はじめに

 以上のような宇宙開発主要国と中国の宇宙活動を踏まえ、それぞれの国の宇宙技術力を比較してみたい。

 ただし、以下の元データは、筆者がJST/CRDSに在籍していた際に編集に携わった「世界の宇宙技術力比較(2015年度):JST報告書」をベースとしている。中国の宇宙開発は、米国、欧州、ロシアなど他の国と比較して極めて活発であり、現時点で状況が大きく変わっている可能性があることに留意されたい。

1.2015年の技術力比較

 JST報告書に基づき、各分野の技術力評価を、2015年時点で総合したものが次表である。米国は4つの分野すべてにおいて、圧倒的な技術力を示している。欧州がそれに続くが、差はかなりある。ロシアは強い分野と弱い分野が混在しており、総合的には欧州より技術力が低いとの結果になっている。日本と中国はほぼ互角との評価になっている。

表 国別宇宙技術力比較 評価結果(2015年版)

評価項目満点中国米国ロシア欧州日本
宇宙輸送分野30222725.523.518
宇宙利用分野3016281524.517
宇宙科学分野2022049.57.5
有人宇宙分野2011.519171010.5
合計10051.59461.567.553
(出典)『世界の宇宙技術力比較(2015年度)』を基に作成

2.技術力比較の推移

 次表に示したのは、2015年だけではなく過去3回分の評価結果をまとめたものである。
 詳細はCRDSのHP上で公表されている報告書を御覧いただきたい。4つの分野の分け方は3回とも同様であるが、それぞれの分野で評価している技術項目が若干違っている。ただ大筋が変化しているわけではないので経年的な変化を見ることは可能であると考える。その前提に立ってこの表を見ると、やはり米国の強さが際立っており、欧州とロシアが2位を争っている。中国は急激に技術力を向上させており、現時点では日本とほぼ互角である。

表 国別宇宙技術力比較 評価結果

評価項目満点中国米国ロシア欧州日本
2011年1004495656553
2013年1004995597052
2015年10051.59461.567.553
(出典)『世界の宇宙技術力比較(2011年度)』、『世界の宇宙技術力比較(2013年度)』、
『世界の宇宙技術力比較(2015年度)』を基に作成

3.2016年以降の主な進展(2018年6月まで)

 本書のベースとしたJST報告書は、2015年末までの各国の宇宙活動を基に技術評価をしているが、その後の各国の宇宙活動の進展を受けて技術評価に変化が見られるかどうかを分析したい。

 ただし、この補正は2018年6月までの内容で行っていることに、留意されたい。

(1)各国の宇宙活動状況

 各国の宇宙開発のアクティビティを考える場合に指標となるのは、どの程度ロケットを打ち上げて成功しているかである。次表は、2016年初めから2017年末までの2年間に、主要国がどの程度ロケット打ち上げを行い、どの程度成功したかを示す表である。これによれば、打ち上げ失敗も少し目立つものの、中国の打ち上げ数はすでにロシアを抜いており、米国に次いで世界第2位の地位にある。

表 各国のロケット打ち上げ(2016年~2017年末)

打ち上げ国中国米国ロシア欧州日本
打ち上げ数4050392210
打ち上げ失敗数30200
成功率(%)92.510094.9100100
(出典)各種資料に基づき辻野輝久氏作成

(2)各国の主な宇宙開発成果

 以下に、2016年から2018年6月までの2年半に達成した各国の主な宇宙開発成果を、国ごとに列記する。

①中国

・新系列の「長征7型」ロケットおよび「長征5型」ロケットの初打ち上げ成功
・中国文昌航天発射場(海南島)の運用開始
・量子通信衛星「墨子」の打ち上げ
・神舟11号の打ち上げ、天宮2号とのドッキング
・嫦娥4号をサポートするデータ中継通信衛星「鵲橋」の打ち上げ

