本稿は、「月刊公明」の2022年5月号に掲載された記事を、一部修正して掲載するものである。

これまでの米中関係とデカップリングの始まり

 米国と中国の出会いは清朝時代の18世紀後半であるが、帝国主義的な欧州列強や日本と違い、米国は貿易を中心とした友好的な関係が続いた。第一次世界大戦以降、日本が中国大陸進出を開始すると、米国は中国の市場を保全するとする立場から一貫して中国を擁護し援助した。1937年から始まった日中戦争以降も経済援助を継続し、第二次世界大戦では連合国として一緒に日本と戦った。しかし、第二次世界大戦終了後の国共内戦で中国共産党が勝利し、新中国はソ連を中心とする東側陣営の一国となったため、米国と中国の協力関係は断絶した。朝鮮戦争では、中国は義勇軍を派遣して米国と戦った。

 文化大革命中の1972年に、ニクソン米国大統領が中国を訪問し、国交正常化に大きく舵を切った。それ以降の米国の中国に対する外交姿勢は「関与政策」と呼ばれるもので、米国が多方面から中国を援助・支援することにより中国の近代化・民主化を促進する、との考え方である。文革終了後、中国が改革開放路線を採用しWTOに加盟すると、中国は世界の工場として経済発展を続け、2010年には日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった。
 中国の経済発展が進む中で、米中間で人民元の恣意的なレートの維持、米国の巨大な貿易赤字、米国企業に対するサイバー攻撃問題、知的財産権の侵害などの問題が顕在化した。さらに、2010年代中ごろになると、中国の軍事的な拡張による人工衛星攻撃能力やサイバー戦争能力などの向上により、米国は中国の台頭が世界戦略に対する脅威と挑戦となると考え始めた。

 トランプ政権が誕生し、中国の経済的な台頭とそれによる米国国内の経済的な疲弊に対抗するため貿易戦争を開始した。2018年10月にはペンス副大統領が中国の軍事強国化、国際秩序の改変、経済的覇権の樹立などに懸念を表明し、従来からの関与政策を見直すとした。これが米中のデカップリングの始まりである。
 バイデン現政権では、中国との関係については従来の安全保障や経済覇権の問題に加え、新疆ウイグル自治区や香港における人権問題での中国批判や、台湾の安全保障問題へのコミット強化など、より包括的なデカップリングに動いている。

米中の科学技術交流の歴史

 米中の科学技術交流の歴史にも簡単に触れると、米国は中国に対して持てるものを惜しみなく与えるという蜜月関係が続いてきた。

 その象徴的な例が、庚款(こうかん)留学生制度と清華学堂の設置である。1900年の義和団事件で清朝は欧米列強や日本の連合軍に敗北し、和平のために結ばれた北京議定書で、清朝政府は当時の国家予算の数倍にあたる賠償金の支払いを約束させられた。この賠償金の支払いが清朝政府や人民を苦しめたため、米国は条件付きで賠償金の一部を中国に返還することとした。その条件というのが、返還される賠償金を中国人学生の米国への留学費用に充てることであり、その資金により開始されたのが庚款留学生制度である。
 また1911年に、清朝の庭園であった清華園の敷地の一部に、中国人学生の米国留学準備のための学校として清華学堂を設置した。これが現在の清華大学の起源となっている。1911年末の辛亥革命の後も、庚款留学生制度は維持され、国民政府や新中国の多くの知識人はこの制度により留学し、多くの先進的な学問を学んで帰国した。また、清華大学はその後順調に発展し、現在では北京大学と並び世界でトップレベルの大学に成長している。

 第二次世界大戦後に中国は東側陣営に加わったため、科学技術や学術分野での米国との交流は停止状態になった。文革の終了後に復権した鄧小平は、「できるだけ早く世界レベルの科学技術専門家を育成することが重要課題である」と主張し、米国や日本などの西側諸国との交流を再開させ、多くの留学生を米国、欧州、日本などに派遣した。1979年1月には米中間で正式に国交が正常化し、両国の緊密な科学技術交流がスタートし、数百もの共同調査プロジェクトや協力計画を開始した。中国人留学生の増加も劇的であり、当初は3,000人程度の規模であったが、80年代末までには5倍の1万5,000人程度に拡大している。

 今世紀に入ってからの中国の科学技術の進展は驚異的であり、科学論文数や特許において米国をすでに追い越し、先端的なハイテク技術開発でも米国・欧州諸国・日本などと熾烈な競争を行っている。中国の科学技術を構築し発展させてきた大きな要因が、現在まで続いている米中間の科学技術協力であったと考えられる。

