概要
南京大学 (Nanjing University) は、江蘇省南京市にある総合大学である。
江蘇省南京市は国民政府時代に首都が置かれており、南京大学は国家を代表する大学であった。新中国となってからは、院系調整などの影響で、文理中心の大学となったが、その後徐々に総合大学に復活しつつある。
1. 名称と所管
(1)名称
・日本語表記 南京大学
・中国語表記 南京大学 略称 南大
・英語表記 Nanjing University NJU
北京大学はPeking Universityと英語表記するが、南京大学は現在の中国語の読み通りNanjing Universityとしている。
(2)所管
国務院教育部の直轄大学である。
2. 本部の所在地
大学の本部は、江蘇省南京市にある。
江蘇省は、北を山東省、西を安徽省、南を浙江省および上海市と接し、東は黄海に面する。南部では長江下流デルタ地帯を形成し、中国で三番目に大きな淡水湖である太湖がある。
江蘇省は古代中国文明発祥の地の 一つであり、春秋戦国時代に呉・楚などに属し、隋の時代に北京 - 杭州大運河が開通して以降、中国の経済の中心地として、産業、文化、教育などが発達した。現在でも経済規模は大きく、2021年のGDPは約11.6兆元で、広東省に続き中国第2位である。人口は2021年で約8,500万人である。
主要な産業は、機械・電子機器、石油、化学産業、繊維、食品、軽工業である。省内の主要都市として、蘇州市、南京市、無錫市、南通市があるが、これらは全てGDPが1兆元を越える都市である。
大学本部のある南京市は、江蘇省の南西部にある省都で、上海市から西北西に約200キロメートルの位置にある。西と北は安徽省と接している。長江は、南京市街地の西から東の鎮江市方面へ流れ、秦淮河および滁河が合流する。気候は、温帯と亜熱帯との中間に位置し、四季が鮮明である。夏の平均気温は25~28℃で高温多湿で、冬は3~5℃で氷点下になる日も多い。
南京の歴史は古く、春秋時代の呉がこの地に城を築いたことに始まる。三国時代には、呉の孫権がこの地を都とし、建業と称した。明の太祖朱元璋(洪武帝)は、南京を根拠地として全土を統一し首都としたが、永楽帝が南京から北京に首都を移した。太平天国の乱では、天国側が南京を占領し、天京と改めて首都とした。
辛亥革命で清の滅亡後、軍閥など混乱を経て混乱を経て国民政府が成立すると、国民党の蒋介石は1927年に南京を首都とした。1937年に、北京の盧溝橋事件から日中戦争が開始され、日本軍は北京、上海などを占領の後、同年12月に南京を占領した。蒋介石政府は、首都を武漢、続いて重慶に移転させて、抗戦を続行した。日本の敗戦後、国民政府は重慶から南京に戻ったが、国共内戦の結果、1949年には南京は共産党の支配するところとなった。
南京市の人口は、2020年で約930万人である。2021年のGDPは、約1.64兆元であり、全都市中第10位である。ちなみに、同じ江蘇省内の蘇州市は2.27兆元で第6位である。南京の郊外に紫金山があり、孫文の墓所である中山陵、明の朱元璋の墓所である明孝陵などがある。
3. 沿革
(1)三江師範学堂から国立中央大学へ
1902年、かつての国子監の跡地に三江師範学堂が設立されたが、これが南京大学の源である。国子監は、中国古代より存在した高等教育機関であり、明代には北京と南京に置かれたと言う。三江師範学堂が設立されたこの時期は、1895年の日清戦争敗北を受けて人材育成強化が叫ばれており、中国全土で自強学堂(現武漢大学、1893年)、四川中西学堂(現四川大学、1896年)、南洋公学(現上海交通大学および西安交通大学、1896年)、求是書院(現浙江大学、1897年)、復旦公学(現復旦大学、1905年)等が設立された。
1906年に兩江師範学堂と改名した。その後、 1915年南京高等師範学校が開学、1921年に国立東南大学となる。1927年には河海工科・上海商科・江蘇医科など8大学を統合し、国立第四中山大学と改称した。南京が中華民国の首都となると、1928年に国立中央大学と改称した。
(2)新中国建国後に南京大学へ
1937年に日中戦争が始まり年末に南京が占領されると、国立中央大学は戦火を避けて西部重慶市沙慈区に疎開した。
日本に勝利した後、1946年に国立中央大学は南京に戻った。この時の国立中央大学は、文学、法学、理科、農学、工学、医学、教育の 7 つの学部があり、1,266 人の教員と 4,066 人の学生がいて、 「中華民国の最高の高等教育機関」として知られていた。
その後の国共内戦に勝利した中国共産党は、1949年に国立中央大学を接収して国立南京大学とした。新中国建国後の1950年には、南京大学となった。
(3)院系調整で新たな南京大学に
1952年7月、大規模な学部・学科の再編成である院系調整が行われ、南京大学は工学、農学、教育の各学部が切り離された。そして、新たに南京工程学院(現在の東南大学)、南京農業学院(現在の南京農業大学)、南京師範学院(現在の南京師範大学)が設立された。
