はじめに
盧宇彤(卢宇彤、Lu Yutong、1969年~)は、中国国産のスーパーコンピュータ(以下「スパコン」と略す)である天河1A号や天河2号のプロジェクトリーダーとして、世界トップの計算能力を達成した。

生い立ちと教育
盧宇彤(卢宇彤、Lu Yutong)は、1969年に湖南省長沙市で生まれた。両親は大学の教師であり、4人兄弟であった。父は盧宇彤に対し、女性であることだけで他の子供たちと差別することなく勉学に励むよう促し、さらに教科書だけに集中せず他の本を多く読むよう勧めた。
中国の教育全般に大きな負の影響をもたらした文化大革命は、盧宇彤が生まれる前の1966年に始まり、7歳となった1976年に四人組の逮捕によって終了しているため、大きな影響を受けなかった。
高校生の時にスパコンを見学
盧宇彤は、地元長沙市にある湖南師範大学附属中学(日本の中高一貫校)に入学した。盧宇彤が同校で高校一年生となったときに、長沙市内にある有名大学・国防科技大学のスパコンを見学する機会があった。
科学技術の進展にとって、スパコンはなくてはならない重要な装置となっている。米国と日本は、スパコンによるシミュレーション能力が国際競争力の源泉であるとの認識に立ち、1960年代から国策によってスパコンに開発に注力してきた。
一方中国は、文化大革命の影響などで国際レベルの科学技術開発が遅れていたが、文革の終了後に中国独自の研究開発の促進する体制が徐々に整備され、その流れの中で中国国産のスパコン開発計画も実施されてきた。中国では、国防科技大学の「銀河シリーズ」、中国科学院の「曙光シリーズ」、国家並行計算機工程技術研究中心の「神威シリーズ」と、三つの系統で技術開発が進められている。
盧宇彤が高校生の時に見学したのは「銀河シリーズ」の初期の機種である「銀河1号(银河一号、galaxy-1)」であり、1983年の製作であった。銀河1号は毎秒1億回の計算能力を有し、この時点で世界トップの米国CRAYコンピュータの毎秒10億回に近づき、米国や日本と肩を並べる状況となった。
盧宇彤は、この銀河1号を見て感激し、コンピュータの開発者になることを決心した。盧宇彤は、17歳となった1986年に湖南師範大学附属中学を卒業して、念願の国防科技大学計算機学部に入学した。
天河1号、天河2号などの開発に従事
盧宇彤は、1993年に国防科技大学大学院より修士学位を取得し、引き続き同大学に留まりスパコン開発に従事した。その後、博士学位も取得している。
盧宇彤が学生時代に携わったのは、銀河1号の後継機「銀河2号(银河二号、galaxy-2)」であり、1992年に完成し毎秒10億回の計算速度であった。修士学位を取得後に盧宇彤が携わったのが「銀河3号(银河三号、galaxy-3)」であり、1997年に完成し毎秒100億回の計算速度であった。
盧宇彤がプロジェクトリーダーとしての役割を発揮したのは、銀河シリーズの後継である天河シリーズである。盧宇彤たちは、銀河3号開発などの経験を踏まえ国産のチップの開発なども実施して、新たに天河シリーズを開始した。
そして、シリーズ初号機である「天河1号(Tianhe-1)」は2009年11月に、スパコンの計算速度の世界的なランキングであるtop500ランキングで世界第5位にいきなり躍り出た。さらに2010年11月に、天河1号のハードウェアを強化した「天河1A号(Tianhe-1A)」はtop500ランキングで世界一となった。そして半年後の2011年6月に、日本の理化学研究所が開発したスパコン「京」に首位を奪還されるまで1位の座にあった。
盧宇彤は、その後も天河1A号の後継である「天河2号(Tianhe-2)」のプロジェクトリーダーを務め、2013年6月にtop500ランキングで再び世界一となり、2015年6月にやはり中国が開発した「神威・太湖之光」に抜かれるまで2年間トップの座にあった。

中山大学の教授に就任
盧宇彤は、2016年に広東省広州市にある中山大学の計算機科学科の教授となり、併せて国家スパコン広州センターの主任となった。
盧宇彤は、現在もスパコン科学者として、国内や国際的に活躍している。
参考資料
・広州文明网HP ”第九届广州市道德模范”卢宇彤 http://gdgz.wenming.cn/2020index/daodemofan/dddmf/202401/t20240130_8414797.html
・百度HP 卢宇彤


