はじめに

 半導体研究所 (半导体研究所、Institute of Semiconductors) は、北京市にある中国科学院の附属研究機関である。

 半導体研究所は、中国最初の科学技術中長期計画で半導体技術が重要なプロジェクトとなったことを受けて、1960年に北京で設立された。

 半導体に係わる材料、デバイス、プロセス、電子回路、半導体物理などの研究開発を行っている。

半導体研究所 の正門の写真
半導体研究所

1. 名称

○中国語表記:半导体研究所  略称 半导体所
○日本語表記:半導体研究所
○英語表記:Institute of Semiconductors  略称 IOS

2. 所在地

 半導体研究所の所在地は、北京市海淀区清華東路甲35号である。近くには、同じ中国科学院傘下の物理研究所、計算技術研究所、声学研究所、中国科学院大学などがある。また、中国の主力大学である北京大学や清華大学も、近辺にキャンパスを構えている。

3. 沿革

 半導体研究所の歴史は比較的新しい。

 1949年10月の中華人民共和国建国後、中国ではソ連の計画経済に倣い1953年から「第一次五か年計画:第一个五年计划(1953年~1957年)」を開始した。

 続いて1956年に、中国共産党中央委員会と国務院は、中国初めての科学技術中長期計画である「科学技術発展遠景計画綱要:科学技术发展远景规划纲要(1956年~1967年)(略称:遠景計画)を公表した。この遠景計画において、半導体科学技術が4つの国家的新技術プロジェクトの1つに挙げられた。

 そこで中国科学院は、この国家的要請に応えて半導体科学技術の研究開発拠点を創設するための準備を進め、 1960年9月6日に北京に半導体研究所を設立したものである。

4. 組織の概要

(1)研究分野

 半導体研究所の主な研究分野は、半導体に係わる材料、デバイス、プロセス、電子回路、半導体物理などである。

(2)研究組織

①国家級の研究室・実験室

・半導体超格子微細構造国家重点実験室(半导体超晶格国家重点实验室)
・集成光電子学国家重点連合実験室(集成光电子学国家重点联合实验室)
・表面物理国家重点実験室(表面物理国家重点实验室(半导体所区)
・国家光電子技術センター(国家光电子工艺中心)
・光電子デバイス国家光学研究センター(光电子器件国家工程研究中心)

②中国科学院級研究室・実験室

・光電子材料・デバイス重点実験室(光电子材料与器件重点实验室)
・中国科学院半導体材料科学重点実験室(中国科学院半导体材料科学重点实验室)
・中国科学院半導体照明研究開発センター(中国科学院半导体照明研发中心)

③研究所級研究室・実験室(例示)

・半導体物理実験室(半导体物理实验室)
・固体光電子情報技術実験室(固态光电信息技术实验室)
・半導体集積技術工学研究センター(半导体集成技术工程研究中心)
・光電子研究発展センター(光电子研究发展中心)
・ワイドバンド半導体研究開発センター(宽禁带半导体研发中心)
・人工知能・高速電子回路実験室(人工智能与高速电路实验室)
・ナノテク光電子実験室(纳米光电子实验室)
・光電システム実験室(光电系统实验室)
・全固体光源実験室(全固态光源实验室)

(3)研究所の幹部

 半導体研究所の幹部は、所長、中国共産党委員会(党委)書記、副所長、副書記である。大学などでは、党委書記の方が学長より強い権限を有しているが、中国科学院の付属研究所の場合には所長が最高責任者の場合が多い。

①譚平恒・所長

 譚平恒(谭平恒)半導体研究所所長は、1996年に北京大学物理学科で学士の学位を、2001年に半導体研究所で博士の学位をそれぞれ取得し、ドイツのミュンヘン工科大学ショットキー研究所、英国の科学アカデミー半導体研究所で研究を行い、2009年に中国に戻って半導体研究所の研究員となった。2021年に半導体研究所の所長に就任した。専門は、半導体低次元ナノ材料の光学的および電気的特性に関する研究である。

②馮任国・党委書記兼副所長

 馮任国(冯仁国)党委書記は、副所長も兼務しており、半導体研究所のナンバーツーである。馮任国は、1965年に生まれ、1987年に北京師範大学で地理学の学士を取得し、中国科学院地理研究所に入所した。1997年に中国科学院の本部勤務となり、資源環境科学・技術局に勤務した。2016年に半導体研究所に移り、共産党委員会の副書記などを経て、現在党委書記兼副所長となっている。

5. 研究所の規模

(1)職員数

 半導体研究所の2021年現在の職員総数は701名で、中国科学院の中では第32位に位置する(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。701名の内訳は、研究職員が609名(87%)、技術職員(中国語で工員)が51名(7%)、事務職員が41名(6%)である。

(2)予算

 半導体研究所の2021年予算額は11億0,900万元で、中国科学院の中では第22位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。11億0,900万元の内訳は、政府の交付金が3億5,144万元(32%)、NSFCや研究プロジェクト資金が3億2,776万元(30%)、技術収入が1億3,868万元(13%)、その他が2億9,112万元(26%)となっている。

(3)研究生

 半導体研究所の2021年現在の在所研究生総数は765名で、中国科学院の中では第19位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。765名の内訳は、修士課程の学生が364名、博士課程の学生が401名である。