科学技術交流における問題の顕在化

 しかし、すでに述べたように経済・安全保障面での懸念から、米国は従来の関与政策を断念しデカップリングに大きく舵を切ったが、同様の懸念が科学技術の面でも進んでいる。具体的な懸念として、米中間の科学技術交流を通じて米国の技術が中国に流出したり盗取されたりすることによる、経済や安全保障への悪影響である。

 米国は従来より、科学技術の発展のためには研究の開放性が重要と考えてきた。しかし近年の中国の対応は、この米国の考え方を悪用して経済や安全保障に直結する技術の盗取を進めていると米国が考え始めたのである。

 例えば、中国は外国への留学生派遣大国であり、とりわけ米国への留学生数が最も多いが、その中に人民解放軍関係者が身分を隠して留学生になっていて、不正に国防技術やハイテク技術を盗取しようとして米国の司法当局に摘発される例が多くなっている。また、米国と中国の科学技術協力は、宇宙開発や核兵器に直結する原子力開発での協力は厳しく制限されているが、新エネルギーや再生可能エネルギー、地球温暖化問題などの科学技術協力はむしろ積極的に実施されてきた。ところが、このような科学技術協力においても、技術流出の可能性がある。

 最も問題とされているのが、中国の人材招聘政策の一つである「千人計画」である。千人計画は、外国人を含めて著名な科学者を破格の待遇で中国に招聘し、中国の科学技術のかさ上げを図るものであった。とりわけ優秀な米国人の招聘が、同計画の枢要な内容となっていた。しかし、この計画に招聘された米国人研究者が、招聘された事実を明らかにせず米国当局が知らないうちに重要な科学技術を中国に流出させているとの懸念が生じ、摘発されるケースが出てきた。
 千人計画で米国を震撼させた事件の主役が、ハーバード大学教授で化学・化学生物学科長であったチャールズ・リーバーである。リーバー教授は、ナノテクノロジーにおける世界的権威であり米国でも多くの研究資金を獲得していたが、米国国防総省や国立衛生研究所(NIH)から研究資金を獲得する際、「外資系研究機関との雇用契約はない」と申告していた。ところが、司法当局の捜査によりリーバー教授は中国の武漢理工大学の千人計画に参加していたことが発覚し、虚偽の申告をした容疑で2020年1月に逮捕された。2021年12月、マサチューセッツ州ボストンの連邦裁判所の陪審員はリーバー教授を有罪とする評決を下した。

 従来、米国は日本を含む西側諸国と協力して、ワッセナーアレンジメントなどのシステムを構築し、中国などへの物品や技術の輸出管理を実施してきた。このシステムは軍事技術と民生用の技術とはある程度区別しうるとの前提であるが、実体的にはデュアルユースと呼ばれるように両技術には大きな垣根が存在しないとの懸念が元々あった。
 さらに習近平政権になってからの中国で、「軍民融合」という政策が強化された。軍民融合とは、民間資源の軍事利用や軍事技術の民間転用などを推進することにより、人民解放軍のハイテク分野での軍事力強化の効率を高める政策である。軍事技術の開発を担う主体が、かってのような軍需企業や関連の国防大学・研究機関だけでなく、それ以外の一般企業や大学・研究機関にまで拡がっており、中国においては軍用と民生用との区別は余り意味をなさなくなっている。

米国におけるこれまでの対応

 中国による近年の新たな形の技術流出、技術盗取について、米国はどの様に対応しようとしているか。

 デュアルーユースや軍民融合への対応として、米国政府は従来の輸出規制体制の抜本的強化を目指している。既存の規制でカバーできない「新興・基盤技術」のうち、米国の安全保障に必要な技術を規制することを現在検討している。具体的な規制対象技術として、バイオテクノロジー、 AI、測位技術、マイクロプロセッサー技術、先端コンピューティング技術、 データ分析技術、量子情報・量子センシング技術などを挙げている。

 重要なことは、この考え方を留学生の受け入れや科学技術・学術交流にも適用していこうとしていることである。例えば中国からの留学生受け入れであるが、すでに米国国務省は 2019 年 6 月にロボット工学、ハイテク製造、航空分野を専攻する中国人の大学院生のビザを従来の 5 年から 1 年単位に短縮した。また2020 年 5 月は、人民解放軍とつながりのある中国人の研究者と大学院生へのビザ発給を停止するとした。幸か不幸か、新型コロナの蔓延により、中国からの世界各国への留学生数が停滞しているが、コロナ禍が収束しても、この状況は当面続くと考えられる。

