1. 選定の方法について

(1)引用栄誉賞が基本データ

 ノーベル賞を受賞する可能性のある科学者を選定する方法として、まずクラリベート・アナリティクス引用栄誉賞(Citation Laureate:以下「引用栄誉賞」と略す)に着目した。引用栄誉賞はノーベル賞受賞者予測に特化しており、ここでもこの賞の受賞者をノーベル賞候補者の選定の重要なデータとすることにした。

 引用栄誉賞は、クラリベート・アナリティクス社が自社のデータベースである「Web of Science」を用いて論文・被引用回数の分析を行い、毎年秋のノーベル賞受賞者発表に先立ち同賞の受賞者クラスと目される研究者を公表しているもので、2002年から公表されている。
 かつてはトムソンロイター引用栄誉賞と呼ばれていたが、トムソンロイター社の業務再編に伴って論文データベース業務を継承したクラリベート・アナリティクス社が、この引用栄誉賞も引き継いだ。

 引用栄誉賞は、過去 20 年以上にわたる論文の被引用回数に基づき、各分野の上位 0.1%にランクインする論文を作成した科学者の中から選ばれている。ただ、定量的な被引用回数をベースとしているものの、科学的な発見の重要性や科学者自身の調査は当然として、他の国際賞の受賞歴や各国の科学アカデミー会員への選出履歴なども考慮して候補者を選別している。

(2)著名な国際賞受賞者に着目

 次に着目したのは、著名な国際賞である。

 元々国際賞は、政府、学会、民間団体、篤志家などが資金を拠出して、学術や科学技術の特定分野において優れた業績を挙げた個人や団体に対して、その栄誉を称えるために贈られる賞であり、ノーベル賞もその代表的な例である。受賞対象が国内に限られず広く国際的な国際賞と呼んでいる。国際賞と呼んでいる。

 現在国際賞の数は数千にも上ると言われているが、その中で各分野で世界的にトップレベルの科学者・研究者に贈られる国際賞は限られている。ここでは、ノーベル賞候補者を予測するという考えから、ノーベル賞につながると想定される国際賞をリストアップし、その受賞者を上記の引用栄誉賞受賞者に加えてノーベル賞候補者の選定の重要なデータとすることにした。

 ここで考慮した国際賞29のリストをこちらに示す。今回はノーベル賞予測に特化しているため、数学や建築などのノーベル賞には遠い分野の、トップレベル国際賞は考慮しないこととした。例えば、数学のフィールズ賞など、建築のプリツカー賞などである。

(3)選定の手法

 引用栄誉賞受賞者は、当該科学者が生存している限りノーベル賞候補科学者として選定した。
 過去に引用栄誉賞を受賞したが、その後近い分野の他の研究者が実際にノーベル賞を受賞した場合、引用栄誉賞を受賞した科学者のノーベル賞受賞の可能性は激減する。例えば、中国系でリストアップされているフェン・チャン(張鋒)MIT教授は、ゲノム編集技術の開発で2016年に引用栄誉賞を受賞したが、エマニュエル・シャルパンティとジェニファー・ダウドナ両博士がゲノム編集技術の開発で2020年にノーベル化学賞を受賞したため、この内容でのフェン・チャンのノーベル賞受賞はほとんど無い。
 しかし、この様な点を考慮してノーベル賞を予測するためには、研究成果の内容に踏み込んだ調査が必要となるため、今回の分析では引用栄誉賞を受賞したかどうかをデータとして活用することとした。

 一方、国際賞29賞受賞者からのノーベル賞候補の選定は次の通り行った。
 まず、多分野にわたる国際賞においては、数学分野を除外した。例えば、ウルフ賞、クラフォード賞、ショウ賞、ブレイクスルー賞などである。他方、農業や工学など従来はノーベル賞受賞に遠いと言われた分野も、近年の状況を考慮して除外しなかった。
 国際賞29賞の受賞者を中国系と日本人別に調査し、これをノーベル賞予測のデータとした。
 ただし、ノーベル賞受賞者は生存者に限られるため、現時点で亡くなっている科学者は除外した。また、既にノーベル賞を受賞している人は、今回考慮した国際賞を受賞していても一律で除外した。過去には、キュリー夫人を代表的な例として2度ノーベル賞を受賞する人は複数いるが、今回の予測では考慮しなかった。

 また引用栄誉賞と同様、過去に国際賞を受賞したが、その後近い分野の他の研究者が実際にノーベル賞を受賞した場合、国際賞を受賞した科学者のノーベル賞受賞の可能性は激減する。しかし今回の分析では、国際賞についても引用栄誉賞と同様に、国際賞を受賞したかどうかをデータとして活用することとした。