南京大学には文系と理学系の学科が残ったが、ここへ金陵大学の関連学科が編入された。金陵大学は、1888年に米国メソジスト監督教会が設立した匯文書院を源泉とし、1910年に私立金陵大学となり、中華人民共和国建国後に公立金陵大学となっていた。院系調整の結果金陵大学は接収され、大学のキャンパスは、新たな南京大学のキャンパスになった。一方、元々南京大学があった場所は、新たに設立された南京工程学院(現在の東南大学)のキャンパスとなった。
文化大革命の終了後、院系調整で失った学部や学科を徐々に復活させていった。とりわけ、2009年に現在の大学本部のある仙林キャンパスが開設された際に、工学部系統の学科が多く設置され、総合大学になっていった。
(4)医学部の再構築
南京大学医学部(医学院)の前身は、1935年に設立された国立中央大学医学部である。その後、新中国となった後の1951年に人民解放軍の所管となった。文化大革命終了後の1987年に、軍の所管を離れて教育部の所管となり、7年制医学部になった。
4. 現在の指導部
(1)学長
現学長の吕建は、1960年南京市生まれで、1982年に南京大学計算科学科を卒業し、1988年に同大学より博士号を取得した。その後南京大学に勤務し、計算機ソフトウェア研究所長、副学長などを経て、2018年南京大学学長に就任した。2013年に中国科学院院士に当選している。
(2)共産党委員会書記
共産党委員会書記の譚鉄牛(谭铁牛)は、1963年に湖南省に生まれ、1984年に西安交通大学を卒業した後、英国のインペリアルカレッジ・ロンドンに留学した。1989年に電子電気工学で博士号を取得し、百人計画に当選して帰国し中国自動化研究所に勤務した。その後、同研究所の所長や中国科学院副院長などを務めた後、2022年から南京大学の党委書記を務めている。2013年には、中国科学院院士に当選している。
5. 規模
(1)規模のデータ
南京大学は、学生数や教師数では中国の主要大学中で小規模であるが、大学院生や総予算は中国主要大学中で上位に位置している。具体的な数値で見たのが下表である。1952年の院系調整の影響でそれほど大きな大学ではないが、大学院生数は他の主要大学並みになっている。
南京大学 | 中国1位の大学 | ||
学部学生数 | 13,350名(100位) | 鄭州大学 47,000名 | 詳細データ |
大学院生数 | 25,586名(12位) | 清華大学 38,850名 | 詳細データ |
留学生数 | 1,415名(16位) | 北京大学 6,857名 | 詳細データ |
専任教師数 | 2,172名(47位) | 吉林大学 6,506名 | 詳細データ |
総予算 | 93.47億元(23位) | 清華大学 362.11億元 | 詳細データ |
(2)キャンパス
南京大学は、南京市内に仙林、鼓楼、浦口の3つのキャンパスを有し、江蘇省蘇州市に1つのキャンパスを有している。
仙林キャンパスは市の東北部栖霞区に位置し、2009年開設の一番新しいキャンパスであり、現在の大学本部がある。西に紫金山があり、南京師範大学、南京財経大学、南京理工大学などが近接している。
鼓楼キャンパスは、南京市の中心地区である鼓楼区にある。元々は金陵大学の敷地であったが、接収されて長らく南京大学の本部があったところである。
浦口キャンパスは、長江の北岸にある浦口区に位置し、鼓楼キャンパスが手狭になったことから1993年に開設した。
(3)学部
南京大学は、政府の教育部が定めている12の大分類(日本の大学の学部に相当)について、農学を除く11の大分類を有する総合大学である。ただし、教育、工学などの大分類は院系調整の影響を残しており、それほど大きくない。
(4)双一流学科建設
中国は2017年に、国内の大学とその学科を21世紀半ばまでに世界一流とすることを目標とする政策(双一流政策)を開始した。2022年に改訂された双一流学科建設において、南京大学は全体で以下の16学科が選定されている。理工学も強いが、人文系もあり、比較的バランスの取れた総合大学である。ただし、医学系統が入っていない。
○人文系(4) 哲学、理論経済学、中国語言文学、外国語言文学
○理学系(6) 物理学、化学、天文学、大気科学、地質学、生物学
○工学系(5) 材料科学・工学、計算機科学・技術、化学工学・技術、鉱業工学、環境科学・工学
○その他(1) 図書情報・文献管理学
(5)附属医院
HPによれば、南京大学医学院は次の7つの附属医院を有している。
・附属鼓楼医院
・附属金陵医院
・附属口腔医院
・附属泰康仙林鼓楼医院
・附属塩城第⼀医院
・附属蘇北⼈⺠医院
・附属南京国際医院
6. 研究開発力
南京大学は、中国の主要大学において10位以内の研究開発力を有すると考えられる。
(1)研究開発力のデータ表
南京大学の研究開発力を、データとして示したのが下表である。
このうち、SCI論文数とはラリベートアナリティックス社のデータによる論文数、Nature Indexとは世界トップクラスの科学誌・学会誌掲載の論文数による指標、NSFCの面上項目予算の獲得額である。国家重点実験室は下記(2)も参照。
南京大学 | 中国第1位の大学 | ||
SCI論文数 | 10位 | 中国科学院大学 | 詳細データ |
Nature Index | 5位 | 中国科学院大学 | 詳細データ |
国家重点実験室数 | 7か所(4位) | 清華大学 13か所 | 詳細データ |