6. 研究開発力

(1)国家級実験室など

 中国政府は、国内にある大学や研究所を世界レベルの研究室とする施策を講じている。この施策の中で最も重要と考えられる国家研究センターと国家重点実験室であり、中国科学院の多くの研究機関に設置されている。上記組織の項でも述べたが、半導体研究所は3つの国家重点実験室を有している(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。ただし、このうち2つは他の機関との共同管理である。

半導体超格子微細構造国家重点実験室(半导体超晶格国家重点实验室):1988年に設置準備を開始し、1991年に国務院の認可を受けた。固体半導体内の電子、スピン、光子を制御することによって、半導体システムにおける新しい現象と効果を研究し、探索し、電子/スピン量子情報技術、オプトエレクトロニクスおよびフォトニックデバイスへの応用を探ることを目的としている。2021年現在で、正規研究員が59名、客員研究員が51名、研究生としてポスドク14名、博士学生67名、修士学生43名である。
集成光電子学国家重点連合実験室(集成光电子学国家重点联合实验室):1987年に国務院により承認され、1991年に研究が開始された。清華大学および吉林大学との連合の実験室である。半導体内の光子の動きの操作と制御に基づいた新しい科学技術を探求するものであり、半導体における光の吸収と放射線放出を研究し、主要な光電子デバイス(特に量子構造に基づくデバイス)と、新世代光通信、光情報処理などの分野に焦点を当てている。
表面物理国家重点実験室(表面物理国家重点实验室:同じ中国科学院の物理研究所がメインとなっている実験室であり、この一部の研究室が半導体研究所にある。1984年に国の認可を受け、1987年から研究を行っている。この実験室は、材料の表面と界面を主な研究対象とし、高精度原子スケールの実験手段や理論的手法を用いて、材料の作成、物性特性評価、機能制御、ナノサイエンスなどの研究を行っている。

(2)大型研究開発施設

 中国科学院は、同院や他の研究機関の研究者の利用に供するため大型の研究開発施設を有している。大型共用施設は、専用研究施設、共用実験施設、公益科学技術施設の3つのカテゴリーがある(中国科学院内の設置状況詳細はこちら参照)。

 半導体研究所には、この様な大型共用施設はない

(3)NSFC面上項目獲得額

 国家自然科学基金委員会(NSFC)の一般プログラム(面上項目、general program)は、日本の科研費に近く主として基礎研究分野に配分されており、中国の研究者にとって大変有用である。半導体研究所のNSFCの獲得資金額は、中国科学院の中では20位までのランク外である。(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

7. 研究成果

(1)Nature Index

 科学雑誌のNatureは、自然科学系のトップランクの学術誌に掲載された論文を研究機関別にカウントしたNature Indexを公表している。Nature Index2022によれば、半導体研究所は中国科学院内第13位であり、論文数で30.7となっている(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。
 この半導体研究所の論文数は、中国の主要大学のそれと比べると高くない。中国の主要大学のNature Indexによるランキングは、こちらを参照されたい。

(2)SCI論文

 上記のNature Indexはトップレベルの論文での比較であり、より多くの論文での比較も重要である。しかし、中国科学院は各研究所ごとの論文数比較を出来るだけ避け、中国科学院全体での比較を推奨している。このため、SCI論文などで研究所ごとの比較一覧はない。
 ただ、研究機関によっては自らがどの程度SCI論文を作成しているか発表している。半導体研究所もその一つであり、2021年に合計655件のSCI論文を発表している。
 なお、1年間で655 件という数字を中国の主要大学のそれと比較すると、清華大学、北京大学、上海交通大学などが、年間でSCI論文を約10,000件前後発表している(主要大学のSCI論文数比較の詳細はこちら参照)。したがって中国の主要大学と比較すると、それほど大きなものではない。

(3)特許出願数

 2021年の半導体研究所の特許出願数は409件で、中国科学院内で第13位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

(4)成果の移転収入

 半導体研究所の2021年研究成果移転収入は、中国科学院内の10位までを示した比較(こちら参照)で、ランキング外である。

(5)両院院士数

 中国の研究者にとって、中国科学院の院士あるいは中国工程院の院士となることは生涯をかけての夢となっている。2024年2月時点で半導体研究所に所属する両院の院士は9名であり、中国科学院全体で第11位である(他の研究機関との比較の詳細はこちら参照)。

○中国科学院院士(8名):王启明、郑厚植、王占国、李树深、夏建白、常凯、郑婉华、祝宁华
○中国工程院院士(1名):陈良惠

8. 中国半導体の父~黄昆

 半導体研究所に係わる研究者として最も著名なのは、黄昆である。

黄昆の像
半導体研究所内の黄昆の像

 黄昆(Kun Huang)は、1919年に北京で生まれ、英国に留学してネヴィル・フランシス・モット(Nevill Francis Mott)やマックス・ボルン(Max Born)などの下で研究を行った。戦後に帰国して北京大学教授となり、1977年には半導体研究所の第3代所長となった。より詳しくは、こちらを参照されたい。

参考資料

・中国科学院半导体研究所HP https://semi.cas.cn/
・半导体超晶格国家重点实验室HP https://sklsm.semi.ac.cn/index.html
・集成光电子学国家重点联合实验室HP https://sklio.semi.ac.cn/index.html
・中国科学院統計年鑑2022 中国科学院発展企画局編