②米国

・スペースX社の再使用型の「ファルコン9」ロケットの開発の進展

③ロシア

・ボストーチヌイ射場(シベリア東部の新射場)の運用開始

④欧州

・航行測位システムガリレオの初期運用体制が確立

⑤日本

・みちびきシステムの構築
・はやぶさ2号の小惑星「リュウグウ(162173 Ryugu)」接近

(3)2015年評価の補正

 前記のロケット打ち上げ数や主な達成成果を勘案して、2018年6月時点での各国の技術力を推定すると、米国では達成成果としてスペースX社しか挙がっていないが、打ち上げ数がきちんと確保されており防衛目的などの公表されていないものがあることなどを勘案すると、世界一の座は変わらない。
 欧州やロシアは、それなりにロケットの打ち上げが実施されているものの、あまり目立った達成実績がない。日本は、打ち上げ数が他の国々と比較すると少なく、また達成成果もそれほど大きくない。
 これに比較して中国は、打ち上げ数で米国に次いでおり、ここ2年の達成成果もバラエティに富んでいる。

 したがって、以上のような状況を勘案すれば、中国は2015年JST報告書の技術力と比較して進展があったと想定され、米国には及ばないが、日本を追い抜いて欧州、ロシアと2位グループを形成していると考えられる。

4.各国の状況

 上記の総合的な評価を踏まえて、各国の状況を概観する。

(1)米国

 上記の評価結果でも明らかであるが、米国は宇宙開発の技術力において世界一であり、当分この座は揺らがないと思われる。

 米国の強さの理由として、これまでの宇宙開発の蓄積をまず挙げる必要がある。旧ソ連によるスプートニクの打ち上げやガガーリンの初有人宇宙飛行などで屈辱的な敗北を味わった米国は、国家の威信をかけたアポロ計画などにより宇宙開発を進め、ソ連を完全に圧倒した。人工衛星を用いた宇宙利用においても、通信放送、航行測位、気象観測、地球観測などのあらゆる分野でその先鞭をつけている。さらに各国がほとんど行っていない太陽系外惑星などの探査や、高性能なハッブル望遠鏡を宇宙に据えるという画期的な手段で、世界の宇宙科学を牽引してきている。

 宇宙開発への研究開発資金の豊富なことも、米国の強さの源泉である。今から50年ほど前に、現在でもその大きさで超えるもののないサターンV型ロケットを開発し、それにより人類を初めて月に届けたアポロ計画の予算は、当時の米国の国家予算の約1割であったといわれるほど巨大であった。アポロ計画が終了し、現在は宇宙予算が減少しているが、それでもロシア、欧州、中国、日本などと比較して世界一の規模を誇っている。

 米国の強さは、斬新なアイディアを産み出しそれを実現させる宇宙開発システムにもある。米国は、これまでの宇宙開発で数々のユニークな試みを実施してきた。典型的な例がスペースシャトルの開発である。再使用と往還というハードルが極めて高い技術開発に敢然と挑み、それを達成したところに米国の真骨頂がある。ただスペースシャトルについては、事故のため犠牲者が出たことや打ち上げコストが高騰したことなどにより放棄せざるを得なかったが、それでも宇宙における技術開発の試みとしては極めて重要な一歩となっている。地球を回る軌道に大きな望遠鏡を置いて宇宙の謎に迫るというハッブル望遠鏡も、アイディアの斬新さの一つであろう。1990年に打ち上げられ、地球を取り巻く大気の影響を受けずに撮影された宇宙の姿に、多くの科学者や天体マニアは圧倒された。近年では、イーロン・マスク氏率いるスペースX社によるロケットの開発も、米国ならではのユニークさである。

 安全保障を国家の任務の最重要事項と考え、この安全保障を強化する科学技術に対してあらゆる努力を傾注するということも、米国の強さの一つである。NASAが米国の宇宙開発を統括しているが、宇宙の利用サイドの機関として国防総省は極めて重要な位置を占めており、さらに自らも研究開発の一部を担っている。航行測位を先導するGPSは、米軍により開発されたことがその典型であろう。

 最後に挙げておく必要があるのは、米国の科学技術や産業技術レベルの全般的な高さであろう。ロケット開発や人工衛星、宇宙船、探査機などを開発する場合には、設計力の高度さと合わせ、必要な部品やシステム、ソフトウエアなどの調達が重要となる。米国は、50年前に人類を月に送るだけの技術基盤を持ち、その後も軍民両用で宇宙の技術開発を進めてきている。また、一般産業においてもITを中心に世界の先頭を走っている。この技術力の強さが米国の宇宙開発を支えているのである。

(2)ロシア(旧ソ連)