NSFC面上項目予算 | 13位 | 上海交通大学 | 詳細データ |
(2)国家重点実験室
南京大学にある7か所の国家重点実験室は、次の通りである。
・固体微細構造物理国家重点実験室
・現代配位化学国家重点実験室
・コンピュータソフトウェア新技術国家重点実験室
・内生金属鉱床生成メカニズム研究国家重点実験室
・医薬生物技術国家重点実験室
・汚染制御・資源化研究国家重点実験室(同済大学と共同)
・生命分析化学国家重点実験室
7. 国内および国際的な評価
(1)国内および国際的な評価のデータ表
中国の国内と国際的な評価を示したのが下表である。国内では国務院教育部と中国校友会、国際では英国のQS(Quacquarelli Symonds Limited)とTHE(Times Higher Education)のランキングを示した。また、卒業生の中での傑出科学技術人材数の校友会ランキングも、併せて示した。
これで見ると南京大学は、中国国内の主要大学の中で5位から7位程度にある総合大学である。ライバル校としては、中国科学技術大学、武漢大学などである。
南京大学 | 中国第1位の大学 | ||
教育部ランキング | 7位 | 清華大学 | 詳細データ |
校友会ランキング | 6位 | 北京大学 | 詳細データ |
QSランキング | 世界133位 中国7位 | 北京大学 世界12位 | 詳細データ |
THEランキング | 世界105位 中国7位 | 北京大学、清華大学 世界16位 | 詳細データ |
校友会傑出人材 | 5位 | 北京大学 | 詳細データ |
(2)九校連盟
南京大学は2009年10月に、他の浙江大学、北京大学、清華大学、上海交通大学、復旦大学、中国科学技術大学、ハルビン工業大学、西安交通大学の8校と、相互協力・交流の強化、教育資源の相互補完、ハイレベル人材の育成等を図るため、「一流大学人材育成協力・交流協議書」を締結した。これは「九校連盟」と呼ばれ、中国版の「アイビーリーグ」とされている。
8. 国際性
(1)他国の大学等との協力
南京大学のHPには、少し古い数字しか掲載されておらず、2012年現在で、249の大学・研究機関と交流と協力を確立している。内訳として、米国46、カナダ17、英国18、フランス22、ドイツ13、韓国30、日本29、オーストラリア12などである。
(2)日本との協力
HPによれば、日本では東京経済大学、国際基督教大学、名古屋大学、北海道大学、東京大学、東北大学、早稲田大学、立教大学、京都大学、広島大学、会津大学、物質材料研究機構、徳島大学、大阪大学、金沢大学、九州大学など、29の大学・機関と交流関係にある。
9. 特記事項
(1)戦前には著名な研究者を輩出
戦前の南京は、国民政府の首都が置かれるなど、中国全体でも重要な都市であったことから、南京高等師範学校や国立中央大学の時代には多くの英才が中国全土から集まったと想定され、その時代の卒業生には、現在も名の残る下記の様な研究者がいる。より詳しくはリンクされたページを参照されたい。
・金善宝(1895年~1997年)農学
・呉有訓(1897年~1977年)物理学
・厳済慈(1901年~1996年)物理学
・呉健雄(1912年~1997年)物理学
(2)院系調整で分離された東南大学も有力校へ
新中国建国直後の院系調整で、それまでの南京大学工学部は分離され、南京工程学院となった。その際、工程学院のキャンパスは、旧南京大学の本部で大学の前身である三江師範学堂があった場所となった。
その後、南京工程学院は1988年に東南大学となり、理学部や文系学部も設置して総合大学となっている。東南大学は、教育部直轄の大学であり、985工程、211工程、双一流大学建設にも選ばれている国家重点大学である。
中国の他の主要大学と比較して、南京大学の工学系学科が少し弱体と思われるのは、院系調整による工学部分離に原因があると思われる。
(3)ゆかりの大学が台湾に
三江師範学堂を祖とし、国立中央大学・国立南京大学を前身とする大学が台湾にある。国共内戦で共産党に敗れた国民党は台湾に逃れたが、その際国立南京大学の関係者の一部も蒋介石と共に台湾に移動した。
その後、旧南京大学の関係者により国立台湾大学の理学部の建物を借りて、1962年に中央大学地球物理研究所が設置された。1968年には、物理学と大気物理学専攻で学生を教える国立中央大学理学院となった。さらに1979年には、文科や工学部もある国立中央大学となった。
現在国立中央大学は、台湾桃園市にキャンパスがあり、宇宙工学や天文関係に関しては台湾随一で、重点研究大学の一つに指定されている。
参考資料
・南京大学HP https://www.nju.edu.cn/main.htm
・南京大学医学院HP https://med.nju.edu.cn/main.htm
・百度HP https://baike.baidu.com/item/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6?fromModule=lemma_search-box#3
・国立中央大学HP https://www.ncu.edu.tw/tw/index.html