はじめに

 李家洋(1956年~)元中国農業科学院院長は、イネを中心とした植物分子遺伝学者であり、高収量・高品質のイネの品種改良で成果を挙げ、2017年に国家自然科学賞一等賞を、2018年に未来科学大賞生命科学賞を受賞している。

李家洋の写真
李家洋 百度HPより引用

 生い立ちと教育

 李家洋(Jiayang Li)は、1956年に大陸の中部に位置する安徽省肥西(省都である合肥市の一部)に生まれた。生まれた環境や初等中等教育でのエピソードをHP上で探したが、全く見つからなかった。

 李家洋が生まれて10年後に文化大革命が始まり、終了したのが20歳となった1976年末であり、文革の影響を大きく受けた世代に属している。
 李家洋は、文革終了後の1977年冬に行われた大学入試・高考の復活一回目を受験したと考えられ、年齢的には21歳となっていた。現在で考えると大学入学時の年齢が少し高いが、当時としては珍しくなく、例えば先般亡くなった李克強前首相も1955年生まれで1977年冬の高考で好成績を挙げ、翌1978年に22歳で北京大学に入学している。
 李家洋は、安徽省合肥市にある安徽農業学院(現在の安徽農業大学)に入り、1982年に卒業して学士の学位を取得した。

 その後北京に出て、中国科学院の遺伝研究所(現在の遺伝・発生生物学研究所)の研究生(大学院生)となり、1984年に修士の学位を取得した。

米国に留学

 李家洋は翌1985年に米国に留学し、マサチューセッツ州にあってユダヤ教徒の寄付で設立されユダヤ教徒として初めて米国最高裁判事となった法律家の名を冠したブランダイス大学に入学した。そこで1991年に、ユウグレナの研究によりPhDを取得した。

 PhDを取得した李家洋は、ニューヨーク州のイサカにあるコーネル大学に移り、ポスドクとして研究を続行した。

中国に帰国後、植物研究で成果

 李家洋は、1994年に米国から帰国し、修士学位を取得した中国科学院遺伝研究所に研究員として入所した。

 李家洋は、植物の分子遺伝学の研究に従事し、植物形成における分子機構の解明に焦点を当て、植物ホルモンの合成経路と作用機序を研究した。そして、植物の分子品種設計に取り組んで、高収量、高品質のイネの新品種などを次々に発表していった。

 また、研究者としての活動だけでなく、研究管理や行政の面でも才能を発揮し、1999年に遺伝研究所の所長に就任した。
 その後、中国科学院内で付属研究所の再編が行われ、遺伝研究所は発生生物学研究所、石家庄農業現代化研究所と統合されて、現在の「遺伝・発生生物学研究所(遗传与发育生物学研究所)」となった。李家洋は、2001年この統合された研究所の初代所長に就任した。

 李家洋は、2004年に中国科学院の本部に移り、中国科学院の副院長に就任した。さらに、2011年には、国務院の農業部(农业部、現在の農業・農村部で日本の農林水産省に相当)に移り、同部の副部長(副大臣)に就任すると共に、同部の傘下の研究機関である中国農業科学院の院長を務めた。

 中国農業科学院は中国の農学の総本山であり、農業と農業科学の発展戦略研究、農業経済建設における重要な科学技術問題の解決、基礎的な研究などを主要な任務としている。2024年現在、直属の研究所は作物科学研究所、農産物加工研究所、動物科学獣医学研究所、土壌肥料研究所、生物技術研究所など36組織に上り、職員は約1.12万人(うち研究者約5,700人)である。
 初代の所長は、日本の第五高等学校や東京帝国大学で学んだ後、帰国してイネの品種改良に務めた丁穎(1888年~1964年)である。

中国農業科学院の写真
中国農業科学院の正門  同院のHPより引用

国内で高い評価を得る

 李家洋は、研究所の所長などを務める傍ら、遺伝・発生生物学研究所の研究員として研究を続行し、数々の成果を挙げてきた。また、2016年に農業部副部長と中国農業科学院院長を辞任した後も一研究員として同研究所で研究を続行している。

 李家洋は他の研究所のスタッフと共に、2017年に中国の科学技術分野最高賞である国家自然科学賞一等賞に輝いた。受賞理由は、「イネの高収量・高品質形成の分子機構と品種設計」であった。 

