はじめに
梁文鋒(梁文锋)は、2025年に発表したAIモデルのDeepSeek-R1により世界に衝撃を与えた実業家である。ここでは、科学技術の側面からみた梁文鋒と、筆者(林)のコメントを述べる。

生い立ちと基礎教育
梁文鋒(梁文锋、Wenfeng Liang)は1985年に、中国南部の広東省湛江市に生まれた。
湛江市は広東省の南西部に位置し、広東省の省都広州市からは約300キロメートルほど西南西にあり、海南島に近い。中国の南部の重要な港湾都市として発展し、19世紀末から第二次世界大戦終了までフランスの租借地が置かれた。
梁文鋒の両親は、ともに小学校の教師であった。小学校の時代には、両親の転勤に伴い、いくつかの学校を転校した。梁文鋒の父は数学を教える教師であったので、梁文鋒が小さいときから数学の才能に気づき、梁文鋒が学校から自宅へ帰ってからも、自ら家庭教師となって教えた。
梁文鋒は、1996年に11歳で小学校を卒業し、地元湛江市呉川にある呉川市第一中学(日本の中高一貫校)に入学した。中学生となってからも勉学に励み、とりわけ数学は全校で3番を下回ったことはなかった。他の子たちがまだ中学校の数学を学んでいる間、梁文鋒は中学校の教科を全て修了し、独学で勉強を続けた。
浙江大学で情報工学を専攻
2002年、梁文鋒は17歳で中国の全国統一大学入試である「高考」を受験し、呉川市第一中学の受験生の中でトップの成績を取って、浙江省杭州市にある浙江大学に入学した。浙江大学では電子情報工学(电子信息工程)を専攻した。

2005年に開かれた全国大学生電子設計コンテストに他の2名の友人と参加し、一等賞(173チームが一等賞を受賞)を獲得した。
2007年に梁文鋒は、浙江大学から学士学位を取得し、引き続き電子情報工学の大学院に進学した。2010年に梁文鋒は、浙江大学大学院修士課程を卒業した。修士論文のテーマは、「低価格PTZカメラによるターゲット追跡アルゴリズムの研究(基于低成本PTZ摄像机的目标跟踪算法研究)」であった。ちなみにPTZカメラとは、遠隔操作で首振りを制御できる機能を有するカメラのことである。
大学院在学中から投資活動
梁文鋒は大学院在学中の2008年、リーマンショックに端を発する金融危機を好機と捉え、機械学習などの技術を用いて投資や取引を行った。2010年に浙江大学を卒業してからも、引き続き投資の世界で働いた。
梁文鋒は大学院卒業後の2013年に、AIを活用して投資を行うため、浙江大学卒の友人・徐進とともに「杭州雅克比投资管理有限公司、Hangzhou Yakebi Investment Management Co Ltd」を設立した。
さらに2015年には、「杭州幻方科技有限公司、Hangzhou Huanfang Technology Co Ltd」を設立し、ヘッジファンドとして数学とAIを用いて投資を最適化する手法の開発を行った。そしてAI技術を活用した投資ファンド「幻方量化、High-Flyer」を設立した。このファンドは、高度なアルゴリズムを駆使して大きな成功を納め、2019年時点で約100億元(日本円で約2,000億円)の資産を有するまでに成長し、中国を代表する投資ファンドの一つとなった。
AIモデルへの展開
ファンドの運用事業で成功を収めた梁文鋒は、AI技術の更なる発展を目指して、2023年に「杭州深度求索人工智能基礎技術研究:深度求索、DeepSeek」社を立ち上げた。
その後、2023年に初のAIモデルである「DeepSeek Coder」を発表した。続いて2024年5月には「DeepSeek-V2」を発表し、同年12月には「DeepSeek-V3」を発表した。
梁文鋒率いるDeepSeek社は、2025年1月、DeepSeek-R1を発表し、これが米国のアプリストアでトップにランキングされ、世界的な注目を浴びることになり、米国ではDeepSeekショックが起こった。
2025年2月、梁文鋒は中国のトップレベルの民間企業のトップ数名とともに、北京の人民大会堂で開催された民間企業座談会(民营企業座談会)に招待され、一躍時の人となった。