 旧ソ連は、宇宙開発の先鞭を付けた国であり、その後も宇宙開発のいくつかの場面で米国を凌駕した実績も有している。しかし、米ソ間の過度な宇宙開発競争もあってソ連が崩壊し、その余波で経済的に不況に陥ったため、宇宙活動の縮小を余儀なくされてしまった。プーチン大統領の登場と資源価格高騰によりロシア経済は大幅に持ち直したが、宇宙開発への投資はそれほど増加していないのが実情である。

 現在のロシアの宇宙開発にとって、スプートニク以来の圧倒的な蓄積が財産となっている。ロシアの宇宙技術を評して枯れた技術と呼ぶ人が多いが、これまでの蓄積に大きく依存しているからである。ソユーズ宇宙船の技術は、1960年代から使用されている歴史的な技術であるが、米国のスペースシャトルが引退した後、現在でも国際宇宙ステーションへ宇宙飛行士を運ぶのに用いられていることなどが典型である。

 現在のロシアの経済規模は小さいが、それでも軍事技術開発はそれなりの規模となっており、宇宙開発の予算も維持されている。しかし、将来にわたって、米国や中国、あるいは欧州全体と競争していくには、資金面では足りないと考えられる。

 ロシアの課題は、民生用の産業基盤の弱さである。宇宙開発は、様々な産業技術を総合的に反映したものであるため、米国や欧州に比較して後れを取ることが多いと想定される。 

(3)欧州(ESA)

 欧州は米国ほどではないが、今回評価した4つの分野すべてにおいて高い評価となっており、総合力で優れている。

 欧州の場合、フランス、ドイツ、英国など、いずれも一か国ではロシア、日本、中国などの国に劣ると考えられるが、欧州宇宙機関(ESA)としてまとまり、資金や人材を共有できていることが大きい。宇宙利用を進めるためには市場規模が重要であるが、これも一か国では中国や日本などに劣るものの、欧州全体では米国を凌駕する規模となる。

 欧州は産業革命を開始した英国などの国々に、色々な産業技術の歴史と蓄積があり、これが科学技術の集大成ともいえるロケットや人工衛星の開発において、米国に劣らない競争力を有している理由となっている。なお、ESAでは民生用の宇宙開発が中心で、軍事利用も併せて進める米国やロシア、中国とは違う。しかし、ESAに参加するフランスや英国などでは、自らの宇宙開発機関で軍事的な開発も進めている点が日本と違うところである。

(4)日本

 日本は、資金、人員などの規模の点で、世界の宇宙開発主要国の後塵を拝するが、欧州と並んで総合力は高いと評価されている。

 研究開発資金が小さいにもかかわらず総合力で優れているのは、日本の一般産業の技術力の強さによる。例えば衛星バスや通信放送衛星などを設計・製造する場合の部品や材料で、世界的にも競争力のあるメーカーが日本国内に多く存在している。また、科学分野のレベルも高く、すでに紹介したように、小田稔博士のすだれコリメータや近年のはやぶさの宇宙からの帰還は世界を唸らせたものである。

 日本の大きな問題は、宇宙開発規模である。米国はもちろん、ロシア、欧州、中国に比較して、研究開発資金が小さい。日本では、宇宙開発の初期から最近まで、国会決議の制約により民生用に限られた開発しか行ってこなかった。1998年、テポドンの打ち上げにより北朝鮮の脅威が顕在化したため、偵察衛星に近い機能を有する情報収集衛星の開発が決まったが、これは例外であった。その後、2008年に成立した宇宙基本法により過去の国会決議の制約はなくなったものの、まだ宇宙の防衛利用は活発化していない。米国などでは宇宙開発の予算の半分以上が防衛に関連していることから考えると、この部分をいかに大きくするかが課題となる。

(5)中国

 中国は、両弾一星政策に基づき、ロケットと人工衛星の開発に成功し、軍事的な開発の成功を民生用に転化させ、経済的な発展を受けて、世界で3番目となる有人宇宙飛行技術を有するに至った。しかし、米国、欧州、ロシアなどと比較して、実績と蓄積に欠ける。とりわけ実績が少ないのが、宇宙科学分野である。

 現在の経済発展が今後とも続けば、ロシア、欧州を凌駕して、米国に近づくことも想定されるが、そのような状況となるのはまだ先のことであろう。中国の宇宙開発の特徴、強みと課題は別項で記述する。