 李家洋は、翌2018年に未来科学大賞の生命科学賞を受賞した。受賞理由は「特定のイネ形質の分子機構を体系的に研究し、新技術を使用して高収量で高品質の新しいイネ品種を育種した先駆的な貢献」であった。ハイブリッド米の父と呼ばれる袁隆平(1930年~2021年)と張啓髪(张启发、1953年~)華中農業大学教授との同時受賞であった。
 未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野である。 

海外のアカデミーでも認められる

 李家洋は、上記のように中国国内での高い評価に加え、国際的にも高く評価されている。

 李家洋は、2011年に米国科学アカデミー(NAS)の外国人会員となった。2012年には、ドイツ国立科学アカデミー・レオポルディーナの会員に選出された。2015年には、英国王立協会(Royal Society)の外国人会員に選出されている。国内的には、2001年に中国科学院の院士に選出されている。
 これらの外国のアカデミーだけではなく、2013年には欧州分子生物学機構 (European Molecular Biology Organization:EMBO)の外国人会員に選出されている。 

遺伝子組み換え食品で積極的な発言

 李家洋は、中国科学院副院長や農業部副部長という役職にあったこともあり、科学と社会の接点に位置する遺伝子組み換え食品について、これまでに普及を積極的に支持する発言を行っている。

 中国は共産党の一党支配であるがゆえに、政府の考え方に対する反対意見が全く無いと思われているが、実はそうではない。例えば原子力について、他の先進諸国と同様、厳しい反対意見があり、原子力関連事業者や政府機関の人達は常にその対応に追われている。
 遺伝子組み換え食品の問題も同様であり、政府としてはこれを受け入れることで中国全体の食糧問題に対応したいと考えているが、中国国民の中にはこの様な政府の動きを是認せず反対の声を上げるものもある。

 李家洋は、これに対抗して様々な場で、遺伝子組み換え食品を中国として受け入れるべきであるとの発言を繰り返してきたが、2013 年 11 月に北京青年報が「遺伝子組み換え食品を支援する李家洋農業部副部長は米国企業に雇用されている」との記事を掲載した。記事によれば、この米国企業は組み換え食品に関与しているデュポン社であり、李家洋は同社の国際バイオテクノロジー諮問委員会の委員として報酬を得ていたとするものであった。
 その後の調査で、李家洋は2007年に中国科学院遺伝・発生生物学研究所研究員としてデュポン社の諮問委員会の委員となったが、雇用関係ではなく給与も受け取っていなかった。さらに、李家洋が2011年に農業部の副部長に就任した際には、同委員会委員を退任していたことが明らかとなり、上記の記事を伝えた北京青年報は謝罪記事を掲載した。

 この様に苦い経験をした李家洋であるが、現在も組み換え食品の安全性を支持する立場を変えていない。

後進の育成

 李家洋は、中国科学院や中国農業部の幹部を務める傍ら、大学院生の指導にも当たっており、多くの有能の後進を育ていている。

 李家洋は、中国において科学研究に携わる人には3つのタイプがあるとしている。1つ目は未知のものを探求し理解したいという強い意欲を持つ人、2つ目は科学研究は社会的な価値であり、科学者として社会的な地位を得たいと考える人、3つ目は科学研究で生計を立てたいと考える人である。そして李家洋は、真の科学者を志すには、単に社会的な地位や報酬を求めるだけではなく、理想の追求や献身の精神を発揮して欲しいと、学生たちを前にした講演会で強調している。

 李家洋はまた、学生は野心的な目標を持つべきであること、研究にはチームスピリットが必要であること、科学研究を行うには忍耐の精神が必要であることなどを強調している。

参考資料

・中国农业科学院HP 第七任院長 李家洋https://www.caas.cn/zzjg/lrld/lryc/a53ef2915a134dfe964229acce71d202.htm
・中国科学院遗传与发育生物学研究所HP 李家洋 http://www.genetics.cas.cn/yjdw/index_92328.html?json=http://sourcedb.genetics.cas.cn/zw/zjrc/ys/200907/t20090721_2130992.json
・科学技術部HP 2017年度国家自然科学奖获奖项目目录
https://www.most.gov.cn/ztzl/gjkxjsjldh/jldh2017/jldh17jlgg/201801/t20180103_137371.html
・人民网HP  北青报澄清农业部副部长李家洋相关报道 http://society.people.com.cn/n/2013/1111/c1008-23496612.html
・中国科学院遗传与发育生物学研究所HP 科学家风采——李家洋 2017年1月26日 http://www.genetics.ac.cn/dzqk/2017/01/01/kxjfc/201701/t20170119_4738893.html