はじめに

 ペイドン・ヤン(1971年~)カリフォルニア大学バークレー校教授は、無機ナノ材料の研究とりわけナノワイヤの研究で世界的に注目を浴びている研究者である。2014年のトムソンロイター引用栄誉賞の物理学分野を受賞しており、ノーベル賞受賞が期待される中国系米国人研究者である。

ペイドン・ヤンの写真
ペイドン・ヤン 百度HPより引用

生い立ちと教育

 ペイドン・ヤン(Peidong Yang、杨培东、楊培東)は、1971年に江蘇省蘇州市で生まれた。父は医者、母は幼稚園の教師という家庭に育った。ヤンが生まれて5年後に文化大革命が終了しており、影響はほとんど受けていない。

 ヤンは、地元の実験的な教育を行う中学校へ入り、勉学に励んだ。小さい頃は国語が好きで、読書が楽しみであり、また作文で優秀賞を取ったこともあった。中学や高校では、国語に加え、物理、化学、数学でも常に満点に近い成績だった。

 1988年に全国大学共通入試である高考に臨むが、試験の直前に虫垂炎となって手術のために入院し、貴重な時間をロスしてしまう。それでも、受験した高考では実力を発揮して全校一番の成績を収め、理系の名門大学である中国科学技術大学応用化学科に無事入学した。

 ヤンは、中国科学技術大学でも勉学に励み、優秀な成績を収めた学生に与えられる郭沫若奨学金を受賞している。郭沫若奨学金は、中国科学院の初代院長で中国科学技術大学の初代学長であった郭沫若が、生前寄付した資金を元に1980年から授与が始まったもので、毎年15名程度に与えられる。

ハーバード大学で博士号取得

 ペイドン・ヤンは、1993年に中国科学技術大学を卒業して学士号を取得の後、米国のハーバード大学の化学科に留学した。ハーバード大学での指導教官は、チャールズ・リーバー(Charles Lieber)教授であった。リーバー教授は、ナノデバイスなどナノテクノロジーにおける世界的権威であった。同門には、ナノ技術特にカーボン・ナノチューブで著名なホンジェ・ダイ(Hongjie Dai 、戴宏傑、1966年~)スタンフォード大学教授がいる。

 リーバー教授は中国共産党が推し進めた「千人計画」に参加していたが、米国国防総省や国立衛生研究所(NIH)から研究資金を獲得する際、「外資系研究機関との雇用契約はない」と申告していた。ところが、司法当局の捜査により千人計画に参加していたことが発覚し、虚偽の申告をした容疑で2020年1月に逮捕され、2021年12月に有罪となった。リーバーは教授を辞めて、ハーバード大学から離れている。

 ペイドン・ヤンもホンジェ・ダイも、本件事件に具体的な関与はなかったと思われる。

若くしてバークレーの教授に

 ペイドン・ヤンは、1997年にハーバード大学から博士号を取得の後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に移り、ポスドクを行った。ポスドク時代の2年間では、ガレン・スタッキー (Galen D. Stucky)教授の下で、メソポーラス材料の研究で成果を挙げた。

 ヤンは1999年に、カリフォルニア大学バークレー校化学科の助教授(Assistant Professor)に就任した。ヤンは、自らの研究室を主宰し、主として無機ナノ材料化学、金属あるいは半導体のナノ構造体合成などの研究に注力していった。
 ヤンは2004年に、バークレー校の准教授(Associate Professor)に就任した。
 さらにヤンは2007年に、バークレー校化学科の正教授に就任した。中国系の科学者がバークレー校化学科の正教授となったのは、台湾出身で1986年にノーベル化学賞を受賞した李遠哲以来であった。

ナノワイヤの研究で注目される 

 ペイドン・ヤンは、半導体ナノワイヤと原子集合体に関する研究の先駆者である。この研究は、マイクロ発光ダイオード、レーザー、トランジスタ、コンピューター回路、ソーラーパネル、バイオセンサーなどへの応用が期待されている 。

 いくつかの具体例を挙げると、ヤンは2001年に、人間の髪の毛のわずか 1000 分の 1 のサイズという世界最小のレーザーをナノワイヤ上に製造したことをサイエンス誌に発表した。

 ヤンは2002年に、シリコンとゲルマニウムという2つの異なる材料から1本の多層構造ナノワイヤの製造に成功した。

 ヤンは2003年に、耐久性があり、特性が安定し、光電特性に優れた単結晶窒化ガリウムナノチューブに関する研究成果をネーチャー誌に発表した。

学会賞や引用栄誉賞を受賞

 ペイドン・ヤンは、これらの成果を受けて米国の学会賞を受賞していった。
 ヤンは2005年に、米国化学会(ACS)が授与する純粋化学賞を受賞した。
 ヤンは2007年に、米国科学財団(NSF)が授与するアラン・ウォーターマン賞(The Alan T. Waterman Award)を受賞した。ウォーターマン賞は、NSF初代長官の名を冠した賞で40歳以下あるいは博士号取得10年以内の優れた若手研究者を対象としており、受賞者にはメダルに加え、5年間で100万ドルの自身の研究分野における研究グラントが配分される。

アラン・ウォーターマン賞 
NSFのHPより引用

 そしてペイドン・ヤンは2014年に、トムソンロイター(現クラリベートアナリティックス)引用栄誉賞の物理学分野を受賞した。これによりヤンは、ノーベル賞(化学賞あるいは物理学賞)受賞の候補者の一人として注目されるようになった。

 さらに、ヤンは2015年に、マッカーサー財団のマッカーサー・フェロー(天才賞とも呼ばれる)に選出された。同賞は、分野を問わず優れた創造性を発揮し実績と将来性を併せ持つ研究者を毎年20~30人選び、研究助成金を支給するもので、米国の富豪で生命保険会社などを経営していたマッカーサー(John D. MacArthur)夫妻の遺産により設立された財団が授与している。

参考資料

・バークレー校HP Peidong Yang https://chemistry.berkeley.edu/faculty/chem/yang
・KKNews 纳米牛人杨培东今天冲击诺贝尔物理学奖 https://kknews.cc/zh-cn/education/j8m9xxl.html
・中国江苏网 老师回忆:杨培东钻劲超人  記事はリンクが外れているが、スナップショットが貼り付けられている。
・Peidong Yang Group HP  http://nanowires.berkeley.edu/
・NSF HP  Berkeley Nanotechnology Pioneer to Receive $500,000 Waterman Award https://www.nsf.gov/news/news_summ.jsp?cntn_id=108987