簡単な考察
以上が、最近までのDeepSeekのリーダ・梁文鋒の半生と、DeepSeekの動きである。DeepSeekの技術的側面や経営的な動きについてはここでは触れないが、中国の科学技術を調査・分析してきた筆者(林)がこの梁文鋒とそれを取り巻く現象をどう理解しているか、以下に述べる。
○科学的資質は比較的凡庸
これまでの梁文鋒は、教育や科学技術の側面で見る限り比較的凡庸である。
梁文鋒は、通常より1年早く大学に進学している。全国共通大学入試・高考でも優秀な成績を収め、名門大学・浙江大学に入学し、修士学位を取得している。これらのことから中国でも、梁文鋒の数学などの才能を褒め称え、囃し立てる記事が多く出されている。
筆者も、梁文鋒が優れた科学的な資質を持つと考えている。しかし、人口の極めて多い中国では、この様な経歴を持つ人は数多くいる。
高考の成績は、出身中学(日本の高校も含む)でトップであるが、広東省トップである「高考状元」ではない。ちなみに高考状元は年間数十人程度であり、ほとんどが北京大学と清華大学に入学する。また、国際的な数学オリンピックや物理学オリンピックなどで活躍する生徒も、広い中国には大勢いる。
浙江大学は確かに名門大学であるが、中国全体では4、5番目に位置する大学であり、THE世界大学ランキング2025では世界47位(中国では香港の大学を除いて4位)、QS世界大学ランキング2025でも世界47位(中国では香港の大学を除いて5位)となっていて、北京大学や清華大学に及ばない。日本の大学と比較すると、両ランキングで東京大学(THE28位、QS32位)より下位にあり、京都大学(THE55位、QS50位)より少し上位にある。
中国では、国の政策としてAIの研究開発に力を入れており、中国の有名大学は競ってAI分野で優秀な学生を集めている。下表は中国の大学におけるAI分野のランキングの一つであるが、清華大学、南京大学と続き、梁文鋒が入学した浙江大学は8位に位置している。
順位 | 大学名 | 所在地 |
1 | 清華大学 | 北京市 |
2 | 南京大学 | 江蘇省南京市 |
3 | 中国科学技術大学 | 安徽省合肥市 |
4 | 上海交通大学 | 上海市 |
5 | 西安電子科技大学 | 陝西省西安市 |
6 | 北京大学 | 北京市 |
7 | ハルビン工業大学 | 黒竜江省ハルビン市 |
8 | 浙江大学 | 浙江省杭州市 |
9 | 電子科技大学 | 四川省成都市 |
10 | 華中科技大学 | 湖北省武漢市 |
梁文鋒は、大学入学時点で17歳と通常より1年早いが、学士学位取得に5年間、修士学位取得に3年間を要しており、それぞれ通常より1年間余計にかかっている。梁文鋒の修士論文は、原理や理論を扱ったレベルの高いものではなく、市販品の改良を研究したものである。
中国の最優秀な学生は、博士課程に進学したり、米国等に留学する場合が多い。梁文鋒は博士学位を有しておらず、また留学の経験も無い。修士論文を提出後は、他に論文執筆は行っていないと考えられる。
このように、梁文鋒の略歴を見る限りにおいては、ノーベル賞やフィールズ賞など国際的に高いレベルの賞を受賞することが期待される超トップレベルの科学技術人材ではなく、中国に数多くいる比較的優れた科学的バックグラウンドを持った人材の一人と考えられる。
ただし筆者は専門家ではないが、梁文鋒のこれまでの経歴を見ると、経営者や投資家としての資質は極めて優れたものと想定される。
○大量生産からIT分野にも中国技術が拡大か?
DeepSeekが、画期的なものなのかそれともフェイクに近いものなのかについて、現在正に議論されている最中であるが、仮にDeepSeekがChatGPTなどと同等の優れたAIモデルだとすると、これは恐るべきことだと筆者は考えている。
もし、DeepSeekが画期的なものであるとすれば、リーダーの科学的資質が極端に高くなくても、適切に資金調達を達成し、スタッフとして多くの人材を抱えることが出来れば、中国においても世界的なAI開発が可能であることを示唆している。
中国には、梁文鋒クラスの科学的資質を持った人が数多くいることは間違いない。今後、梁文鋒の成功体験を踏まえ、これらの人材がAI分野に入って中国的に激烈な競争を進めれば、今後もDeepSeekのような世界を驚かす成果が、次々と出てくる可能性がある。
既に、アリババ社が新しいAIモデルを開発したとの報告もある。
中国の産業は、米国や欧州・日本などと比較すると、それほどイノベーティブではない。しかし、ある程度技術開発やイノベーションが中国以外の国で進み、これが大量生産の時代となると、中国は人海戦術的に技術開発を進め、比較的低廉で優れた多量の労働者をつぎ込んで世界市場を席巻してきた。具体的には、家電製品、パソコン、スマホ、ドローン、太陽電池パネルなどであり、最近ではEVやそれを支えるバッテリーなども同様である。
これまでの例は工場における大量生産品が主体であり、IT技術などソフトウェアにおいては米国のシリコンバレーなどが上位にあると考えられてきた。しかし、DeepSeekのような技術が世界を席巻するとなると、中国は単に大量生産品だけでなく、IT技術やソフトウェア開発などにおいても米国や欧州を遥かに上回る事態を想定しておく必要がある。
日本も、大量生産ではすでに中国に勝てない状況であり、またIT技術やソフトウェアでは米国に依存している状況である。日本が引き続き科学技術の面で世界に伍していくためには、中国のこの様な動きを注視していく必要があると考えられる。
参考資料
・浙江新聞网 火遍全网的DeepSeek创始人梁文锋来自吴川!更多细节披露
https://www.gdzjdaily.com.cn/p/2910134.html
・橄榄玉玉 小学时的梁文峰,中学时的梁文峰,大学时梁文峰,成就了DeepSeek
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1824316351185379438&wfr=spider&for=pc
・捜狐HP 全球人工智能100强大学排名出炉:武大川大南开等19校上榜!
https://learning.sohu.com/a/835067271_121651744
・ロイター アリババが新型AIモデル発表、「ディープシーク超え」主張
https://jp.reuters.com/business/technology/R46BYGHLZBODZORDSZ5H5ONEO4-2025-01-29/