 また、新たな技術流出、技術盗取の懸念が顕在化したことにより、米国議会、米国大学、米国の研究機関で議論が進められ、研究現場での状況に変化が見られる。一例を挙げると、米国の競争資金配分機関である米国科学財団(NSF)は2019年7月に声明を発表し、国際共同研究における開放性、透明性、相互協力といった価値について確認するとともに、こうした価値を支持しない国がグローバルな研究システムから利益を得ようとするリスクに対処していく姿勢を明らかにした。
 さらにNSFは、科学助言グループ「JASON」に調査委託して作成した報告書「基盤的研究の安全保障」を発表した。この報告書では、米国における研究のオープン性・透明性・相互協力の重要性、外国からの脅威の発生と不十分な対抗措置への懸念、具体的な外国からの脅威の事例分析などを述べた後、これまでに特定された外国の影響に関する問題に対処すべきであるとした。NSF は 2020 年 3 月に、JASON報告書を踏まえた対応方針を公表し、責務相反・利益相反の開示について新たな申請フォーマットを導入し、透明性および情報開示を明確化することを示した。また新たに、研究公平性に対するリスク評価と対処、ステークホルダーとの協力等について取り組む責任部署を設置することとした。

 NSFだけではなく、NIH、エネルギー省傘下の研究所、大学などで中国との関係を見直し、責務相反・利益相反の開示、研究公平性に対するリスク評価と対処、責任部署の設置などを関係部局に求めることとしている。

日本はどの様に対応すべきか

 日本は米国と同様に、文化大革命中に中国との国交を回復し、鄧小平の改革開放路線を踏まえて経済を中心に協力関係を強化してきた。しかし、今世紀に入り中国が驚異的な経済成長を達成し、軍事力を強化し、その経済力や軍事力を梃子として威圧的な外交姿勢に転じてきている。日本に対しても、尖閣諸島を含めた東シナ海への中国の圧力は極めて大きな安全保障上の脅威となっている。米国が、中国への関与政策を見直しデカップリングに転じたことは、日本にとっても大きな転換点となろう。

 現在の日本の安全保障は米国との同盟によって担保されており、今回のロシアのウクライナ侵攻により、その重要性はさらに高まった。従って、日本の中国に対する姿勢も基本的には米国と同一の立場を取るべきと考えられる。昨年の国会で、経済安全保障推進法が成立した。この法律の内容は、戦略物資の供給網強化、先端技術の官民協力、基幹インフラの事前審査、軍事転用可能な機微技術の特許非公開の4分野で構成されている。この法律に従い米国と歩調をともにして、中国の軍民融合政策などへの対策を強化していくことになる。この法律と並行して、米国が中心となって特定国への輸出規制対策もより強化され、日本も同様の対応が迫られる。

 科学技術や学術の日中間の協力についても、経済安全保障推進法は大きな影響を及ぼすのは当然である。日本においても、原子力や宇宙など軍事に直結する技術開発が行われており、必要な技術や物品を機密扱いとして対応してきた。しかし米国で発生した事例が示すように、軍事技術に直結する技術開発だけでなく、留学生の受け入れや先端分野での協力が、中国の軍民融合政策などにより中国の軍事力強化に結びつくことが判明してきた。従って、日本の研究開発現場においても、米国など西側諸国と歩調を合わせ、中国の不当な技術盗取などに対応していくべきである。

 他方日本は、米国の対応に盲目的に追従することの危険性に、十分注意しておく必要がある。米国は日本の安全保障上の同盟国であるが、米国は自らの国益を最優先に考えており、本件についても同様であろう。米国の大学や研究所の現場では、中国人留学生の圧倒的な多さ、中国人研究者の質の高さなどを考慮して、中国との科学技術や学術の交流を一掃するとの考えは、それほど強くない。米国の研究現場では、中国人のポストドクター(ポスドク)研究者が実験などの面で大きな貢献をしており、これらの研究者を排除することは米国の科学技術の弱体化につながる恐れもある。従って、国内での議論を踏まえて米国の対応ぶりが変化し、日本が梯子を外される可能性も否定できない。

 日本においても、主要大学の博士課程進学者では中国人留学生が多数を占めており、それが博士課程の存続を支えている。他方、日本は米国と違い、大学や研究所の研究現場での中国人の比率はそれほど高くない。しかし、日本人の博士課程卒業生が減少してくると、今後米国のような状況に陥る可能性も否定できない。さらに、科学技術の発展は閉鎖的な研究環境では限界があり、オープンな環境が重要であることにも留意すべきである。

 この様な点を勘案して、米国の現在の対応に盲目的に追従したり、国内でも安全保障や経済面での議論だけで中国に対する科学技術協力についての方向性を決めるべきでない。科学技術や学術の固有の利益に立脚した考え方を持ち、それと米国の動向や国内の安全保障などの対応を勘案しつつ、対応していくべきと考える。