はじめに

 ゾンリン・ワン(1961年~)ジョージア工科大学教授は、ナノテクノロジー特にナノ発電機を専攻分野とする中国系米国人の研究者である。2015年にクラリベートアナリティックス社の引用栄誉賞・物理学分野を受賞しており、ノーベル物理学賞の受賞候補者である。

ゾンリン・ワンの写真
ゾンリン・ワン 百度HPより引用

生い立ちと教育

 ゾンリン・ワン(Zhong Lin Wang、王中林)は、1961年に陝西省渭南市で、普通の農民の家庭に生まれた。当時の渭南市は、他の大部分の地方と同様に閉鎖的で後進的な地域であり、またワンが5歳となった1966年から文化大革命が始ったこともあって、ワンは中学校や高校時代の3分の1の時間は田んぼで過ごしたという。
 文革が終了し、1977年に高考が復活したのを聞いたワンは、猛勉強を開始した。普通の農民の子であったワンにとって、教材である書籍は学校にしかなく、またその教材の貸出期間は翌日までであったので、夜を惜しんで読書することが日課であった。妹の王玉霞は、「当時、家には時計もなく、時間の概念もありませんでした。夜明けに起きて、暗くなったら寝るだけでした。しかし、兄のワンは毎晩、夜明け近くまで本を読まなければなりませんでした。」と回想している。
 この成果もあって、ワンは復活2回目の1978年夏の高考を受験して、西安の西北電気通信工程学院(西北电讯工程学院、現在の西安電子科技大学)の応用物理学科に入学した。

 ゾンリン・ワンは、1982年に「中米渡米物理専攻大学院生共同募集(CUSPEA)」事業により米国に留学し、アリゾナ州立大学に入学した。
 CUSPEAは米中が学術交流を復活させた1979年に、ノーベル賞受賞学者の李政道が最高指導者の鄧小平に提起して始まったプログラムであり、物理学を学ぶ大学院生を中国国内で募集し、米国の有名大学で博士課程を履修させるものであった。1980年に米国の61か所の大学がCUSPEAに参加した。

 ワンは1987年に、アリゾナ州立大学から物理学の博士号を取得した。

ポスドクなどを経てジョージア工科大学へ

 博士号を取得したゾンリン・ワンは、その後いくつかのポストを経験する。1987年には、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校でポスドク研究を行った。1988年には英国に渡り、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所の研究員となった。1989年には米国に戻り、テネシー州にあるオークリッジ国立研究所の研究員となった。1993年には、ワシントン郊外にある国立標準技術研究所(NIST)の研究員となった。

 ゾンリン・ワンは1995年に、アトランタにあるジョージア工科大学の准教授(Associate Professor)兼電子顕微鏡センター主任に採用された。1998年に、同大学の正教授に昇進している。

ナノエネルギーの権威に

 ゾンリン・ワンは2001年に、酸化亜鉛(ZnO)によるナノベルトを発見した。ZnO は、シリコン・ナノワイアーやカーボン・ナノチューブと同様に重要なナノ材料の一種になった。

 ワンは2006年に、酸化亜鉛(ZnO)のナノワイアーによる微小な機械エネルギーから電気を生成する圧電ナノ発電機を発明した。この技術により、センサー・ネットワーク、モバイル・エレクトロニクス、モノのインターネットなどに応用可能と考えられるナノエネルギーと自己給電システムの研究が始まった。

 ワンは2009年に、太陽エネルギーや機械エネルギーなど、2 つ以上の異なる種類のエネルギーを同時に収集するためのハイブリッド・セルのアイディアを公表した。

 ワンは2011年に、摩擦電気ナノ発電機 (TENG) の概念を提案した。TENG はさまざまな種類のエネルギー源からエネルギーを収集でき、ポータブル電子機器、生物医学、環境モニタリング、さらには大規模電力用の自己給電システムにおいて大きな可能性を秘めている。

 ワンは2012 年、焦電効果に基づいて焦電ナノ発電機を発明した。焦電効果とは、焦電セラミクスに温度変化が発生すると、焦電セラミクスの自発分極が変化しその温度変化に応じて電荷が発生する現象である。

国際賞の受賞

 上記のような研究成果により、ゾンリン・ワンはいくつかの国際賞や学会賞を受賞していった。

 ワンは1999年に、米国顕微鏡学会からバートンメダルを受賞した。

 ワンは2011年に、米国材料学会からMRSメダルを受賞した。

 ワンは2015年に、トムソンロイター引用栄誉賞(現クラリベートアナリティックス引用栄誉賞)の物理学分野を受賞した。受賞理由は、「圧電ナノジェネレータと、圧電フォトトロニックナノジェネレータの発明(For his invention of piezotronic and piezophototronic nanogenerators)」であった。これによりワンは、ノーベル物理学賞の有力候補の一人となった。

 ワンは2018年に、エネルギーの国際賞であるEni賞エネルギーフロンティア部門を受賞した。Eni賞は、エネルギー源のより有効な利用と環境研究の促進を目的として、イタリアの石油・ガス会社Eniによって授与される賞である。ワンの受賞理由は、「モノのインターネットおよび大規模なブルー・エナジー・ハーベスティング用の移動電源としてのナノ発電機(Nanogenerator as Mobile Power Source for Internet of Things and for Large-Scale Blue Energy Harvesting)」であった。

 ワンは2019年に、アルバート・アインシュタイン世界科学賞を受賞した。同賞は、科学、教育、芸術の分野における世界レベルの研究の促進、グローバル化、国際文化促進を推進するために1981年に創設された国際機関である世界文化理事会(World Cultural Council)が毎年授与する賞である。ワンが受賞した時の授賞式ホスト機関は日本の筑波大学であり、2019年10月につくば国際会議場で行われている。

、アルバート・アインシュタイン世界科学賞
 筑波大学HPより引用

中国との関係

 ゾンリン・ワンは米国籍を既に取得しているが、中国との関わりは深い。

 ワンがジョージア工科大学の教授となった翌年の1999年に、母校である西安電子科技大学の客員教授に就任したが、その後も華南理工大学、ハルビン工業大学、中山大学、中南大学、北京大学、中国科学院大学、中国科学技術大学などの大学や、中国科学院の半導体研究所、物理研究所で、名誉教授、客員教授などの職を兼務して、中国での研究や後進の指導に当たった。

 2010年の西安電子科技大学の記事によれば、1992年から2010年までの18年間で中国と米国を120回以上行き来し、80人以上の優秀な中国人人材を育成した。またワンは、2006 年から 2009 年まで北京大学工学部の先端材料およびナノテクノロジー学部の共同創設者および初代学部長を務めた。

 これらの功績もあって、ワンは2009年に中国科学院の外国人院士に選ばれている。さらにワンは、2014年に国際科学技術合作賞(中华人民共和国国际科学技术合作奖)を受賞している。

参考資料

・Zhonglin Wang HP https://nanoscience.gatech.edu/
・Georgia Tech HP https://www.mse.gatech.edu/people/zhong-lin-wang
・西安电子科技大学新闻网HP 王中林:孜孜不倦的科学人生 https://news.xidian.edu.cn/info/1013/2991.htm
・中国科学院HP 王中林(Zhong Lin Wang)
・ENI.com https://www.eni.com/en-IT/innovation-technologies/eni-award.html
・筑波大学HP https://tsukuba-conference.com/wcc/
・科技部HP 中华人民共和国国际科学技术合作奖2014年 https://www.most.gov.cn/ztzl/gjkxjsjldh/jldh2013/jldh13jlgg/201401/t20140107_111211.html