はじめに

 人工衛星を用いて行われる業務として、通信、放送、航行測位、気象観測、地球観測、科学観測などがあるが、これらを総称してミッションと呼んでいる。一つ一つの人工衛星は、基本的な機能を有する「衛星バス」と、通信機器、センサ、観測装置などの「ミッション機器」により構成されている。
 ここでは、このうちの衛星バスについて中国の現状と技術力について述べる。

1.衛星バスの構成要素

 人工衛星では、ミッションが違っても、衛星に搭載されている機器を動かすための電力系や、衛星の位置を変化させるための推進系などは共通の場合が多い。そこで、衛星を製造する際、これらの共通的な機器を毎回新規に開発せずに実績のあるものを利用することにより、信頼性を向上させ、製造費用を安くし、製造期間も短縮できることから、基本的な機能を有する共通の衛星バスが用いられている。

 もちろん、人工衛星のミッションは多岐にわたるため、すべてのミッションに共通的に用いられる単一の衛星バスはないが、例えば静止軌道上で活躍する通信衛星などは共通の衛星バスが用いられている場合が多い。現在では衛星バスは、小型衛星、中型衛星、大型衛星用にそれぞれシリーズ化されており、ミッションに応じて選ぶことが出来るようになっている。以下に衛星バスの主な構成要素を見る。

(1)構体

 構体とは衛星バスの本体であり、これに通信機器、太陽電池、バッテリー、推進装置、姿勢制御装置など、衛星バスとしての機能を発揮する機器が取り付けられる。また、衛星のミッションに応じたミッション機器も、この構体に取り付けられる。
 衛星は、打ち上げ時やロケットからの分離時などに大きな振動や衝撃を受けるため、搭載している機器への負担を軽減するように材料を選んだり、形状を設計したりする必要がある。材料としては、アルミ合金などの金属材料や複合材料がメインで用いられる場合が多く、強度が必要な所にはステンレス、チタンなどが使用される。

(2)電力システム系

 ミッション機器を含む種々の機器を作動させるためには、電力が必要となる。通常衛星は、羽の形をした太陽電池パドルを有しており、人工衛星が太陽にさらされている時は発電を行ってバッテリーを充電し、衛星が地球の影などに隠れていて発電できない時はバッテリーから放電している。

(3)姿勢制御系

 地球上の軌道を回る衛星は、アンテナを地球に向けたり、観測機器をその対象となる方向に正しく向けたり、また太陽電池パネルを太陽に向けたりなど、その姿勢を常に保つ必要がある。しかし、重力、地磁気、太陽風などによる影響を受けて、衛星の姿勢は乱れるため、衛星の姿勢を制御して安定させる必要がある。このシステムが姿勢制御系で、スピン安定方式や3軸安定方式などが用いられている。

(4)推進系

 人工衛星が打ち上げられ所定の軌道に投入された場合であっても、例えば地球上の特定のところを観測したい時などに軌道を変えたい場合が出てくる。また、静止軌道の場合であっても、運用しているうちに太陽風や地球の重力場が一様でないことなどのため、徐々に軌道を外れて来る場合がある。
 このような場合に備えて、衛星バス上に小さなエンジンと燃料を備えており、これを推進系と呼ぶ。通常は、ヒドラジンと酸化剤を推進剤とするエンジンが使用される。このエンジンは、静止衛星が寿命を全うした際に残骸が貴重な静止軌道を占有することがないよう、最後に軌道高度を上昇させるためにも使用する。周回衛星が地球に落下する際に、安全な突入軌道にするためにも使用する。また、静止衛星の場合、静止トランスファー軌道から静止軌道に軌道変更するためのアポジ・エンジンを搭載しているが、それも推進系であり、残った燃料を用いて軌道変更に用いられる場合もある。

(5)コマンド・データ処理系

 衛星バスには、衛星の動作状況を地上に送信する機能、軌道を測定し地上とやりとりする機能、搭載されている機器の電源のオンオフなどの指令の受信機能が必要となるが、これらの機能を有するのがコマンド・データ処理系である。

(6)熱制御系

 宇宙空間において、衛星は太陽の直接照射による超高温から地球の影などの絶対零度に近い低温までの過酷な環境にさらされるが、真空である宇宙空間では輻射による廃熱しかできない。そのため、搭載した機器が良好に動作するためには、動作温度に収まるよう、断熱材、ラジエータ、ヒーターなどを組み合わせた熱制御系を設計し、予め衛星バスに搭載している。