(4)ノーベル賞候補者リストの作成

 上記(3)により選定した引用栄誉賞受賞者と国際賞受賞者について、まず重複を確認した。

 そして、引用栄誉賞と国際賞の受賞数の多いほどノーベル賞受賞の可能性が高いと想定して、中国系と日本人それぞれで、受賞数の多い順で並べた。

 受賞数が同数の場合には、引用栄誉賞受賞を上位と判断した。また国際賞受賞が同数の場合には、受賞年が新しいものを上位と判断した。

 このような手順を踏んで作成したリストが、下記の2(中国系科学者)と3(日本人科学者)のノーベル賞候補者のリストである。 

2.中国系科学者のノーベル賞受賞候補の選定

 現在存命中で活躍している中国系のノーベル賞受賞候補者は、全体で28名である。

 選択の根拠であるが、まずクラリベートアナリティックス社の引用栄誉賞を受賞した中国系で存命の科学者は、10名である(詳細はこちらを参照されたい)。次に、ノーベル賞に近いと考えられる著名な国際賞受賞者で、中国系で存命の科学者は24名である(詳細はこちらを参照されたい)。このうち二つのカテゴリーで重複している科学者が6名いるため、全体で28名となる。

 これを、受賞数の多さの順に並べたのが下記である。

(1)受賞数4(引用栄誉賞と国際賞3)(1名)

・盧煜明(デニス・ロー) ラスカー賞(2022年)、引用栄誉賞・化学(2016年)、キング・ファイサル国際賞(2014年)、ブレイクスルー賞(2021年)

(2)受賞数3(引用栄誉賞と国際賞2)(1名)

・チン・W・タン(鄧青雲) 京都賞(2019年)、引用栄誉賞・化学(2014年)、ウルフ賞(2011年)

(3)受賞数3(国際賞3)(1名)

・ユェワイ・カン(簡悦威) ショウ賞(2003年)、ラスカー賞(1991年)、ガードナー国際賞(1984年)

(4)受賞数2(引用栄誉賞と国際賞1)(4名)

・バージニア・リー(李文渝) 引用栄誉賞・生理学医学(2022年)、ブレークスルー賞(2020年)
・ユアン・チャン(張遠) 引用栄誉賞・生理学医学(2017年)、ロベルトコッホ賞(1998年)
・フェン・チャン(張鋒) 引用栄誉賞・化学(2016年)、ガードナー国際賞(2016年)
・ロバート・チャン(錢澤南) 引用栄誉賞・生理学医学(2014年)、ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞(1999年)

(5)受賞数2(国際賞2)(4名)

・ジージャン・チェン(陳志堅) ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞(2023年)、ブレイクスルー賞(2019年)
・アンドリュー・チーチー・ヤオ(姚期智) 京都賞(2022年)、チューリング賞(2000年)
・シャオドン・ワン(王暁東) キング・ファイサル国際賞(2020年)、ショウ賞(2006年)
・タクワー・マク(麦德华) キング・ファイサル国際賞(1995年)、ガードナー国際賞(1989年)

(6)受賞数1(引用栄誉賞)(4名)

・ゼナン・バオ(鲍哲南)引用栄誉賞・化学(2022年) 
・ホンジェ・ダイ(戴宏傑)引用栄誉賞・物理学(2020年)
・ゾンリン・ワン(王中林)年引用栄誉賞・物理学(2015年)
・ペイドン・ヤン(楊培東)引用栄誉賞・物理学(2014年)

(7)受賞数1(国際賞1)(13名)

・チュアン・へ(何川) ウルフ賞化学部門(2023年)
・ジャッキー・イン  キングファイサル国際賞(2023年)
・ジュン・イェ(葉軍) ブレイクスルー賞(2022年)
・シャオウェイ・チュアン(庄小威)  ブレイクスルー賞(2019年)
・シャオガン・ウェン(文小剛) ディラック賞(2018年)
・シュー・チェン(銭煦) ベンジャミンフランクリン・メダル(2016年)
・チーフェイ・ウォン(翁啓恵) ウルフ賞化学部門(2014年)
・メン・スー(蘇萌) ブルーノ・ロッシ賞(2014年)
・ホークァン・マオ(毛河光) バルザン賞(2005年)
・パトリック・リー(李雅達) ディラック賞(2005年)
・ウェンシン・リー(李文雄) バルザン賞(2003年)
・徐立之(ラプチー・ツィ) ガードナー国際賞(1990年)
・王学荆(ジェリー・ワン) ガードナー国際賞(1981年)

3.日本人科学者のノーベル賞受賞候補の選定

 一方、現在存命中で活躍している日本人のノーベル賞受賞候補者は、全体で57名である。

 選択の根拠であるが、まずクラリベートアナリティックス社の引用栄誉賞を受賞した日本人で存命の科学者は、27名である(詳細はこちらを参照されたい)。次に、ノーベル賞に近いと考えられる著名な国際賞受賞者で、日本人の存命の科学者は44名である(詳細はこちらを参照されたい)。このうち二つのカテゴリーで重複している科学者が14名いるため、全体で57名となる。

 これを、受賞数の多さの順に並べたのが下記である。ノーベル賞の予測であるので、ここでは引用栄誉賞を重視している。

(1)受賞数5(引用栄誉賞と国際賞4)(2名)

