はじめに 

 ホンジェ・ダイ(1966年~)スタンフォード大学教授は、ナノテクノロジー、カーボン・ナノチューブを専攻分野とする、中国系米国人の研究者である。2020年にクラリベートアナリティックス社の引用栄誉賞・物理学分野を受賞しており、ノーベル物理学賞の候補者である。

ホンジー・ダイの写真
ホンジェ・ダイ 百度HPより

生い立ちと教育

 ホンジェ・ダイ(Hongjie Dai、戴宏傑、戴宏杰)は1966年に、湖南省の邵陽市に生まれた。丁度文化大革命が開始された時期であったが、ダイが10歳になった時に文革は終了して教育は正常に戻った。16歳となった1982年に湖南省の省都である長沙市の中学校に設けられた清華実験学級に入学した。成績は優秀で、とりわけ国語に優れ、作文コンクールで一等賞と二等賞を受賞した。

 ダイは1984年に清華実験学級を卒業し、清華大学の応用物理学科に進学して、1989年に同大学を卒業した。

CUSPAプログラムで米国へ留学

 ホンジェ・ダイは、1989年に「中米渡米物理専攻大学院生共同募集(CUSPEA)」事業により米国に留学し、コロンビア大学大学院の応用化学専攻に入学した。
 CUSPEAは米中が学術交流を復活させた1979年に、ノーベル賞受賞学者の李政道が最高指導者の鄧小平に提起して始まったプログラムであり、物理学を学ぶ大学院生を中国国内で募集し、米国の有名大学で博士課程を履修させるものであった。1980年に米国の61か所の大学がCUSPEAに参加した。
 ダイは1991年に、コロンビア大学から修士号を取得し、さらにハーバード大学大学院に進学した。

ハーバードでチャールズ・リーバーに師事

 ハーバード大学での指導教官は、チャールズ・リーバー(Charles Lieber)教授であった。リーバー教授は、ナノデバイス、ナノワイヤーなどナノテクノロジーにおける世界的権威であった。

 ホンジェ・ダイは、リーバー教授の下、着実に研究成果を挙げていくが、近年リーバー教授を巡って大きな社会問題が発生しており、簡単に触れる。
 リーバー教授は、このダイなど多くの中国系科学者を弟子に持ち、中国関係者との接触も多かった。その一環でリーバー教授は中国共産党が推し進めた「千人計画」に参加した。一方、リーバー教授は、ナノテクノロジーにおける世界的権威であり米国でも多くの研究資金を獲得していたが、米国国防総省や国立衛生研究所(NIH)から研究資金を獲得する際、「外資系研究機関との雇用契約はない」と申告していた。
 ところが、司法当局の捜査によりリーバー教授は千人計画に参加していたことが発覚し、虚偽の申告をした容疑で2020年1月に逮捕された。
 2021年12月、マサチューセッツ州ボストンの連邦裁判所の陪審員はリーバー教授を有罪とする評決を下した。リーバーは教授を辞めて、ハーバード大学から離れている。

 本件について、ダイは、具体的な関与はなかったと思われる。

スタンフォード大学に移動

 ホンジェ・ダイは、1994年にハーバード大学より博士号を取得し、テキサス州にあるライス大学のスモーリー(Richard E. Smalley)教授のもとで、ポスドク研究を行った。スモーリー教授は1996年に、フラーレンの発見の功績によってノーベル化学賞を得ている。また、フラーレンの研究だけでなく、カーボンナノチューブを高圧化の一酸化炭素から作り出す方法の開発研究を行っており、これがダイに大きな影響を与えた。

 ダイは、1997年にスタンフォード大学の化学科の助教授に採用され、2002年には正教授に昇進した。

ナノテクで大きな成果を挙げる

 スタンフォード大学に移ったホンジェ・ダイは、カーボンナノ材料の成長と合成、物理的特性の研究、ナノエレクトロニクス・デバイスの研究開発、ナノバイオ医学とエネルギー材料の研究を行い、大きな成果を挙げた。

 これらの業績により、2002年には米国化学会(ACS)の純粋化学賞を、2006年には米国物理学会(APS)の新材料賞などを受賞した。

引用栄誉賞を受賞

 ホンジェ・ダイは2020年に、カリフォルニア大学バークレー校のゼットル(Alex Zettl)と共に、クラリベートアナリティックス社の引用栄誉賞・物理学分野を受賞した。受賞理由は、「カーボンナノチューブと窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)の製造と新規応用に対して(For fabrication and novel applications of carbon and boron nitride nanotubes)」であった。この受賞によりダイは、ノーベル物理学賞の有力候補者の一人となった。

カーボンナノチューブと日本の研究者

 なお日本には、カーボンナノチューブの優れた研究者として、触媒化学気相成長法によりカーボンナノチューブの存在とその成長モデルを初めて示し、多層カーボンナノチューブの量産技術を開拓した遠藤守信信州大学名誉教授や、電子顕微鏡によるカーボンナノチューブの構造決定を行った飯島澄男名城大学終身教授らがいて、彼らもホンジェ・ダイと共にノーベル賞の有力候補である。

参考資料

・新浪HP 沙市一中校友戴宏杰当选2016年美国科学院院士 https://hunan.sina.com.cn/news/photo/2016-05-04/detail-ifxryhhi8368177.shtml
・Stanford University HP Hongjie Dai https://chemistry.stanford.edu/people/hongjie-dai
・ACSHP ACS Award in Pure Chemistry 
・クラリベートアナリティックス社HP 2020年の「引用栄誉賞」受賞者を発表 
・信州大学HP 遠藤守信研究室 http://endomoribu.shinshu-u.ac.jp/index.html
・名城大学HP ナノサイエンスの先駆者・飯島澄男終身教授 https://www.meijo-u.ac.jp/sp/meijoresearch/researcher/cnt/