2.中国の衛星バスの種類

 中国では、主として静止通信衛星用に用いられる衛星バスがシリーズで開発されてきた。最初は、東方紅2型と呼ばれる衛星バスで、1984年に打ち上げられた通信実験衛星の東方紅2号2に用いられた。その後、1997年には東方紅3型と呼ばれる衛星バスを用いた衛星が打ち上げられた。
 ちなみに中国語では、衛星バスのことを「衛星平台」と呼んでいる。平台はプラットフォームという意味である。

(1)静止通信衛星バス 東方紅4型

 現在の中国での静止通信衛星バスの主力は、東方紅4型である。製造は、後述する中国航天科技集団有限公司(CASC)の傘下にある中国空間技術研究院(CAST)が担当している。2001年に開発プログラムがスタートし、2006年と2007年にこの衛星バスを用いた衛星が打ち上げられたが、太陽電池パドルの不具合でいずれも失敗し、3度目の2008年10月打ち上げのベネズエラから受注した静止通信衛星で漸く成功した。

 東方紅4型(増強型)の仕様としては、打ち上げ時重量が6トン、最大電力が13.5キロワット、設計寿命15年となっている。

(2)開発中の東方紅5型

 より大型の静止通信衛星バスとして、中国は現在東方紅5型の開発を進めている。開発は、東方紅4型と同様、中国空間技術研究院(CAST)が担当している。仕様としては、打ち上げ時重量が10トン、最大電力が18キロワット、設計寿命は12~15年となっている。2020年に、この東方紅5型衛星バスを採用した通信衛星を打ち上げた。今後、この東方紅5型が主力の人工衛星バスとなる。

(3)その他の衛星バス

 中国では、標準的に用いられる衛星バスの系統が、上記の静止通信衛星の東方紅シリーズに加え、「実践」、「資源」、「北斗」の3つの系統の衛星バスが用いられている。

 「実践」衛星バスは科学衛星と技術試験衛星にシリーズに、「資源」衛星バスは農業、林業、水利、鉱物、エネルギー、測量、環境保護など地球観測衛星シリーズに、「北斗」衛星バスは航行測位衛星シリーズに、それぞれ用いられている。

3.国際的な比較(2019年時点で)

  以下の記述は、2019年の時点でのものである。したがって、2023年現在では少し変化していると想定されるが、参考としてそのまま掲載する。

(1)各国の静止衛星用の標準衛星バス

 各国の代表的な静止衛星用標準バスを列記すると、次のとおりである。

○米国: ロッキード・マーチン社のA2100A系バス
     ボーイング社のBSS702系バス
    スペースシステムズ/ロラール社のLS1300系バス
    オービタル・サイエンシズ社のGeostar-1/-2バス

○欧州:エアバス社のEurostar-3000系バス
ターレス・アレニア・スペース社のSpacebus-4000系バス

○ロシア:ISSレシェトネフ社のEkspress-2000型バス

○日本:三菱電機(株)のDS-2000型バス

○中国:中国空間技術研究院(CAST)の東方紅4型バス。

 人工衛星バス技術においては、米国と欧州が圧倒的である。これは、前記の米国や欧州の民間企業が切磋琢磨しながら自国のみならず他国に対しても活発な売り込みと受注を続けており、これに日本の三菱電機などが必死に食い込もうとしている状況を反映している。この米、欧、日に比較すると、ロシア、中国は他国の市場獲得において少し後手に回っている感が否めない。

 衛星バスに搭載される部品、要素技術、コンポーネント等の技術力も重要である。集積回路・太陽電池パネル・バッテリーなど、個々のコンポーネントや部品については、各国の製品が混在して使用されていることに留意する必要があるが、優れた衛星バスメーカを有する米国や欧州が優れている。日本は、通信機器、太陽電池パドル、リチウムイオン電池などの部品製造に優れ、国際市場でも活躍している。

(2)評価のまとめ

 JST報告書では、静止衛星用標準バス、衛星バスのラインアップ、部品・要素技術・搭載コンポーネント等、衛星バスの信頼度の4つの要素に分解して評価している。結果は次表のとおりである。

表 人工衛星バス 評価結果(2015年版)

評価項目満点中国米国ロシア欧州日本
静止衛星用標準バス10510696
衛星バスのラインアップ106108108
部品、要素技術、搭載コンポーネント等103103106
衛星バスの信頼度535255
合計351735193425
(出典)『世界の宇宙技術力比較(2015年度)』を基に作成

 米国と欧州が強く、部品等の技術力で日本が上位に来ている。ロシアと中国は低い評価となっている。ただ今後、中国は一帯一路などの政策の後押しによる海外衛星受注や、現在開発中の高性能な東方紅5型バスの運用が進めば、米欧に追いついてくると考えられる。