華羅庚(Luogeng Hua、1910年~1985年)
華羅庚は、貧しい家庭環境から高等教育を十分に受けられなかったが、周囲の好意と幸運に恵まれて著名な数学者となり、中国数学界に偉大な功績を残した。彼は、日本に招聘され東大で学術講演中に心臓発作を起こし、東京で死去している。
張文裕(Wenyu Zhang、1910年~1992年)
張文裕(张文裕)は、高エネルギー物理研究所設立の端緒となった加速器建設を周恩来総理に提案し、その建設運営のため同研究所が設立されると初代の所長を務めた。中国の高エネルギー物理学を先導した科学者である。
趙九章(Jiuzhang Zhao、1907年~1968年)
趙九章(赵九章)は、中国における気象学や地球物理学の基礎を打ち立て、両弾一星政策の中で人工衛星の開発を指揮して「中国人工衛星の父」と呼ばれた。
銭偉長(Weichang Qian、1912年~2010年)
銭偉長は、弾性力学、爆発力学などで理論面での貢献をし、科学技術の発展に多大な足跡を残した。銭学森、銭三強と並んで中国科学界の「三銭」と呼ばれている。
王承書(Wang Chengshu、1912年~1994年)
王承書(王承书)は、米国に留学して流体力学などを学んで帰国し、核融合技術やウラン濃縮技術開発で成果を挙げた女性物理学者である。
銭三強(Sanqiang Qian、1913年~1992年)
銭三強は、両弾一星政策において、原爆と水爆の核兵器開発を総括した。両弾一星政策は、毛沢東や周恩来らの発案の下、軍人出身の政治家である聶栄臻が総括指揮を執った。
何沢慧(He Zehui、1914年~2011年)
何沢慧(何泽慧)は、ドイツやパリで研究を行った後、夫・銭三強と共に帰国し、高エネルギー物理研究所などので宇宙線研究を行った女性科学者である。
王大珩(Daheng Wang、1915年~2011年)
王大珩は東京生まれであり、清華大学を卒業後英国に留学した。帰国後に両弾一星政策に参加し、核爆発観測用や人工衛星用の光学装置の開発を行った。
鄧稼先 (Jiaxian Deng、1924年~1986年)
鄧稼先(邓稼先) は日本ではそれほど有名ではないが、中国ではその生涯が何度か映画化されて「両弾元勲」とも呼ばれており、銭学森と並んで人気が高い。
孫家棟(Jiadong Sun、1929年~)
孫家棟(孙家栋)は、中国初の人工衛星「東方紅1号」の開発に参加し、その後の数々の衛星開発や初期の嫦娥計画を指導した。孫家棟は、人工衛星開発への多大な功績から「宇宙の総帥(航天总师)」と呼ばれている。
葉篤正(Duzheng Ye、1916年~2013年)
葉篤正(叶笃正)は、シカゴ大学に留学後に中国科学院で東アジアの大気循環などを研究して中国気象学の基礎を築き、国家最高科学技術賞などを受賞した。
周光召(Guangzhao Zhou、1929年~2024年)
周光召は、両弾一星政策で核兵器の設計に従事し、後に中国科学院の第4代院長に就任した。中国科学院院長としても、百人計画の実施などで成果を上げた。
呉階平(Jieping Wu、1917年~2011年)
呉階平(吴阶平)は、北京協和医学院を卒業した泌尿器科の著名な医師であり、周恩来やインドネシアのスカルノ大統領の主治医であったことでも有名である。
師昌緒(Changxu Shi、1918年~2014年)
師昌緒(师昌绪)は、米国に留学した冶金学者で、中国科学院金属研究所で航空機用の耐熱合金、新型高性能合金等の開発を行い、国家最高科学技術賞を受賞した。




















