド・フジモト(Harold Fujimoto)が、網膜出血のため失明寸前になったことだという。指を数える程度に視力が衰えた父を救ったのは網膜専門医であり、眼結核との診断により視力を回復することができた。
フジモトは、日本の本田財団が授与する本田賞を、2024年に単独で受賞している。受賞理由は「学際的な共同研究を通じて、OCTの開発と、眼科、心臓病学、生物医学研究におけるOCTの商業化および臨床応用への貢献」であった。

現在も研究や臨床で活躍
ディヴィット・ファンは、現在オレゴン健康科学大学ケーシー眼科研究所の研究ディレクター兼副所長、および眼科光学・レーザーセンター(COOLラボ)の所長を務めている。弱視は、米国の児童における単眼性視覚障害の主な原因であり、世界でも小児視覚障害の主な原因となっている。ファンは、自分の開発した技術により、600万人以上の子供たちを検査してきたという。
ファンは、「OCTの初期の経験から、私は分野間の交差点でチャンスを模索するようになりました。臨床面でも技術面でも、人々が気づいていないチャンスがまだ多く残されています。私は両方の分野を常に把握しているため、独自の視点を持っており、アイデアに事欠くことはありません」と、将来への研究への抱負を述べている。
参考資料
・National Inventors Hall of Fame HP David Huang
https://www.invent.org/inductees/david-huang
・ScienceHP Optical Coherence Tomography (22 Nov 1991 vol254 issue5035)
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1957169
・ラスカー財団HP 2023 Lasker~DeBakey Clinical Medical Research Award
https://laskerfoundation.org/winners/optical-coherence-tomography/
・本田財団HP 「2024年(第45回)本田賞」をジェームス・G・フジモト博士が受賞
https://global.honda/jp/topics/2024/ce_2024-09-30.html