はじめに

 周其林(1957年~)南開大学教授は、有機化学においてスピロ型キラル配位子を開発し、それを用いた触媒的不斉反応の研究で成果を挙げ、未来科学大賞物質科学賞や、国家自然科学賞一等賞を受賞した。

周其林の写真
周其林  百度HPより引用

生い立ちと教育

 周其林は、1957年に江蘇省南京市の農村地帯に生まれた。両親は普通の農民でありいわゆる知識人ではなかったが、仕事に対して誠実であり、また勤勉であった。このことが、現在の周其林の研究生活に影響を与えているという。

 周其林が小学生の頃の1966年に文化大革命が始まり、以降ほとんど学校での授業は行われなかったが、17歳となった1974年に一応基礎教育を終え、実家で働くことになった。実家では、家族とともに田畑を耕し、草取りをし、収穫を行った。

復活後の高考を受験し、蘭州大学へ

 2年後の1976年暮、文革4人組が逮捕され、漸く文革は終わりを告げた。文革の終了に伴い、鄧小平が復活し、中断されていた大学共通入試・高考の復活を宣言した。
 周其林は、この高考復活を自らの将来を開く転機と考え、高考に合格すべく猛勉強を開始した。その甲斐あって、高考復活後の2度目の試験(1978年夏実施)で見事合格し、蘭州大学化学科への進学を決めた。周其林は21歳になっていた。
 ちなみに、この復活2度目の高考では、約610万人が受験し合格者は約40万人であり、合格比率は6.6%という超狭き門であった。

 周其林は、高考が復活し合格しなければ農夫としての生涯を送ることになったかもしれないと考え、蘭州大学へ入学後も猛勉強を続けた。

 蘭州大学のある甘粛省蘭州市は、シルクロードの要衝であり、西安からスタートするシルクロードは同市を経て河西回廊に入り、日本人にもなじみのある武威、張掖、酒泉、敦煌などにつながる。
 周其林の故郷である南京は比較的高温でかつ湿気が多い地域であるが、大陸北部の乾燥地帯にある蘭州の気候は寒くかつ乾燥していて、大変厳しいものであった。
 また大学の寮は消灯時間が早く、周其林は外に出て、街灯の下で座って自習をした。これらのことが原因となり、周其林は寒さによる関節リュウマチを発症し、病院に担ぎ込まれるという経験をしている。

上海有機化学研究所で博士取得し、ポスドク研究を行う

 周其林は、1982年に蘭州大学化学科を卒業し、故郷の南京に近い中国科学院・上海有機科学研究所に研究生として入った。

 周其林は、1987年に上海有機化学研究所から博士の学位を取得した。

 その後周其林は、国内外のいくつかのポストで、ポスドク研究を行った。
 1988年から1990年まで上海にある華東理工大学で、1990年から1992年までドイツ・マックスプランク協会・高分子研究所で、1992年から1994年までスイス・バーゼル大学で、1994年から1996年まで米国テキサス州にあるトリニティ大学で、それぞれポスドク研究を行った。

華東理工大学を経て南開大学へ

 周其林は1996年に、最初のポスドク研究を行った華東理工大学の副教授となって、上海に帰国した。その一年後の1997年に、華東理工大学の教授に昇任した。

 周其林は1999年に、長江学者奨励計画の一期生に当選し、天津市の南開大学に移ることになった。

 長江学者奨励計画(长江学者奖励计划)は、国内外にいる優秀な学者を中国の高等教育機関に招致し、国際的なトップレベル人材を育成することを目的として、国務院教育部および李嘉誠(りかせい)基金会が実施している。なお李嘉誠基金会は、香港最大の企業集団「長江グループ」の創設者である李嘉誠によって、1980年に設立されたチャリティー基金である。 

 また南開大学(南开大学、Nankai University)は、天津市南開区に所在する大学である。同大学の歴史は古く、1904年に創設された「天津敬業学堂」が母体である。211工程985工程双一流の選定校として、国家重点大学である。日中戦争が激化した際、南開大学は北京大学や清華大学と共に大陸西部に疎開し、「国立西南連合大学」を雲南省昆明で設置している。

キラル触媒の研究で成果

 周其林は、南開大学の教授となって漸く自らの研究室を構え、有機化学、特に不斉合成の研究を進めていった。不斉合成とは、化学的な処理過程の一つであり、光学活性(キラル)な物質を造り分けることである。

 この時期に、不斉合成の研究が世界的に脚光を浴びることになる。日本の野依良治、米国のバリー・シャープレス(Karl Barry Sharpless)、ウィリアム・ノールズ(William Standish Knowles)の3氏が、不斉触媒反応の研究で2001年のノーベル化学賞を受賞したのである。

 この3氏のノーベル賞受賞により中国でも不斉合成の研究が活発化し、周其林も意を強くして不斉合成の研究を続けた。周其林は、不斉合成反応の研究をベースとし、その反応のためのキラル触媒の設計・合成、さらには医学応用であるキラル薬物合成などを研究していった。

 周其林は、高効率キラルスピロ触媒を発見した。この触媒は、不斉接触水素化、炭素-炭素結合、炭素-ヘテロ原子結合形成などの一連の不斉合成反応において優れた触媒活性を示す。とりわけ、超効率的な不斉接触水素化のためのキラルスピロ環状イリジウムおよびロジウム触媒は、キラル薬物および重要な中間体の効率的な合成のための新しい方法および新技術を提供した。

 周其林は、この高効率キラルスピロ触媒の発見により、2018年に未来科学大賞物質科学賞を受賞した。
 未来科学大賞は、香港を拠点とする未来科学賞財団が中国における優れた業績を表彰することを目的として2016年に創設した賞であり、生命科学、物質科学、数学・計算機科学の3分野がある。

周其林の未来科学大賞受賞式での写真
周其林の未来科学大賞受賞   捜狐HPより引用

 さらに周其林は、翌2019年に国家自然科学賞一等賞を筆頭研究者として受賞した。受賞理由は、「高効率キラルスピロ触媒の発見(高效手性螺环催化剂的发现)」であった。

 周其林は、2009年に中国科学院の院士に当選している。また、2013年には英国王立化学会のフェローとなっている。

 周其林は66歳となった現在も、南開大学を拠点に、有機化学の研究を行っている。

参考資料

・南開大学周其林教授組HP Prof. Qi-Lin Zhou's Research Group https://zhou.nankai.edu.cn/index.htm
央视网HP 记2018年全国教书育人楷模、中国科学院院士、南开大学教授周其林  https://edu.cctv.com/2022/05/24/ARTIweYGYaBblrU04j178Ku1220524.shtml
・捜狐HP  2018年未来科学大奖颁布:周其林院士荣获物质科学奖  https://www.sohu.com/a/277747170_99911761
・科技部HP 2019年度国家自然科学奖获奖项目目录 https://www.most.gov.cn/ztzl/gjkxjsjldh/jldh2019/jldh19jlgg/202001/t20200103_150914.html