・岸本忠三   引用栄誉賞・生理学医学(2021年)、キング・ファイサル国際賞(2017年)、日本国際賞(2011年)、クラフォード賞(2009年)、ロベルト・コッホ賞(2003年)
・森 和俊   ブレイクスルー賞(2018年)、引用栄誉賞・生理学医学(2015年)、ラスカー賞(2014年)、ショウ賞(2014年)、ガードナー国際賞(2009年)

(2)受賞数4(引用栄誉賞と国際賞3)(1名)

・坂口志文   ロベルト・コッホ賞(2020年)、クラフォード賞(2017年)、引用栄誉賞・生理学医学(2015年)、ガードナー国際賞(2015年)

(3)受賞数3(引用栄誉賞と国際賞2)(5名)

・竹市雅俊  ガードナー国際賞(2020年)、引用栄誉賞・生理学医学(2012年)、日本国際賞(2005年)
・平野俊夫  引用栄誉賞・生理学医学(2021年)、日本国際賞(2011年)、クラフォード賞(2009年)
・審良静男  ガードナー国際賞(2011年)、引用栄誉賞・生理学医学(2008年)、ロベルト・コッホ賞(2004年)
・小川誠二  引用栄誉賞・生理学医学(2009年)、ガードナー国際賞(2003年)、日本国際賞(2003年)
・飯島澄男  引用栄誉賞・物理学(2007年)バルザン賞(2007年)、ベンジャミン・フランクリン・メダル(2002年)

(4)受賞数3(国際賞3)(1名)

・遠藤 章  ガードナー国際賞(2017年)、ラスカー賞(2008年)、日本国際賞(2006年)

(5)受賞数2(引用栄誉賞と国際賞1)(6名)

・柳沢正史  引用栄誉賞・生理学医学(2023年)、ブレイクスルー賞(2023年)
・中沢正隆  日本国際賞(2023年)、引用栄誉賞・物理学(2006年)
・藤田 誠  引用栄誉賞・化学(2021年)、ウルフ賞化学部門(2018年)
・澤本光男  引用栄誉賞・化学(2021年)、ベンジャミン・フランクリン・メダル (2017年)
・細野秀雄  日本国際賞(2016年)、引用栄誉賞・物理学(2006年)
・藤嶋 昭  引用栄誉賞・化学(2012年)、日本国際賞(2004年)

(6)受賞数2(国際賞2)(3名)

・金森博雄 ウィリアム・ボウイ・メダル(2014年)、京都賞(2007年)
・岩崎俊一 ベンジャミン・フランクリン・メダル(2014年)、日本国際賞(2010年)
・増井禎夫 ラスカー賞(1998年)、ガードナー国際賞(1992年)

(7)受賞数1(引用栄誉賞)(13名)

・片岡一則 引用栄誉賞・化学(2023年)
・長谷川成人 引用栄誉賞・生理学医学(2022年)
・谷口 尚 引用栄誉賞・物理学(2022年)
・渡邊賢司 引用栄誉賞・物理学(2022年)
・中村祐輔 引用栄誉賞・生理学医学(2020年)
・金久 實 引用栄誉賞・生理学医学(2018年)
・宮坂 力 引用栄誉賞・化学(2017年)
・松村保広 引用栄誉賞・化学(2016年)
・十倉好紀 引用栄誉賞・物理学(2014年、2002~2005年)
・水島 昇 引用栄誉賞・生理学医学(2013年)
・大野英男 引用栄誉賞・物理学(2011年)
・北川 進 引用栄誉賞・化学(2010年)
・新海征治 引用栄誉賞・化学(2002年~2005年)

(8)受賞数1(国際賞1)(26名)

・菅 裕明  ウルフ賞化学部門(2023年)
・松波弘之  エジソン・メダル(2023年)
・萩本和男  日本国際賞(2023年)
・柳町隆造  京都賞(2023年)
・香取秀俊  ブレイクスルー賞(2022年)
・伊賀健一  エジソン・メダル(2021年)
・岡本佳男  日本国際賞(2019年)
・檜山爲次郎 キッピング賞(2018年)
・三村高志  京都賞(2017年)
・金出武雄  京都賞(2016年)
・国武豊喜  京都賞(2015年)
・太田朋子  クラフォード賞(2015年)
・末松安晴  日本国際賞(2014年)
・西 美緒  チャールズ・スターク・ドレイパー賞(2014年)
・吉良満夫  キッピング賞(2012年)
・佐川眞人  日本国際賞(2012年)
・河岡義裕  ロベルト・コッホ賞(2006年)
・関口 章  キッピング賞(2006年)
・三田一郎  J.J.サクライ賞(2004年)
・久城育夫  ウォラストン・メダル(2003年)
・玉尾皓平  キッピング賞(2002年)
・吉川弘之  日本国際賞(1997年)
・嶋 正利  京都賞(1997年)
・藤原哲朗  キング・ファイサル国際賞(1996年)
・長田重一  ロベルト・コッホ賞(1995年)
・谷口維紹  ロベルト・コッホ賞(1991年)